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10円

ガキの頃、俺はアイツに腹が立っていた。
転校してきた俺にアイツがつけたあだ名は「10円」
何だよ、俺っていじめの対象か? 転校生の宿命か? 
そう思いながら毎日を過ごしたっけ。
俺の自慢は当然、フサフサの毛だ。ゴワついてるなんて思うなよ。一度撫でれば陶然となること請け合い。
俺達長毛種は手入れに余念が無いのだ。
アイツは俺が教壇の横に突っ立ったまま黒板に名前を書かれていた時から俺の毛に興味津々で、最初の休み時間にハサミを持ってやって来た。
「ナア、チョットデ良イカラ切ラセロヨ」
「だが断る」
転校初日に一発かましておけばしめたもんだ。俺は机を蹴り倒して受けて立つタイミングを計った。
ところが。
無理矢理襲い掛かるかと思いきや、アイツは「ソウカ」と引き下がった。
拍子抜けも甚だしい。聞き分けの良いツーなんて聞いた事が無い。逆に気になるじゃないか。これは何かの作戦か?
そう思いながら授業中にチラリと見ると、アイツは銀色に光るハサミを片手にうずうずとした目で俺の毛に見入っていた。

「オイ、オ前。インラインで勝負シテ俺ガ勝ッタラ毛ヲ切ラセロ!」
一日中無遠慮な視線で俺の毛を撫で回していたアイツは放課後になるとそう言ってきた。
転校生がおとなしくて鈍くさいなんて、マンガの中だけの話だぞ?
俺は運動なら何でも得意だ。インラインスケートだって履いたその日から全力疾走できたクチだった。ヘルメットなんか被ってへっぴり腰でよたよた歩く連中を尻目に風を切っていた姿をコイツは知らない。
ちょうど良い、ここで黙らせておけばこいつも明日からしつこく俺の毛を狙っては来ないだろう。
負ける気はしなかった。横からニヤニヤ顔のモララーが止めてくれたが構わずに受けて立った。

……人の忠告は素直に聞くものだ。
自信満々で臨んだ勝負の途中、俺は臍を噛んだ。
アイツの運動神経は並じゃない。その上怖いもの知らず。
途中で車が来ても当然止まらない。スピードを緩めて避けることもしない。
まるで飛んでいるような早さの背中が必死な俺からどんどん遠ざかってゆく。
隣のクラスの連中まで見物しに来た“巨大マンション駐車場内5周”のコース。そこで半周以上の差をつけられた俺はショックと共に「毛刈り」の洗礼を受けた。
アイツは早速用意してきたカッターを取り出し、俺の後頭部の毛を刈った。
そして非常に満足した表情で円形に晒された頭皮をジョリジョリと指で撫で、
「アヒャヒャヒャヒャ〜! 10円ハゲ! 今日カラオ前ハ“10円”ダ!」
と、とんでもないあだ名をつけてくれた。
「あ〜あ、せっかく止めてやったのに」
モララーがニヤニヤ笑いながら“10円”を連呼するアイツと俺を見て言った。
“この辺りではインライン勝負でアイツに勝てる奴はいない”という話は後から知った。クソモララー、最初っからもうちょっと真剣な顔で詳細を語っとけ!
転校初日に勝負に負けて、頭に10円ハゲ。
こんな屈辱、経験した事は過去には勿論、未来にも……今の所無い。


“10円”というあだ名はアイツだけが使っていた。
他の奴らは気の毒に思ったのか、皆普通に“フサ”と名前で呼んでくれた。その辺りにクラスの良心を感じた俺は登校拒否にならずに済んだわけだ。
負けたのは事実だ。だから不名誉で屈辱的なあだ名を数ヶ月は我慢した。
が、アイツは毛が生え揃った後もしつこく“10円”と呼んでくる。勿論、それ以上の嫌がらせは無かったが、俺もガキだったのである日遂にマジ切れして掴みかかった。
アイツは俺に胸倉を掴まれながらきょとんとした目で暫く見上げ、やがて何かに気付いたらしく、真剣な目でこう言った。
「悪カッタ。オ前ガソンナニ気ニシテイタナンテ…」
いともあっさりと飛び出した謝罪に今度は俺がきょとんとした顔をした。
どうやら転校生をいじめる気は全く無いらしい。そう言えば俺が入った2ヶ月後にやってきた女子の転校生には絡んでいない。普通に仲良く話をしている。
クラスの連中もアイツを嫌ってはいない。
(何だ? こいつ。マジわからん……)
静まり返ったクラスの注目の中、奴は神妙な顔で続けた。
「悪イト思ッタカラ小サメニシタンダガ……10円ハ嫌ダッタノカ? ヤッパリ500円ニシタ方ガ良カッタカ? ソレトモ札ジャナイト安過ギルカ?」
「……値段の話じゃねぇよ」
瞬間、教室が揺れ、俺達二人は爆笑に包まれた。
呆れた俺はこの時悟った。ああ、こいつは天然の……(略)
「ジャア“一万円”ニシテヤルゾ!」
アイツはカッターを取り出すと、またうずうずとした目で俺に詰め寄った。
「“10円”で結構だ!」
刈り込みサイズに相当した呼び名がつくのなら、俺は“10円”のままで良い。万札サイズのハゲは謹んで辞退する。



それ以来、俺はアイツに腹が立たなくなった。
長い付き合いのうちに“ハゲを作る”というのが目的ではない事もわかった。
アイツは単に俺の毛をいじって刈りたいだけなのだ。
数年かけて俺はアイツとの関係を築きあげ、その結果床屋に行かなくなった。
チキチキチキ
カッターの音をさせながらアイツは毎月、器用に俺の毛をカットする。最初は不揃いでガタガタだったが、今では「どこの床屋を使ってるんだ?」と聞かれるほどの腕前だ。
見事なアイツのテーパーズカットを眺めながら、鏡越しにいつもこう言う。
「お前、美容師になれよ」
アイツは決まってこう返す。
「嫌ダ」

……なぁ、他の客を一切取らない専属美容師が傍に居てくれる俺って何組みだ?



あとがきはありません。

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