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そして僕は

 真っ白だ。
 世界が雪で真っ白になっていた。
 その所為なのか違う物の所為なのか分からないが、兎に角僕は其処を懐かしく思えない。
 といっても、最後に見たのはたった三年前だ。仕方ないのかも知れないとも思った。
 酷く自虐的な笑みが漏れた。
 しかし、この三年間はとても長い物だった。もう一生分の時間を使ってしまった気がする。
 昔、誰かが言っていた。
 真っ白な雪が落ちる、落ちる、落ちる。
 全てを隠してしまいそうだ。
 しかし現実はそうでは無かった。
 僕の手は未だに罪の赤で染まっているだろう。
 長かった。本当に長い三年間だったと思う。
 けれど忘れられなかった。
 あの子の表情やあいつの赤を。
 僕は舞い戻った。
 全ての始まったこの土地に。
 それがどんな結末になろうが全てを清算する。
 それだけを胸に。
 事の始まりは僕の失踪から一年前、つまり今から四年前だ。
 僕にはギコという親友が居た。
 昔からの仲で、本当にこいつと一緒に居れば僕は一生退屈することは無いだろうと思うほどの仲だった。
 そんな僕らは恋をする。
 よりによって同じ人物にだった。
 彼女の名前はしぃ。
 雪の様に真っ白なとても可愛らしく、心優しい人だった。
 嗚呼そうかお前もしぃが好きか。ならお前が彼女と付き合うと良い。きっと上手くやれるさ。
 なんて事にはやはりならなかった。
 本当に一生懸命だった。
 僕もギコも。
 そして最後に彼女が振り向いたのはギコだった。
 悔しかった。
 けれど直ぐに笑って二人の事を見てやれる様になる。
 それはギコが親友だったからだ。
 僕の親友であるあいつならきっと僕の分も彼女を幸せにしてやれるに違いないと、信じていた。
 事実最初のうちはそうだったのだから。
 数ヵ月後に酷く後悔する事なんてこの時は少しも知りやしなかった。
 雪を踏みしめるとさくさくと音が鳴った。
 それにしても良かったと思う。
 この土地がまだ空き地であって。
 失踪三日後には最後は此処で終わると決めていたのだ。
 とは表向きには思っているものの、深くでもそうであるとは限らなかった。
 言葉では言い表せない気持ちが僕の中から溢れんばかりに湧き上がる。
 心奥深くでは思っていたようだ。
 此処が無くなっていれば良い、と。
 そうすれば罪が無くなるとまではいかないが軽くなる気がした。
 そんな事は無いと知りながらも。
 つくづく僕は愚かな生き物だと思った。
 しかし後悔はしていない。
 あの子の為にもあいつの為にも後悔する訳にはいかなかった。
 数ヵ月後、気付けば彼女の姿を長く見ていなかった。
 ギコの話では付き合い続けているというのだが。
 良く空の晴れたとある日、この何でも無い日が全てを動かしてしまう事になった。
 唐突にクッキーが食べたくなったのだ。
 生憎当時僕にはガールフレンドなんてのは居なかったのでそんな可愛らしい物は家には無かった。
 そしてまた残念なことに僕は料理が得意な男では無かったのだ。
 仕方無いのでコンビ二まで買いに行くことにした。
 意味も無くフラフラしながら太陽の下を歩いてゆく。
 コンビニでクッキーを見つけ、チョコレートとバニラ、どっちにするかなんて馬鹿な事を悩んだ。
 そして結局両方買ってしまい、こんなところで優柔不断な自分に嫌悪しながら帰路につく。
 その時だった。
「モララー君、だよね? 」
 かつて愛した声が僕を呼んだのだ。
 振り返ると空に溶けていきそうな彼女が居た。
 言葉を失う。
 彼女は昔のまま美しかったが、昔よりも大分醜くなっていた。
 どんな男でも落してしまいそうな笑顔には痛々しい痣が絶えず、すらりと伸びた何にも例えがたい四肢には切り傷や火傷の跡すらある。
「久しぶり、だね」
 そして何よりも変わっていたのは向日葵の様な笑顔の中に大きく濃く深い闇が垣間見えた事だった。
「ひ、さしぶり、だね。どうしたん、だい? 」
 こんなありきたりの事しか言えない自分は本当に情けないと思う。
 何も無いよ、と発した彼女の声は震えてい、同時に彼女の身体も震えていた。
 胸を締め付けられ、息が出来なくなる。
 何も言わず僕は彼女の肩を抱いた。
 全く、自分ながら呆れてしまう。どれだけ周りが見えていなかったのだろうか。
 しかしそうさせる程の魅力が彼女にはあったのだ。
 彼女は抱きしめられた瞬間、ビクリと振るえ、そして僕の胸の中で静かに嗚咽を漏らし始めたのだった。

 彼女の痛々しい姿の理由はとても信じられない様な事だった。
 毎日毎日ギコがしぃに暴力を振るう。逃げたり誰かに助けを求める事はしてはいけないと脅されている。
 けれど彼女の悲痛な表情が、痛々しい傷跡が、それを事実と僕に訴えていた。
 しかもなんと二人が付き合い始めた理由はギコの気持ちにしぃが答えたのでは無く、ギコに俺と付き合わなければお前の弟を殺すと脅されたかららしいのだ。
「怖い。嫌だ。助けて。私と一緒に逃げて。お願い。もう貴方しか頼れないの」
 迷う要素なんて何処にあるのだろうか。
 僕は迷わず首を縦に振ってみせた。
 それから数日後、しぃの家族に話をつけてから二人でそれまで住んでいた土地から逃げ出した。
 それがどんな結末になろうが全てを清算する。
 そうは言ってみたものの、僕は不安で不安で仕方なかった。
 果たしてあの子は来てくれるのか。
 果たして僕は逃げ出さずに居られるのか。
 あの日と同じ白が降って来た。
 雪だ。
 そういえばあの日も雪が降っていた。
 白の上に白を重ねる。
 その白にあの子も隠されてしまうのではと不安になったこともあったっけか。
 結局隠されたのはどす黒い赤で、それもすぐに見つかってしまったのだが。
 そんな事を考えていると無性にあの子に触りたくなった。
 あの子が居る訳でも無いのにと自分を嘲笑する僕の目に入ったのはあの子と同じ色をした白。
 馬鹿だなあと思いながら僕はそれを掬い上げた。
 それはあの子とは正反対でとても冷たい。
 いや、ある意味ではあの子と同じなのかもしれない。
 僕は迷うこと無く、それを口へと運んだ。
 冷たい白が僕の喉を伝って奥へ奥へと。
 悲しくも無かった。嬉しくも無かった。
 ただ僕は気が狂れた様に雪を口へと運び続ける。
 しかし僕の心は発狂したどころか、雪やあの子と同じ真っ白だった。
 数ヶ月、僕はまさに溢れ出す甘い蜜を延々と啜り続ける様な暮らしをしていた。
 らしく無いし、笑ってしまいそうな表現だが、僕はあの子から溢れる愛という名の蜜を啜り、そして僕は同じく愛という名の蜜をあの子に与え続けた。
 なんて幸せだったのだろう。
 きっとこれで僕の幸せは使い果たしてしまったのだろうとも今は思う。
 そして運命の日がやってきた。
 二人でどうでもいい話をしながらゆっくりゆるやかな休日の午後を楽しんでいた頃、彼女が突然窓を指差す。
「見て、雪が降ってる」
 見ると本当に空から小さな天使の様な雪が降り注いでいた。
 あの子は雪に見惚れていたけれど、僕は雪に目を奪われていたあの子に見惚れていた。
 その表情を十分に堪能した頃にあの子は振り返り、
「外行こう。二人で雪だるまでも作ろうよ」
 とニッコリ笑った。

 そして僕とあの子はあの空き地に足を運んだのだ。
 実はその前日も雪が降っていて、僕らはその時にアスファルトに積もる雪よりもこの空き地に積もる雪の方が綺麗という事を知っていたのだった。
 そして暫く遊んだ頃、空き地への入り口の方に人影を見た。
 その時はどうせ近所の子供だろうと気にも留めなかった。
 しかし近所の子供なんかで済まされる様な人物ではなかったのだ。
「おい、お前ら」
 その声にはとても聞き覚えがあった。
 しぃの身体は震えだし、僕は愕然とした表情でそいつを眺めた。
 もう此処まで言えば大体想像出来るだろう。そいつはギコだった。
 ギコはそれ以上“言葉”は発する事はしなかった。
 獣の様な咆哮を上げながら、右手に刃物を掲げながら僕らに飛び掛ってきた。
 僕は彼女は思い切り突き放して、ギコの懐へと全体重を掛けてぶつかる。
 ギコを少しよろけながら後に戻った。しかしすぐにこっちに向かってくる。
 僕は一か八かの賭けに出た。
 僕とギコ、喧嘩をした事は何回かあったが、その中で僕が勝った事は一度も無い。
 つまり普通に戦えば勝てない事は知っていた。
 僕は鋭い目線でギコを睨み、突っ込む。
 酷く耳障りな叫びと共にギコが振り下ろした刃物を僕は右手で掴んだのだった。
 雪に血が零れ落ち、酷い痛みが僕を襲った。
 思わず顔が歪む。
 それよりも顔を歪めていたのはギコだった。
 刃物を自分から掴むなんて正常な行動じゃないという事ぐらいはまだ判断出来た様だ。
 僕は顔を歪めつつもニヤリと笑った。
 僕の勝ちだ。
 そして動揺して隙だらけのギコから刃物を奪い取り、傷の無い左手で構えて、ギコの左胸に突き刺した。
 ギコは僕の右手よりも遥かに多い赤を白に撒き散らしながら雪に倒れる。
 残されたのはハァハァと荒い息を繰り返す自分の血とギコの血に塗れた僕と呆然としているしぃ。
 僕はしぃに力無く笑いかけた後、動けなくなったあの子を置いて、痛みの酷い右手を握り締めながら逃げ出した。
 それからその土地に戻る事も、ギコやあの子と出会う事は無かった。
 あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。
 時計を見るとまだ数分しか時間を刻んでいない様だった。
 けれど僕の身体はすっかり冷え切って、雪を掴み続けた右手の感覚はもうなくなっていた。
 ちなみに僕の右手にはまだあの時の傷がくっきりと残っている。きっと僕は死ぬまでこれと付き合わなければならないだろう。僕の人生が後どれくらい残っているのかは知らないが。
 すっかり冷えた唇をコートで拭っていた時、またあの時と同じ様に空き地の入り口に人影を見た。
 その影は一つ。という事は奴らでは無いようだ。
「モララー、君? 」
 三年振りのその声はもう何十年も聞いていない様に聞こえた。
 まだ二十数年しか生きていない僕がこんな事言うのもどうかと思うが。
「しぃか? 」
「モララー君! 」
 しぃは相変わらず真っ白で愛らしい顔をしていた。
 雪の中、歩き難いだろうにあの子は僕に向かって走ってくる。
 そして最後は飛ぶように僕に抱きついてきた。
 何の用意もしていなかった僕はそのまましぃごと後に倒れてしまう。
 背中に雪の冷たさを感じたが、そんなに気にならなかった。
 ただ僕は三年振りの誰かの温もりを感じていた。
 しぃはとても、とても温かくて、冷え切った僕は雪の様に溶けてしまいそうだった。
 そしてやっと僕は気付いた。
 僕は雪だ。全てを飲み込もうとする雪だ。
 真っ白な雪の色をしたしぃは華だ。春風に揺らされながら綺麗に咲き誇る華だ。
 雪と華は一緒に居る事なんて出来ない。
 ならば――。
 サイレンの音が遠くから聞こえてきた。
 段々近づいてくる。僕を殺す為だろうか?
 しぃは何も言わず僕に抱きついたままだ。ずっとそうしていたらしぃも冷えてしまうだろうに。
 今、僕のコートのポケットにはあれがある。ギコを殺した時に使った刃物だ。
 それを教えたらしぃは一体どんな顔をするのだろうか?
 車の止まる音がした。
 そして沢山の足音。
 僕はやっとあの右手をしぃの背中に回す事が出来た。
 そして僕は――。

という話だったのさ。
だいぶフライングです。ごめんなさい。この前は遅れたっけかw

只管白くて黒い話でした。
実はこの小説は完結してません。それぞれで完結させて下さい。
正当防衛と認められてモラとしぃが平和に暮らしていくっていうのもありです。
モラが捕まる寸前に二人で刃物で心中するのも、モラが捕まってしぃが一人で新しい生活へと向かっていくのもありです。もう何でもありです。好きな様に終わらせてやって下さい。

一応蒼赤応援したいぜ的な気持ちから書き始めたのですが、本当に応援する気あるのかって思われるぐらい暗い話になりました。orz人によっては最後明るくなるのかもしれないけど。
最後が分からない形で終わる小説を前から書けたらなあと思っていたから満足してます、私は、自己満足です。有難う御座いました。

http://www.geocities.jp/ruri_sorairokonpasu/index.html

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