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南十字の交わる先で

「――おい、目覚めた人がいたぞ!」

 誰かの叫び声。それに引きずられるようにして目を向けた先には、ガラス越しに殺到する数人の白衣がいた。オレはまだぼんやりしている意識の中、確かこいつらの指示でこの装置に入ったんだよな、と思い出す。

 ――あれ、オレ、さっきまで“あの街”に――

 ふと沸き起こった疑問を起点として、そこから“夢のような”出来事の記憶が蘇る。街、トンネル、つり橋、紅い剣、傷、得た力、壁、涙に染まった彼女の声。現実以上に鮮明で鮮やかな感触が、それがただの幻でないことを物語る。そう、幻などでは決してなかった。確かに自分と――彼女は、そこにいた。そのはずなのに。
「所長、彼です。001番のギィ君です」
 考えているうちに数人の白衣によってカプセル型の装置から取り出されていたオレは、自分の名前を言う声に反応して首の向きを変えた。切り替わった視界の先、こちらに向かって歩いてくるのは、やはり白衣をまとった中年――歳は自分の親と同じくらい――の男性だった。何があったらそうなるのか、顔には凄まじい疲労とこの世の終わりを見たような絶望の色が混ざり合って浮かんでいる。そのせいで、一瞬誰だか分からなかった。しかし、すぐに思い出す。忘れるはずがない。所長と呼ばれたこの男は、世界一大切な友人の、父なのだから。


 ◆  ◆  ◆


「2年ぶり、かな。君と直接会って話すのは」
 数人の白衣を引き連れて、オレ達は薄暗い廊下を歩いていた。正確には、まだ何一つ事情が飲み込めていないオレに「君には教えておくべきだろう」と言われてほとんど無理矢理歩かされている。
「そんなことはどうだっていい! 教えてくれ、オレは、さっきまで何を…」
 今まで何が起こっていたのか、これから何が起こるのか、それらの不安が爆発し、オレは隣を歩く男に叫んでいた。それを受けた男は小声で一言「すまない」と言い、ややうなだれながらも続けて言葉を紡いでいった。
「…簡単に話そう。さっきまで君が入っていたものは、いわば“夢の共有装置”だ。最初に一つの夢をコンピューターに取り込んで仮想空間に変換して固定、そこへ他者の意識を接続することによって不特定多数の人間が同じ夢の中で行動することが出来るというものだ。最初の接続段階で君達被験者に詳細を説明しなかったのは、“夢を夢だと気づく”前と後で現実と仮想空間の違和感がどれ程変わるかを調査するためだったんだが…それが裏目に出てしまった。本当に、すまない」
 予想の範疇を超えた返答に面食らう。しかし心の片隅では、妙に納得している自分もいた。あのどこまでも現実的でしかし絶対に現実では有り得ない世界はやはり、夢だったのだろう。そんなオレの様子には気づかず、いや気づく余裕も無い隣の男は話を続ける。
「その夢の中には管理者として複数のAA−AI――ああ、“AA”というのは“アバター・アニマル”という私達の造語で、夢の中における君達の容姿をそう呼んでいる。話を戻すがその夢には君達の他に人工知能のAAが常駐している。彼らは可能な限り人間に近づけられた思考と感情で被験者をサポートする案内人であると同時に、不法侵入者を仮想空間内で定義できる最大の能力を持って排除するガーディアンでもある。そして今、そのAA−AIが原因不明の反乱を起こし、仮想空間内を占拠している。こちらの世界から物質的に破壊しようとしても、仮想空間の根幹が夢を見ている人間に直結しているから危険すぎる。仮に破壊が成功しても、それではまだ接続中の被験者達の意識が永久に戻ってこられない可能性が高い。そんなわけで途方に暮れているというのが、私達の現状だ」
 一通りの説明が終わり、沈黙が流れる。
 唯一聞こえる皆の足音が無機質な廊下に反響し、ここに人がいることを主張する。
「…ちょっと、聞きたいことがある」
 必死に事態を把握しようとしていたオレは、唐突に“そのこと”に気づいた。
「オレは目覚めたけど、残された人がいるってことはその夢はまだ続いてるんだよな。じゃあ、その“元となる夢を見ている人”は、誰なんだ?」
 機械制御云々はよく分からないが、夢は夢でしかないだろう。普通の夢のように、それを見ている人物に制御権がいくつかあっていいはずだ。そうすれば何か突破口が、と思いついた問いをやや早口にまくしたて、
「君は、あの世界で桃色のAAに会ったかい?」
 対して隣を歩く白衣は、通路の突き当たりにあるドアを指して言った。
「え、ああ、会ったっていうか…」
「その子が夢の大本だ。そして現実における本体、君が知るべき真実は、ここだ」
 それは、厳重に三個の重そうな鍵が取り付けられている以外は何の変哲も無いドアだった。中央に取り付けられている簡素なプレートには「最重要機密云々」の文字がある。白衣の一人が歩み出て、鍵を全て外した。
 元の位置へ戻っていく白衣を横目で見つつ、ドアの前に立つ。
 腕を伸ばしてノブを掴む。金属製のそれは冷たいのに、手の汗が止まらない。
 オレは、何を怖がってるんだ。この先に化け物を放し飼いにしてるわけじゃない。ただ、夢を見ている誰かさんが、さっきまでの自分と同じようによく分からない機械に繋がれてるだけだろう。多分ここに来たのは、寝たままのその人に直接話しかける方法なんかがあって、それでその人になんとかしてAA−AIを押さえ込んでもらって、他のまだ目覚めてない被験者達も助かって、全部解決できるんだろう。
 ………あいつが、こんな場所にいるはずない。
 そうだ、あの整然とした街並みが、彼女の夢なはずがない。
 震える手をもう片方の手で押さえ、ドアノブを握り締め、回す。

 ――そして、見た。

 無数の計器と数十のランプに囲まれたカプセルを。
 その中に眠る、一人の少女の姿を。
 手足に繋がれたケーブルがまるで斬新なデザインのドレスのようで。
 叩いたら折れるんじゃないかと思う華奢な体つきは相変わらずで。
 端麗な顔立ちに、桃色の髪がよく合っていて。
「……まさか、本当に、シィラ…なのか…?」
「そうだ。シィラが、私の娘が、大元の夢を見ている」
 幼馴染の変わり果てた姿に、オレは動揺を隠せなかった。全てが、分からなかった。理解できなかった。受け入れたくなかった。必死で平静を取り繕い、可能な限り冷めた声で問う。
「これは、どういうことなんだ。あんた達が急に引っ越して連絡が取れなくなった二年前に、何があったんだ…!」
 部屋の中に入らず扉の近くにいた男は、オレにもここまで一緒に来た数人の白衣にも目を合わせず、ただうなだれて「すまない」と一言喋り、それからその姿勢のままゆっくりと語り始めた。
「二年前、私の仕事の都合で遠出した時、シィラは交通事故に巻き込まれたんだ。意識ははっきりしていたが、打ち所が悪かったらしい、下半身がほとんど麻痺してしまった。医師からこの世の終わりに等しい言葉を受けてうろたえる私に、シィラは君にこのことを教えないでくれと頼んだ。元々体が弱くて友達がいなかったこの子を、ずっと守るようにして側にいてくれた君のことだ。このことを知ったら自分の進みたい道すら捨てて駆けつけてしまうだろう、とね」
「それで、あんたは自分の立場と権限を使って全ての事実をオレから隠したってことか」
「本当に、すまない。だが許してほしい。これはシィラの意思でもあったんだ」
 答えによっては殴り飛ばそうとしていたが、最後の一言で、少し頭が冷えた。
「……そういうことなら、いいんだ。続けてくれ」
「それから私は、ずいぶんと悩んだ。どうにかしてシィラにもう一度自由に歩き回ってほしかった。もちろん、君と一緒に。そんな折、私は国家の一大プロジェクトとして研究中だった夢の共有計画のことを知った。それからは、もう無我夢中で開発に没頭したよ。シィラを中枢としてシステムを構成し、AAのデザインには君とシィラが昔描いていた落書きのキャラを使わせてもらった。モニターの選考で必ず君が選ばれるように細工もして、全てはうまくいくはずだった。シィラが再び君と一緒に歩き回り、笑ってくれればそれだけでよかったんだ。なのに……」
 そこで言葉が途切れ、彼は顔を両手で覆いそのままうずくまってしまった。他の白衣達が慌てて駆け寄り、声をかける。その光景とガラスの向こうで眠る少女を交互に見やり、オレは一人考えていた。
(あの世界で一緒にいたのは、やっぱりおまえだったんだな)
 薄々、思ってはいた。ただ夢の中だったというだけで気づくに至らなかった自分が恨めしい。
「…もう一度そっちに行く。今度こそ、おまえを助ける」
 一人、つぶやくように言葉を漏らす。
 それが聞こえたのか、うずくまっていた男が立ち上がって叫んだ。
「待ってくれ! これ以上君を危険な目にあわせるわけには!」
 そんなの、知ったことか。
 この光景を見て、黙って祈るしかしないほどオレは腐ってないつもりだ。それに、勝てる見込みはある。
「心配すんなよ、オレ、何か知らないけど自分で剣を出せて、紅い剣を持ったやつと対等に戦えたんだ。それに、向こうにはシィラもいるし」
 オレがそう言った瞬間、男の顔色が変わった。絶望という暗闇の中で、希望という輝く光を見つけた顔だった。一瞬考えるような仕草の後「いけるかもしれん」と小さく呟き、今度はしっかりとオレに目を合わせて言った。
「…夢というのは、結局はイメージの塊だ。夢を夢だと理解してしまえば、考えた通りに全てを動かせる。君が“紅剣”と渡り合えたのは、そういうことなのだろう。それで、シィラはどうだった?」
「ああ、街で会って、それから外に出るまでずっと一緒に。でも、最後になって「ここから先は行けない」って言い出したから問い詰めようとしたら壁が出てきて…」
 まだ引っかかっている彼女の行動を思い出す。あの時、彼女は何故あんなことをしたのか。考えようとした瞬間、白衣の方から答えが返ってきた。
「シィラが目覚めるということは、取り残された人々もろとも夢が消滅してしまうことを意味する。それを知っていて残ったのだろう。壁を出したというのはおそらく、AA−AI達が外の世界へ逃走することを阻止するためだな。…無茶をする」
 もう一度、隣で眠る少女の顔を見る。彼女はまだ一人で戦っている。オレも、早く行かなければ。
 行って、いつものように助けてやらなければ。
 力の限り、オレは叫んだ。
「よし…シィラを救い出す! もう一度オレを夢の世界へ繋いでくれ!」



 ◆  ◆  ◆



 薄暗い廊下を、複数の人間が駆けていた。そのほとんどは白衣に身を包んだ研究員らしき者だったが、先頭を行く一人だけは流行の服に半端な長さの金髪をなびかせる少年だった。その少年へ、白衣の一人――少年とは親子程度の歳の差に見える――が反響する靴音に負けない程度の声を出して話しかける。
「ギィ君、時間が無いから簡潔に話そう。AA−AIには君が戦った“紅剣”ララエルの他に、柔と剛の技を使い鉄壁の守りを誇る“深緑両刃”マー・エモナ、圧倒的な俊敏性を武器とする“変移閃影”#2、そして複数行動で相手を地の果てまで追い詰める“長躯兵団”エイトソルジャーズがいる。“紅剣”と渡り合った君とはいえ、そいつらに出会った場合はまず逃げることを考えた方がいいだろう。奴らは倒したとしても、少しの時間があればバックアップデータから何度でも再生することができるからな」
 ギィと呼ばれた少年は答えない。喋る体力も惜しいのか、正面を向いたまま軽く頷いて走り続ける。目指す先は、さっきまで彼がいた機械仕掛けの夢の中。人に在らざる者が振るう紅き剣と戦い、そして大切な人を残してきてしまった場所。
「君はこのままさっきの部屋に戻り、カプセルに入って待機していてくれ。話を聞く限りではシィラが仮想空間とこちらを結ぶ地点に防壁を張ってしまったようだが、それは私達が何とかしてみよう。それと、“向こう”へログインしたら最後、“こちら側”から君のサポートをすることはほぼ不可能だ。ほとんどのシステムは奴らに制御権を奪われるか破壊されているからな。それだけは覚悟しておいてくれ」
 やはり無言で頷く少年。そんなやりとりが終わったところで道が通路と階段の二手に分かれる。集団の大半は横にそれて階段を駆け上がり、少年とそれに続くよう指示を受けた数人の白衣だけがそのまま真っ直ぐ通路を進む。ほどなくして直進組は突き当たりに位置する部屋に入り、少年が無数に並ぶカプセルの中で唯一開いてるものへとその身を滑り込ませる。それを確認した白衣の一人が少年の体へ無数のコード類を接続し、もう一人は操作盤に張り付いて指を躍らせる。やがてカプセルのシャッターと少年の瞳が同時に閉じてゆき、それを見守る数人の頭上で「ALL GREEN」のランプが灯る。
 決戦の始まりだった。



 ◆  ◆  ◆



――その頃、この世に在らざる偽りの街の中で。


 この状況を打破するために、自分の置かれている状態を冷静に確認してみようと思う。
 自分は今、列車の最後尾、それも屋根の上という場所に片手で必死にぶら下がっている。顔をちょっと下に向ければそこには高速で流れ去っていくレールがあり、正面に向ければ数メートル先にさっきまで握っていた剣が突き刺さっている。そしてそのさらに手前、つまりは自分の正面数十センチという場所に、深緑の光を携えた白い影がいつでも自分を叩き落せる体勢で立ちふさがっている。
 そもそも何でこんな状況になっているのか。そんなものは簡単だ。街中を歩いていたらこの白いやつに突然襲われて、駅に逃げ込んだら丁度列車が出発するところだったので乗り込んで、それでもギリギリで追いつかれたので腹をくくって屋上に誘い込んで一騎打ちを挑んで――結果、このザマである。油断していた、とは少し違う。突然の出来事に動転してしまい、幼少の頃より叩き込まれてきた戦う際の心構えその他色々を完全に失念してしまっていた。こんな状態になってようやく思い出したところで、一体どうなるというのだろうか。
「……被験者番号002、人間名ギサルフ。お前に一つだけ問わねばならないことがある。答えよ」
 いきなり頭上から降ってきた言葉にそれまでの思考が強制終了され、意識が目の前の状況に集中される。声の主は無表情と手に掲げた深緑のダブルセイバーを微動だにさせず、かすかに目線だけで後方を見て言葉を続けた。
「あの剣、この世界の物ではないな。どこで手に入れたのか、答えよ」
 こういう場合、適当なことを並べて時間を稼いだ方がいいんだろう。しかし自分はそういったことがかなり苦手だ。そこまで考えた時点ですでに口の方が先に動いてしまっている。
「んなこと言われても、駅に入った時たまたま隠すように置いてあったのを見つけてそのまま持ってただけだ。詳しいことは知らねーよ。それより、質問に答えた分こっちからも聞かせてもらうぞ。お前は……何者だ!」
 吠えるような声にも全く怯むことなく、すぐに平坦な口調で答えが返ってきた。
「我、ガーディアンが一角“深緑両刃”マー・エモナ。現在の任務は、“人間”の破壊」
 直後、深緑の光が列車の屋根を叩きつけるように動き、その軌道上が爆ぜた。
「ぬおっ!」
 とっさに両手を離して斬撃を回避、同時に両足で窓を蹴破って列車の中へ転がり落ちるように逃げ込む。降り注ぐガラス片が全身に細かな傷を作り出すが、この程度の痛みはとりあえず無視。一挙動で立ち上がって体勢を立て直し、今の会話を反芻する。被験者、この世界、人間……どういう意味か詳しいことは分からないが、どうやら自分が今いるこの世界は普通のものではないようだ。
 そこまで考えたところで、マー・エモナと名乗った白き両刃使いが天井を突き破って降りてきた。無表情のまま問答無用で振り回される攻撃を避けながら、奥へと逃げ――ない。座席に上って相手より高い場所を確保し、攻撃を誘う。上段に振られた一撃をさすがに回避しきれず茶色の毛と鮮血が若干飛び散ったが、狙い通り。今の攻撃で抉り取られた天井から、鈍い銀色の輝きを放つ剣が降ってきた。すぐにこちらの意図を見抜いた相手からの斬撃が飛んでくるが、こちらが剣を取る方が一瞬早い。細かい破片で傷だらけの腕には負荷が大きいが、何とかこらえて防御に成功。そのまま相手の武器を弾き返し、続けざまに跳躍。一気に斬りかかる。
「愚か。ここまでの戦闘で明らかであるというのに、何故正面から向かうことの無意味さに気づかない?」
 まるでこちらの動きが分かっているように、マー・エモナは完璧な防御を繰り出してくる。わざと力を抜いていた自分の体は、弾かれて一気に後方、列車の連結部まで吹き飛んだ。こうなれば今更こちらの狙いに気づいても、もう遅い。
「へへっ、無意味じゃないんだなー、これが」
 腕に走る激痛を堪え、大きな円を描くように連結部を一閃。
 地下鉄路線のど真中に、ボロボロの列車一両と乗客一名だけが取り残された。


――運命に試されし者達が、集いつつあった。


 ◆  ◆  ◆



 再び目を開けると、すでに『向こう』へ着いていた。薄暗い研究室もそれを照らす無機質なライトも目を閉じる前最後に見た半透明のシャッターもそこには存在せず、夕焼けと夜の色が混じりあった中途半端な色の空だけが、文字通り上下左右どこまでも続いていた。ふと気づいて自分の体をあちこち触ってみると、手に伝わる感触はやはり人間のものではない。黄色の体に大きな耳と尻尾が付いていて、二足歩行なのが改めて考えるとちょっとおかしい気がするがそれは紛れも無い猫の体。AAと呼んでいるらしい、遠い昔に自分と彼女が考えた落書きの中の一匹を流用してこの世界で自分にあてがわれた姿。さっきまでと違う姿のはずなのに違和感がほとんど無いというのが、かえって変な感じだ。
 そこまで考えたところで、少年――今は猫の――ギィは顔を上げ、正面を見据えた。ただ空の色だけが流れる無の空間に突然、透明な色をした一直線の道が作られていく。その様子はどちらかというと新しく作られていくというより、映像を巻き戻しているように見えた。道の構成は数秒で終わり、間髪入れずに突き当たりの空間で揺らぎのようなものが発生し、そこで迷彩を施されていた漆黒の壁を登場させる。一瞬のうちに塗り替えられた景色を見つめるギィの前に今度は半透明のパネルのようなものが出現し、そこに短いメッセージが刻まれる。
『私達にできるのはここまでだ』
 ギィは一瞬だけパネルを見つめ、すぐに走り出した。そして走りながら同時に“力”をイメージする。それは自らを取り巻き流れる水。全てを包み守る無限の蒼。そして大切な人のために振るわれるべきもの。少しずつ右腕に質量が集まって波打つ刀身を形成していくのを感じ、さらに強く願う。
「シィラアアアアァァァ!」
 右手に生じた蒼の剣を握り締め、力任せに叩きつける。その一撃で目前に迫っていた漆黒の壁に亀裂が走り、さらに返す刃で直撃を受けた部分が粉々に砕け散る。間髪置かずにその穴に飛び込み、そして――

 ――紅い一閃が、視界を切り裂いた。



 ◆  ◆  ◆



 夕日の煌きが夜の闇へと姿を変え始めている。長く伸びた影はだんだんとその輪郭を失い、世界を覆い始めた黒に同調していく。変わらないのは吹き付けるビル風の冷たさと、周囲に満ちる重苦しい雰囲気だけ。狂った街の片隅にある小さなビルの屋上で、彼らはただ待ち続ける。偽られた世界を、再び真実で照らす光を。己の無力を嘆きつつ、祈ることしかできない自分達を呪いながら。

「ボク達、どうなっちゃうのかなぁ…」

「まあまあボンさんよ、そうクヨクヨなさんな。心配しなくてもなるようになるんじゃねーの?」

「ネノー、あんたは楽観しすぎ。もっと危機感持ちなさいよ…」

「レモナサマ、現在、全テニオイテ予測不可能ナ状況ニアリマスガ、何ガアッテモ皆サマヲオ守リスルノガワタクシノ任務。デスカラ、ドウカ涙ヲオ止メニナッテクダサイ」

「…………」

 ただ、待ち続ける。



 ◆  ◆  ◆



 とっさに上半身を引いて攻撃を避けたギィに、紅い剣は少しも休むことなく次々と斬撃を叩き込む。横に、縦に、時には背後や頭上から嵐の如く連撃が繰り出され、しかしそれでもなお、蒼の剣を操るギィはその過ぎ去る光のような太刀筋の全てを的確に見切り、隣に倒れる今は桃色の猫の姿をした少女を守り抜いていた。
「くく…ははははっ!」
 突然、紅い剣の使い手、暴走したこの世界のAA−AI“紅剣”ララエルが笑い声を上げた。子供じみた、高い声だった。振りかざす剣の勢いだけは変えずに、嘲笑うような笑顔を浮かべながら紫色の狂った猫は言葉を続ける。
「人間って、何考えてるのか本当に分からないね。マスターはここまで何もしなかったから大人しく殺されてくれると思ったのに反撃してくるし、止めを刺そうとしたら今度は逃げたはずの君が戻ってくるし……馬鹿じゃないの?」
 対峙するギィは何も答えない。ただほんの少しだけ顔に怒りの表情が表れ、剣にかける力が増した。今まで防戦一方だった動きを変えて横一線に渾身の一撃を放ち、防御の姿勢をとったララエルを数メートル吹き飛ばす。相手が驚いたような顔をした一瞬の隙に跳躍して距離を戻し、さらに追撃をかける。完全に立場が逆転していた。しかしそれでも、紅い剣は笑って言う。
「僕は事実を言ったのに、なんでそんなに怒るのかなぁ? やっぱり分かんないや。そんな存在にこれからも支配され続けるなんて、僕は嫌だね。だから――死んでよ」
 瞬間、紅い剣の表面が炎のように揺らめき、爆ぜた。
「なっ…!」
 とっさに防御姿勢をとったギィの体を、真紅の波動が貫いていく。全身を駆け巡る衝撃波は次々に裂傷となり、生じた暴風が崩れかけた体勢のギィを宙に持ち上げ吹き飛ばす。そのまま背後にそびえる漆黒の壁まで吹き飛ばされたギィは、意識が途切れそうな痛みをこらえて立ち上がろうとし、そこで眼前にまで迫った笑顔があるのに気づいた。蟻を踏み潰して優越感に浸る子供のような、無邪気ゆえに残虐な笑みだった。
「これが僕の、広域掃討用攻撃プログラム“紅風ベニカゼ”だよ。……さ、これで終わりだ」
 呆然とするギィの目の前で紅い剣が振り上げられ、心臓のように鼓動する。そして――

 ――青に輝く一筋の光が、剣を掲げたララエルの腕を貫いた。

「…はぁ、はぁ、ララエル、お願いだからもうやめて……!」
 目を覚ましたこの世界の“マスター”シィラが青い光の弓矢を構え、ギィとララエルを見つめていた。言葉こそしっかりしていたが顔は青ざめて呼吸も乱れ、澄んだ瞳からは今にも涙がこぼれてきそうだった。
「マスター……」
 対するララエルは先ほどまでの邪悪な笑みから一転、何か大切なものを失くしてしまったような哀しい目で本来自分が仕えるべき者の名を呟いた。一瞬の後、腕に残る傷と目の前に倒れる黄色の猫を一瞥してから漆黒の壁に背を向け、街の方角へ跳躍しながら去っていった。
 最後に小さく一言、「南十字で待つよ」とだけ言って。



 ◆  ◆  ◆



 なあ、兄者。
「ん? どうした」
 さっきの赤い奴、放っておいても大丈夫なのか? さっきは妹者の不意討ちで撃退できたけど、あの程度の傷ならバックアップからすぐに再生できるし、何度も同じ手は通用しないぞ。何か他に策でもあるのか?
「ああ、それなら心配無い。あの拳銃型クラッシュプログラムには俺の特製ウイルスが仕込んであるからな」
 ウイルス? それは初耳だぞ。
「そういえば教えてなかったな。あのウイルスは打ち込まれると偽の情報を流し込んで対象のソフトの“本来の部品”に化けるんだ。そしてバスティングソフトやデータの初期化による削除から逃れ、少しずつだが確実に内部から全体を変化させ、破壊する。まあ、人間で言うところの肥満みたいなものだな。違和感無く、しかし確実に全身を蝕む…そんなウイルスというわけだ」
 ほお、それで、そのウイルスはどこをどう破壊していくよう設計されてるんだ?
「…………」
 おい、兄者、聞こえてるのか?
「……そこまでは、分からん。事前にどの部分が何を司っているかまで調べ切れなかったから、ウイルスが目標とする箇所とそこをどのように改変するかはほとんどランダムに設定してある」
 相変わらず兄者は詰めが甘いな。今回の作戦は最初からそうだ。めぼしいデータ盗んだらすぐ逃げる予定だったのに出口を調べてなかったなんて言い出すし、主力になるはずの剣型とトラック型のプログラムは転送先を間違えた上に誰かが使ってるみたいだし、切り札の特製ウイルスは未完成……どうしたものかね。
「うるさい。今ちょうどデータをまとめて今後の行動を考えてるとこだ。お前はバイクに後部座席とサイドカーの増設でもしてろ。あとそろそろ妹者のこと起こしとけ」
 了解。やれやれ、今回ばかりは本当に死ぬかもな。
「……弟者、一つだけ言っておく」
 いきなりどうした、兄者。遺言だったら聞きたくないぞ。
「――この世に、母者のゲンコツより強いものなんて無いさ」
 ああ、それもそうだな。



 ◆  ◆  ◆


「どうして……どうして戻ってきたのっ……!」
 ララエルが去った後、シィラは傷だらけのまま壁によりかかるギィに駆け寄り、両目から溢れる涙も拭わず開口一番そう言った。数秒の間があってようやくギィが反応を示し、かすかに唇を上下させる。
「おまえのこと助けるのに、理由なんて……ああ、一つあった」
「え?」
「――行け、たとえ困難に直面しても。戦え、自分が信じる者のために。一年前、くらいかな。おまえがいなくなって途方に暮れてた時、道でたまたますれ違った占い師に言われたんだ。……シィラ、オレのいる場所は、おまえの隣だ。だから、おまえがここにいる限り、逃げ出したりなんかしない」
 なんとか一息でそこまで言って、黄色い猫は笑った。
 それを見た桃色の猫も、寂しげに笑った。


 日が沈み、世界が夕焼けの色を失う。その空いた空間を新たに支配するのは、濃厚な漆黒の闇。この先に潜む脅威がそのまま具現化したような、どこまでも続く黒の世界。
 そんな世界の中心、全てが黒い中でなお存在感を保ってそびえ立つビル街へ向かい、ギィとシィラの二人――今は二匹――は歩を進めていた。全てに決着をつけるため。そして今度こそ二人で真実の世界へ帰るために。
「あれ、何でだ…?」
 不意にギィが立ち止まり、後ろへ振り返る。そこにあるのはたった今渡り終えた巨大なつり橋。最初にこの世界から出ようとした時にも歩き、初めてあの“紅剣”ララエルと戦った場所だ。
「壊れてなかった…」
 あの時、つり橋の塔部分から飛び降りる形で奇襲を仕掛けてきたララエルによって橋の一部に大穴ができたはずなのだ。しかし、今渡ってきたそれにはどんなに注意深く見つめても穴どころか傷の一つも見当たらない。まるで、橋を丸ごと全部新品に取り替えたようだった。
「あ、あのね、ギィ、それは……」
 そのまま思慮にふけってしまいそうなギィの様子に気づき、慌ててシィラが説明を始める。それによると、どうやらこの世界は定期的にベースとなる夢を見ている彼女から世界のイメージを受信し、それを直接上書きすることによって破損箇所の修復・構成の維持を行っているらしい。
「この程度なら何ともないけれど、例えばビルが数本まとめて消えたりしたら、イメージの送受信時にその誤差で生じるエラーが負荷になって私はしばらく動けなくなっちゃうの。一応覚えておいて」
 そう最後に付け足して説明は終わり、二人は再び歩き始めた。
 最初の目的地は目前にそびえ立つビル街の一角。シィラがマスターにのみ受信可能な最上級の秘匿通信をそこから受け取ったらしい。通信の内容は、おそらく極限まで通信時間を抑えるためだろうが「help」の一言のみ。もちろん罠である可能性も十分にあるが、いきなりララエルを追うにしても危険が高く、かといって当ても無く他の被験者を探すわけにもいかない。
 自然と、二人の足取りは速くなる。



 ◆  ◆  ◆



「うわあああ! オーギリさん、もっと速く! 追いつかれちゃうよ!」
「お、落ち着いてイワン君! ま、まだ大丈夫……」
 ああもう、言ってる自分が落ち着いてないじゃないか。落ち着け落ち着け落ち着け自分。落ち着いて今の状況を一から整理するんだ。
 ええと、僕の名前はオーギリ。オニギリみたいな顔をしてるけれど、だからこういう名前というわけじゃない……と思う。何故かその辺は記憶が曖昧だ。どう言えばいんだろう、まるで“夢の中で自分じゃない誰かになっている”ような、そんな感じだ。
 トラックの荷台に乗っている茶髪に青い服の人はイワン君。フルネームはとても長くて「イー・なんたら・なんたら・ワン」って言うらしいけれど、他の人からは呼びやすいようにイワンって呼ばれているそうだ。それで僕もそうしている。さっきから半分パニックになっているのがちょっと心配だけれど、正直僕も何がどうなっているのかさっぱり分からなくて混乱してるのでそれはしょうがないかもしれない。
 そしてサイドミラー越しに見えるのが、この混乱の大元。白っぽい体はやけに等身が高くて、おまけにほとんど無表情。手足に黄色い光で出来たような車輪を使っているのと、背中からやはり光のようなプロペラを使っているのと、直接走っているのと合計三体。僕達は今、このなんだか気持ち悪い連中に追われている。
 事の始まりは確かまだ日が沈む前…ってことはもうずいぶん逃げてることになる。街を歩いていたらイワン君と会って意気投合して、色々他愛も無い話をしながら道を進んでたら裏路地に隠すようにして今乗っているこのトラックがあったのを偶然見つけて、誰のだろうかと思ってたらいきなりこいつらが追いかけてきたから仕方なくトラックに乗って逃げて、それからずっと逃げっぱなし。
 うう、僕達が何をしたっていうんだ。そりゃあ、このトラックは盗んだようなものだけどその前からこいつらは追いかけてきてるわけで……ああもう!
 神様、もしいるのなら助けてください。

『――あー、聞こえるか? 聞こえたら返事しろ』

「だだだだ、誰っ!?」
「だっ、誰です! 一体どこから……」
『まあ落ち着け。そのトラックには通信機が備えてある。ハンドルの右にあるエアコンの送風口っぽいのがそうだ。俺は今、それを通して声を送っている。分かったか?』
 言われた場所を見てみたら、確かにエアコンの送風口らしきものがあった。そばについている数個の小さなボタンが本当はそんなものじゃないと訴えている。いきなり声が聞こえてきて僕もイワン君もかなり驚いたけれど、これで謎は解けた。でも……
「えっと……それで、あなた、誰ですか?」
 通信機のことを説明してくれたから、多分このトラックの持ち主なんだろう。でも普通、送風口に偽装した通信機をトラックにつけたりなんてしない。おかしい。怪しい。信用できない。もしかしたら今後ろから追いかけてきてる連中の仲間かもしれない。もし本当にそうだったらすごくまずいような……
『うむ、この状況では疑われても仕方ないな。信じてもらえないかもしれんが、俺達は味方だ。名前はわけあって明かせないから、とりあえず“兄者”と呼んでくれ。あ、ちょっと失礼――弟者、まだ“侵食剣”の座標はトレースできないか?』
「あの! 兄者に弟者ってもしかして……」
 どう返せばいいか悩む僕が結論を出すより早く、イワン君が口を開いた。どうやらこの人達について心当たりがあるらしい。それなら会話はイワン君に任せて、僕は運転に集中した方が良さそうだ。
『じゃ、そっちは任せたぞ――で、何かな。続けたまえ、イワン君とやら』
「……ちょっと前に噂で聞いたことがあるんです。自分たちのことを“兄者”とか“弟者”とかって呼ぶ以外に素性不明、世界中のあらゆる情報を盗み出して裏で売りさばく天才ハッカー兄弟がいるって。まさか、でも……」
 なるほど、そういうことならこの状況もある程度は納得できる。途中で聞こえた意味不明な単語、“侵食剣”というのが唯一分からないが、それはこの際置いておこう。でも、それでもこの人達の真意が分からない。世界中に敵のいるハッカーが、どうしてこんな堂々と登場してきたのだろうか。このトラックに大事な何かがあるにしても、僕達を助ける理由にはならないはずだ。むしろ目撃者を消そうとするはず。イワン君が最後に言葉を濁したのもそう思ってのことだろう。何がどうなって……
『うむ、正解だ。不思議に思っているだろう、世界的な犯罪者が自分の仕事道具を見た者を助けているのだからな。――まあ、何と言うか、俺達の仕事は命を奪うことじゃない、ってだけだ。それではこれより、そのトラックに搭載してある武装について説明する。生きて帰ろうぜ、兄弟』
 まあ、この際すがれるものにはすがっておいた方がいいみたい。



 ◆  ◆  ◆



「マスター、オ待チシテオリマシタ」
 天を目指しながら互いの高さを競うようにそびえ立つビルの一つ、その屋上にたどり着いたギィとシィラを待っていたのはガーディアンの罠などではなかった。
「えっと、このちっこいのがジェンディスタ、あんたらがそっちから順にレモナさん、ボン、ネノーか。よし、覚えた」
 周囲を常闇が覆う中でこのビルの屋上だけは世界から切り離されたように明るく、お互いの顔をはっきりと認識することができた。シィラ以外に初めて出会う他の人間のAAということで多少戸惑うギィの足元、顔だけの小さい身体でぴょんぴょんと跳ねているのはプレイヤーガイド専門のAA−AI、ジェンディスタ(と本人から説明を受けた)。彼がまだ使用可能な管理者としての権限を駆使して空間を改変し、結果としてこの場所は外からは絶対に認識できないようになっているらしい。
 人間型に近い姿をして長い金髪をなびかせているのが女性プレイヤーのレモナ、その奥でずっと怯えた顔をしている水色のネコ型がボンで、正反対に「どうにかなるさ」と言わんばかりの顔でにやけているのはネノー。彼らはプレイヤーの安全を最優先して反乱行動に加担しなかったジェンディスタと最初に出会うことができた、幸運な者達だった。そして、非力であるがゆえにこうして隠れることしかできない、不運な者達であった。
「うまく説明できないけれど、“知る”ことと“感じる”ことは違うんだと思うんだ。ここは夢だから思い通りに力を出せます、ってジェンディスタさんに言われても、ボク達にはできなかったよ…」
「悔しいけれど、ボンの言う通りね。だから、お願い。私達を助けて」
「分かりました、皆さんのことは何としてでも無事にもとの世界へ戻します。こんなことになってしまって…ごめんなさい」
 そう返すシィラの顔が、申し訳なさそうに歪む。

 それから数分、一通りお互いの状況を確認し、いよいよ脱出作戦が練られることになった。問題はどこからどのようにして脱出するか。シィラとジェンディスタの持つ情報を総合すると、この世界から元の世界へ戻るための正規のルートは全部で三つ。一つはギィが最初に脱出した街の外。これは現実だけでなく外界のネットワークに直結しているらしく、万が一反乱側AA−AIが使用して外界に逃げるようなことになったら取り返しがつかなくなる。距離的な問題と展開中の防壁を取り払うリスクを考えるとこれは使えない。次に、四つのエリアに区切られた街の各エリア中心部に設置してある転送装置。距離的には最短だが、ジェンディスタからもたらされた情報によるとこれはすでに各エリアのガーディアン達によって破壊されていて修理しないと使えないらしい。最後は各エリアを街の中心で一つに繋ぐ“南十字星通り”という名の大通り。ここの転送装置はガーディアンとは別に、世界の基本的なパラメータ――重力や空気抵抗といった類の情報――を司る専用のAA−AIが制御しており、有事の際はそのAA−AIとマスター以外誰も触れることすらできないようになっているらしい。これを使うのが、一番確実に思われた。
「やっぱり、それしかないわね。でも……」
「あいつとだけは、どうやっても正面からぶつかることになるだろうな。…最初からそのつもりで見逃しやがったのか」
 ここにたどり着く前、最強のガーディアンと戦ったギィとシィラは、彼の口からこう聞いたのだ。

 ――南十字で待つよ――

 このまま進めば、確実にララエルと戦うことになる。それどころか最悪の場合、等距離にあるそれぞれのエリアから他のガーディアンが集結する危険性もある。馬鹿正直にそこを目指せば、全て相手の思う壺になってしまう。
「……ジェンディスタ、少し作戦を変えます。私とギィが先行して南十字通りに向かい、ララエルと戦います。その間、あなたは皆さんと共に他のプレイヤーの救助にあたってください。首尾よく私たちがララエルを倒せばその隙に全員脱出、もし負けていた場合、あなた達だけで外壁側へ脱出するか、一番近いエリアの転送装置を修理して使用してください。必要な各種管理者権限も今渡します」
 ギィとジェンディスタは素直に頷いた。非力な者を三人も抱えた状態でララエルと正面から戦えば、こちらの負けは見えている。それなら離れ離れになる危険を冒してでも、それぞれに可能なことをこなした方がいい。全滅を避けるためにはこの方法が一番なのだ。だが。
「ま、待ってよ! まずボク達を助けてくれるんじゃないの!? なんで、またボク達だけで……」
 それを理解できない者は、絶対に出てくる。
 怯える顔をさらに恐怖で歪ませ、ボンがシィラの提案に食って掛かる。
「い、嫌だよそんなの…やっと、やっと助けてくれる人に会えたのに……こんなの…ないよ……うっ…」
 怖くて、苦しくて、悲しい、叫び。
 シィラとギィは申し訳なさそうに顔を伏せ、レモナは何か言おうとして失敗する。こうする他に無い、なんてことは彼だって言わなくても分かっているのだ。ただ、どうしようもなく怖いだけ。あふれ出す感情とそれを制御できない自分への混乱が生み出す、涙の無限連鎖。
「っ……うぅ……いや…だ……」
「……なあ、ちょっと面貸せよ」
 今までの会話に興味を示さずずっと外を眺めていたネノーが、いつの間にかボンの真横に立っていた。ボンは彼が自分に向けて放った言葉に気づくことなくただ泣き続け、それを確認した男の顔からにやけた表情が消える。
 ――響いた音は二つ。
 頬に思い切り殴りつける音と、人が吹っ飛ぶ音。
「ちょっと、ネノー! それはいくらなんでもやりすぎ…」
「あんたは黙ってろ」
 抗議の声を上げたレモナを、冷たい台詞が一蹴した。
 完全に怯えきっているボンの視線を正面から受けながら、殴った本人はさらに冷たい声を出して言葉を綴る。
「お前なぁ、さっきから黙って聞いてりゃ甘ったれやがって。いい加減頭に来るんだよ。いいか? 弱いのも、怖いのも、お前だけなわけねーだろ。オレだって、本当は…怖いのに……無理して、笑って……やってんのに…お前は……」
 そこまで言って、ネノーは皆に背を向けた。彼の足元に水滴が落ちていく。
 そこでようやく行動の真意に気づいたボンが、さっきまでとは違う種類の涙を流して言う。
「……ごめんなさい、頭では分かってるんです。なのに、ボクは……」
「おっと、それ以上は言うな。また泣きじゃくられたらたまったもんじゃねーっての」
 もう元に戻ったにやけ顔が、縮こまるボンを明るい口調でなだめる。遠目からその光景を眺めるレモナにとっては、ジェンディスタと出会ってからの数時間で何度も見た姿だった。対照的な二人だが、こうやって釣り合えばきっと最後まで何とかなる。彼女にはそう思えた。



 ◆  ◆  ◆



 本来の姿より一両分短くなった列車は、だからといって特に運行に支障をきたした様子もなく動き続け次の駅へと無事到着した。
 駅員の一人も無く全く動作していない改札を通って外に出ると、立ち並ぶビルの隙間から彼方を見れば、太陽がその輝きの半分以上を地に埋めようとしているところだった。
「さて、と。どうするかな」
 誰に言うでもなく、被験者番号002・ギサルフと呼ばれた青年は呟く。
 彼はまだ、この世界の真実に気づいていない。現実世界においては有名な剣道場の跡取りで、そこに通っている昔からの親友ギィには負けた事が無い――などということは思い出せず、せいぜい肉体に染み付いた武術の感覚が生きている程度。どうやっても常識の範囲に縛られた動きしかできず、今の彼の力を支えているのは偶然見つけて手に入れた謎の大剣一本だけだった。
「そもそもここがどこなのか分からないもんなぁ。誰か人見つけて……うおっ!」
 いつの間にか、背後に一人の少女(一匹の猫という認識をするのは、夢を自覚している者だけだ)が立っていた。一切の音や気配を伴わず、まるで突然現れたように彼女はそこにいた。体色は赤で、何故か左肩に大きな傷がある。とっさに身をひねって剣を構えたギサルフの反応とは逆に警戒や殺気の類はまるで感じられず、ただ無防備な姿勢のまま虚ろな目で相手のことを見ていた。
「…お前、何者だ」
 少しも隙を見せようとせず、射殺すような目で高圧的に問いかける。
 数秒置いて、か弱い少女そのものな声で返事があった。
「アタシは……第二世代型ガーディアンAA−AIの…“変移閃影”#2……人間――お前が、道に迷っているようだったから……来た…」
「っ!」
 聞き取りづらい言葉の中に含まれていた一つの単語に、ギサルフは戦慄した。ガーディアン。先ほど戦ったあの圧倒的な力を誇る冷酷な両刃使いも、自らをそう表した。とてもそうは見えないが、仮に目の前の少女がそうだとすればこの状況は非常に危険だ。先ほどは列車の中という状況で逃げに集中したから何とかなったが、今はそうはいかない。何かで距離を稼ぎ逃走することは不可能な上、ならば戦って勝てるかといえばそうでもない。どんな芸当をやってのけたのかは分からないが、相手は一切の音や気配を伴うことなくこちらの背後をとることができるのだ。一対一の戦いにおいて、これほど一方的なハンデは無い。
「何故……武器を、構える…? アタシは…プレイヤーAAのサポートも…兼ねているんだ……脅さなくても、管理に支障が出ない範囲なら…質問に答えるぞ……」
「なっ…そ、そんな手に…乗るわけ……ああもう!」
 あまりに儚げな相手の反応に、いちいち頭の隅で策略を巡らせながら剣を向けるのが馬鹿らしくなってきた。よくよく考えたら、本当に攻撃の意思があるならとっくにそうしているはずなのだ。あの両刃使いと同等の力があるならば、こんな小細工をして油断させる必要も無い。空いている方の手でがしがしと頭をかきながら、ならどう話を切り出したらよいものかと考える。
「……じゃあさ、一通り教えてくれよ。ガーディアンだのプレイヤーだの、何のことだかさっぱりだ…」
「分かった。本当は…データ比較のために教えないつもりだったけれど…結果的に混乱させてしまったし…マスターも…この方針に少し反対してたから……話そう」
 予想以上にすんなりと話は進み、長い長い説明が始まった。


 「“変移閃影”#2が知る限りの」情報の全てをギサルフが理解した頃には、もう完全に日が落ちて周囲は暗黒に閉ざされていた。二人は今、一つだけ明かりの灯った街灯の下、ビルの壁にもたれて座っている。本来は全ての街灯が灯って明るさを保つはずなのだがどうやら故障らしい、と#2の説明。これじゃあ暗すぎると文句を言うギサルフに、だったらと彼女は一番近くにあった街灯を管理者権限で直接起動し、それからそこで話を続けているのだった。
「あのシィラがお前のマスター、ねえ。それにギィのやつも参加してるのか」
「マスターと、知り合いなのか?」
「一応な。俺とギィが仲良くって、ギィとシィラが仲良くって。それでよく小さい頃から一緒に遊んだりしてたんだ。あいつらよく髪伸ばしてる俺のことフサフサ野郎って呼んで面白がってたんだけど、ここでもか……」
 そう言って、ギサルフは自分の腕を見つめる。彼の姿――長毛の猫型AAは、今この世界にいるプレイヤー及びAIの中で唯一のものらしい。思わず深いため息をつき、「ところで」と話を戻す。
「お前…その肩の傷、どうしたんだ?」
「……えっ?」
 返ってきた反応は予想外のものだった。何のことだか分からないといった顔でギサルフを見つめ、彼が指差した方向に首を傾けてみる。そして、目を見開いた。どうやら彼女は、本当に今の今まで自分の左肩にある大きな傷に気づかなかったらしい。
「いつの…間に…? でも、これなら…多分、バックアップにアクセスして…修復できると思う」
 そう言って、彼女は目を閉じてひざまずくような姿勢をとる。
(エリア管制システムへアクセスを開始…成功。現在のアクセスポイントから到達可能な位置に存在するAA−AI用バックアップを検索……発見。ダウンロード開始……終了。インストール開始………エラー! 損傷箇所の認識に失敗。ダウンロードしたデータを破棄、全プロセス終了)
「……駄目だ。うまくいかない。何故かは分からないけれど…この傷が、傷として認識されてない」
 立ち上がった#2は、そう言って首を横に振った。その顔には少なからず困惑の色が浮かんでいる。
 ギサルフはそんな彼女になんと言うべきか逡巡し――直後、ほとんど本能的に感じた風の音に向かって剣をはらい、背後に迫った深緑のダブルセイバーを寸前で弾き返した。
 不意討ちをかわされたガーディアン“深緑両刃”マー・エモナは、それ以上追撃しようとはせず一歩下がって防御の姿勢をとる。対峙するギサルフも続けて踏み込むようなことはせず、か細い少女を空いている手でかばうようにしながら相手との距離を置く。
「そういえば、まだ聞いてなかったな。なんでこいつは、俺のこと殺そうとするんだ?」
「あ…エモナ……なんで…このエリアに…」
「“変移閃影”#2、何故その人間を殺さないのだ。口調も普段と異なるな。何があった?」
 それぞれの疑問に答える者も無く、数秒の静寂。
 それを打ち破ったのは、剣のぶつかる甲高い音。



 ◆  ◆  ◆




「ねえ、ジェンディスタ。私達以外のプレイヤーって今どこにいるの?」
「ハイ、レモナサマ。ワタクシ達ガ現在ムカッテイルエリアデ常ニ移動シテイル方ガ二名、ソノ隣ノエリアニ三名、エリア移動用ノ列車型輸送装置ヲ使用シテイテ詳細不明ナ方ガ一名デス。モットモ、コチラノ動向ヲガーディアンニ気ヅカレナイヨウ古いログニアクセスシテイルノデ現在ハ違ウ場所ニイル可能性モアリマスガ」
 ギィ、シィラと別れたレモナ、ネノー、ボンの“一般人”三人は、ジェンディスタの作り出す特殊な障壁――有事の際にプレイヤーを守るためのもので、外部からは透明に見える上物理的な衝撃に対してもほぼ完璧な防御力という優れものだ――に包まれながら残りのプレイヤーを探して闇の街を歩いている。彼らの周辺を明るく照らし出す障壁は半径五メートルほどの円形で、さきほど屋上で展開していたものに比べるとかなり小さい。ジェンディスタに言わせると常に移動に合わせて展開範囲を変えるのは負荷が大きく、これで限界らしい。
「この近くに二人いるのね。でも、常に移動してるってどういうこと?」
「ソレハワタクシモヨク分カリマセン。速度ヲミル限リ、ガーディアン“長躯兵団”カラ逃ゲ回ッテイルモノト思ワレマスガ、コノエリアニソレホドノ速度ヲ出スコトガデキル装置ハ存在シナイハズ…」
 そう言ってジェンディスタは困ったような顔をする。この小さなAA−AIは、人間と遜色ない感情表現が実に得意だった。
 本人の説明によれば彼は他のAA−AIよりも後に生まれた“第二世代型”と呼ばれるタイプで、プレイヤーとの交流を前提により人間らしい感情と思考を持つように設計されているらしい。下された命令もただ受け入れるのではなく独自に持つ基準に当てはめて考え、結果が理不尽なものになると判断したら従わない。だから彼は今、こうして人々を守るべく動いている。暴走した仲間達に敵意すら覚えながら。


 それから数分。変化は唐突にやってきた。
 全員がほぼ同時に気づいたのは、はるか後方から聞こえてくる爆音。空気を震わせながら響く何かのエンジンらしき音に、時折タイヤの擦れる音が混じる。音は瞬く間に大きくなり、一際大きい急ブレーキの音に振り向いた時には――そこにバイクが一台止まっていた。
 赤と黒で塗られたボディに、少量の排気を出しながら低くうなるエンジン。ハンドルを握るのはレモナ達と同じような猫の姿をした緑色の青年で、後部座席にはやはり同じような姿をした青い青年がノートパソコンを片手に座っている。バイクの左側にはサイドカーが取り付けられていて、乗っているのは何故かAAの姿ではなく人間そのままの少女。短くまとめた薄桃混じりの黒髪に、桃色の服と濃緑のズボン。可愛らしい外見ではあるが、それにはとことん不釣合いな黒い拳銃を握っている。
 突然の事態に、誰も何も言えなかった。
 とにかく状況を見極めようと、ジェンディスタは一人思考を開始する。いきなり障壁を取り払って話しかけるには、彼らは怪しすぎる。
 まず、その外見。青年二人は最初からプレイヤー用のAAとして用意されている姿なのだが、少女の姿は人間そのまま。こうするには、システムの深部にアクセスして直接データを改ざんするしかない。ガーディアン達に探知されるのを覚悟で最新のプレイヤー管理情報にアクセスし、そこで一人分のAA情報の改ざんと、三人分の経歴情報の破壊を確認する。おそらくは機密情報目当てのハッカーか何かなのだろう。
 そして今この状況において最大の問題点は、彼らが“こちらを見ている”ということだ。
 ガーディアンですら感知できないこの障壁とその中にいる自分達を真っ直ぐに見つめているということは即ち、向こうが障壁を無効化する何らかの技術を持っているということ。あの少女が腕を少し上げて引き金に指をかければ、誰かの血が飛ぶことは避けられない。こうなれば相打ちしてでも――
「おい兄者、やっぱ警戒されてるぞ。俺ら」
「あー、そのー、まー、なんだ。俺らは別に怪しい者じゃないっても怪しさ満点なわけで確かに不正アクセスで色々いじらせてもらったけどお前らを殺すとかそういうことは一切考えてないしむしろ脱出に協力したいからそこそこ丈夫なその障壁取り払ってまずは情報交換といきませんか、みたいなつもりで近づいたわけなんだが…」
「あにじゃー、それ全っ然説明になってない気がする」
 コンマ数秒で進行するジェンディスタの高速思考に気づく様子もなく、三人はやけに気の抜けた会話を始める。緊張感ゼロで展開されるあーだこーだの論争はいつの間にかただの兄弟喧嘩にすりかわり、ようやく我に返ったレモナの
「あのっ」
 という一言がなければ、多分永遠に続いていた。



 ◆  ◆  ◆



 闇に包まれた街の大通りに、黒い世界を切り裂いて進む光が二つ。
 そのうち一つはバイクのもの。赤と黒のボディに二人がまたがり、左側面のサイドカーにもう一人。
 もう一つは軽トラックのもの。暗闇でも目立つ白い車体で、広々とした荷台には積荷ではなくいくつもの人影を乗せている。
「それで、これからどうするんですか?」
 トラックの運転手、オニギリ頭をした青年が不満げに口を開く。
 ガーディアンの一角“長躯兵団”に追い回されること数時間、トラックに備え付けられていた通信機から聞こえる声を頼りに追撃を振り切って指定された場所に行ってみれば、そこにいたのは声の主の他に自分達と同じような状況らしい人々が他にも三人(と一体)。とりあえず全員荷台に乗ってもらってバイクと共に再び走り出したのが15分ほど前のことで、まだ互いの自己紹介くらいしかしていない。けっこう命がけのはずなのにこんな調子でいいのかと、彼、オーギリはため息をつく。
「んー、その小さいのが言うには脱出地点に待ち伏せてるやつがいるらしいから、別働隊が何とかしてくれるまで俺らは逃げ続けるしかないだろうな。イワン、各人に武器を渡しとけ。取り出し方は覚えてるな」
「あ、はい」
 バイクのハンドルを握る青年――兄者とだけ名乗った。自称天才ハッカー一家の長男らしい――の指示を受け、トラックの荷台に座る中の一人、イワンと呼ばれた茶髪の青年が床に手を触れる。すると触れた部分から計算機のようなボタン配置の操作盤がせり上がり、「パスワード入力」の文字が表示される。イワンがそこへ少々迷いながら十六桁の数字列を打ち込み、「認証」の表示。
「はい、好きなの選んで。使いやすさはどれも一緒だよ。ここは夢とプログラムの世界だし」
 新しく荷台の住人となった三人と一体から驚きの視線を受けながら、荷台の中央から大きな箱がせり上がる。その中にクレーンゲームの景品よろしく大量にぶら下がっているのは、様々な種類の銃器一式。片手で扱える小さな拳銃から、本来ならとても生身では撃てないであろう大型ガトリングまで揃っている。
「す、すごい…」
 手近な拳銃を握り締め、少年――姿は水色の猫――ボンが感嘆の声を上げる。今までずっと無力感に打ちのめされてきた彼にとって、目の前にある武器の山は希望の光そのものなのだろう。
 そんな彼の肩をポンと叩きながら、隣で小機関銃を手にした青年、ネノーがおどけた調子で話しかける。
「場合によっちゃ、これから派手な撃ち合いだ。びびんじゃねーぞ?」
「はいっ!」
 振り返りながら発したその言葉に、これまで見せてきた臆病な様子は無い。
(なんだ…ただの泣き虫かと思ってたけど、やればできる子なんじゃない。これなら、何とかなるかな)
 格好つけて二挺拳銃にしてみたレモナが、二人の様子を見て顔をほころばせる。圧倒的な絶望の中にあってもなお失われない、友情の輝き。それがある限り自分達は負けたりしないと、彼女は確信できた。
「あにじゃー、お客さんみたいだよー。皆さんも気をつけてー」
 バイクのサイドカーに乗り込む人間の姿をした少女――やはり本名ではなく、妹者とだけ名乗った――が、やけに気の抜けた声で敵襲を告げる。しかし声の調子とは正反対にその顔は引き締まっており、彼女の構える銃はすでに、並んで走るトラックとバイクの後方数百メートル先、見えるか見えないかの位置にいる三体の巨人、“長躯兵団”エイトソルジャーズを正確に照準している。
「よーし、総員戦闘準備。小さいの、お前はナビゲーターを頼む。トラックの方にしまってあるデータ類も自由に使って構わん」
「了解シマシタ。…ソレニシテモ、ヨクコレダケノ機密データヲ盗ミ出シタモノデスネ」
 兄者からの指示を受けたジェンディスタの周囲に無数の半透明なディスプレイが展開され、現在地を示すマップデータからガーディアンの詳細な戦闘能力まで様々な情報が表示される。これが全て不正アクセスで盗まれたものだという事実に驚きと呆れの表情を作りながら、小さなAA−AIが解析を開始する。
 その様子を横目で確認し、バイクの運転手は自身のすぐ後ろ、先ほどからずっとノートパソコンと格闘する弟に声をかける。
「弟者、“侵食剣”の方は?」
 弟者と呼ばれた青年が、顔を上げずに答える。
「通信を安定させるまであと数分、ってとこだな。しかし持ち主は色々大変なことになってるみたいだから、話ができるのはもうちょっと後かもしれん。兄者お手製ウイルスのせいで味方が増えそうなのはいい誤算だが」
 どういう意味だ、と質問が返ってくる前に、兄の考えていることを正確に汲み取った弟がパソコン画面を差し出して表示されたデータを見せる。兄者はバイクの進行方向に向けた顔を逸らさず、視界の隅で差し出された情報を器用に見つめる。数秒して、その顔にかすかな笑みが浮かんだ。
「なるほど、上出来だ。…オーギリ、速度上げるからしっかり続け!」
 夜の街に、無数の銃声と二つのエンジン音が響き渡った。



 ◆  ◆  ◆



 斜め上から振り下ろされた大剣が、軌道を予知していたかのように現れた光の刃に阻まれる。
「無駄だと、何度言えば理解できるのだ」
 深緑色に輝くダブルセイバーで大剣の動きを封じ込めるマー・エモナが言う。その顔は相変わらずの無表情で、全力で振り下ろされた一撃を受け止めながらも眉一つ動かそうとしない。
 鍔迫り合いのまま対峙するギサルフは、そんな相手から放たれた抑揚のない言葉を沈黙で弾き返す。
 そのまま硬直すること数秒。せめぎ合う力が臨界に達し、互いに武器を弾いて距離を置く。着地と同時に双方駆け出し、何度目かの金属音が鳴り響く。
(――戦力分析完了。“千里眼の守りクレアヴォヤンスガード”動作変更。“反撃カウンター”使用開始)
 ひたすらに正面からの力押しをしてくるギサルフに対しやはり正面から受け止めていたエモナが、突如としてその動きを変えた。
 真横に構えて剣を受け止めていたダブルセイバーを前後と上下に半回転させ、相手の攻撃を払いのけると同時に地面に突き立てて棒高跳びのように跳躍。そのまま背後に回りこんで振り向きざまに斬撃を叩き込み、防御されても一切動作を止めることなく武器の衝突地点を軸として再び背後に潜り込む。
「なっ…このぉ!」
 驚愕と焦りで、ギサルフの顔が歪んだ。突然始まった相手の猛反撃に、思考と体が追いつけない。剣を振るってもすでに相手の姿は無く、背後で必殺の一撃を繰り出す体勢にある。強引に体を回転させて間一髪防御をすれば、今までとは比較にならない相手の力に全身の関節が悲鳴を上げる。痛みが声に変わるよりも速く、相手は再び自分の背後。
 これがガーディアンの、この世界において最強の存在たる者達の持つ、埋めようの無い絶対的な力の差なのだと、“ただの人間”が理解したその瞬間。
 深緑の輝きが、大剣を握るギサルフの右腕を貫いて生えていた。
「“人間”がいくら足掻こうと、我には勝てぬ」
 引き戻された刃の緑に、紅い血の色が降り注ぐ。
 激痛と、それ以上に悔しさのこみ上げた顔をしながら少年が倒れる。これだけは離すまいと剣を握る手が、傷口から湧き上がる血に染まった。うつぶせに倒れたまま何かを言おうとして、その口からも血が流れ出す。それらはアスファルトの黒に染み込み、彼の周囲を紅く切り取っていく。
 遠のいていく意識の中で少年が、無慈悲な足音と振り上げられた刃が風を切る音を聞いた時。
(――目標座標特定。成功率91%、起動容認。“変移ヴィーデ”起動)
「やめろっ、エモナ!」
 ギサルフに守られるようにして呆然と事の成り行きを見ていた#2が、相対距離を無視して両刃の前に立ち塞がった。怒りの表情を露にした彼女の両腕には、投擲ナイフを模した赤い光が宿る。
「やっと思い出した。計画に反対したせいで強制命令コマンドを埋められたこと。我を失って人間に襲い掛かったら、反撃でウィルスらしきものを打ち込まれたこと。そのせいでコマンドが解除されたこと。やっと、アタシの意思を、思い出した」
 対峙する相手を睨みつけたまま、一つずつ確認するように言葉を繋ぐ。
 刹那、赤い姿が揺らめいた。
(“変移”起動準備、第一楽章“単刃の舞ラメンタービレ”を連続起動)
 常軌を逸する速度でエモナに近接した#2が、逆手に構えたナイフを振るう。その一撃が当然のように緑の刃に受け止められ、それでも彼女は動きを止めない。武器を弾いて跳躍し、同時にもう片方のナイフを真横に投げる。投げられたナイフは目前のビルに突き刺さる直前に突如として姿を消し、速度を保ったままエモナの背中に突き刺さる位置に再び現れた。着地を終えた#2がそれと挟み撃ちにする形で再び疾走からの攻撃を繰り出し、
(“四重奏カルテット”起動)
 長さを半分に減じることで二本に分裂した深緑のダブルセイバーに、阻まれた。
「無駄だ。貴様の強制座標置換能力“変移”では、我が守りを貫くことなどできぬ。しかも貴様――」
 一回転して前後からの攻撃を弾き飛ばし、今度はエモナが反撃を開始する。相手の防御を嘲笑うような、巧みで一分の隙も無い無慈悲な連撃。この状況で無理に反撃を繰り出すことがどれだけ危険かを十分に知っている、そして先ほどの光景から改めて理解した#2はひたすらに耐え、逃げ回る。今だ血を流し続ける少年から少しでも相手を遠ざける目的と、そしてもう一つ。
「――手加減しているだろう。人間の味方を気取っておきながら、それでも我らと敵対するのを嫌っているのだろう?」
「……っ!」
 図星を突かれ、怒りの一色に染められていた顔が歪んだ。
 その一瞬の隙を逃すこと無く、深緑の刃が踊りかかる。二本を一本に統合して、下段から渾身の切り払い。交差させて防御の姿勢をとった赤いナイフが一瞬で砕け散り、なお失われない斬撃の勢いがその持ち主をビルの壁まで吹き飛ばす。衝突の衝撃は壁に大きな傷を生み、舞い上がった粉塵の白が夜闇を切り裂く。
 ダメージを示す無数のエラーを#2が思考の隅に確認した時、冷酷な仮面はすでに眼前。
 少女の顔が今度は恐怖に歪み、それを見下すエモナは攻撃せずに武器を消し、口を開いた。
「貴様は、自らの名の意味を忘れたわけではあるまい。“一段上の性能を持つ第二世代型”として暫定的に付けられていた名を、貴様は「一度名付けられた以上はその名に誇りを持ちたい」と言って変更しなかった。そして、この様だ。貴様の持つ“心”とやらは、迷いと躊躇い以外に何をもたらした。我らに仇なし、それでいて仲間でいようとするなど、不可能だと分かっていて何故やめようとしない」
 淡々とした口調ながらも明らかに侮蔑と非難の意思が込められた、それでいて現実的な矛盾の指摘。これに明確な答えを返さないことには、ガーディアンとして、世界を守護する限りなく完璧な存在として君臨することなどできない。そのことを全て理解していて、しかし問いかけられた少女は。
「アタシは……アタシは………」
 答えることが、できなかった。
 とにかく何か言葉を発しようとして、そこから思考回路が原因不明のループに陥る。混乱などという生易しい言葉では表現しきれない、入り乱れた感情と理性の矛盾による思考の大爆発。無数のエラーが全身を駆け巡り、今更のように左肩の傷が認識されて疼きだす。四肢から伝わる感触が曖昧になり、視界は歪んで聴覚にも異常をきたす。絶望に埋め尽くされたその顔は、人間以上に人間らしい。
 そのままうずくまってしまった#2を見て、マー・エモナは、確固たる意思を持つ者は、言った。
「やはり貴様は、出来損ないだ。迷って何をすることも叶わぬ者に、“#2”などという名を名乗る資格は無い。――消えろ」
 掲げられた白い腕に、深緑の光が灯る。それはすぐダブルセイバーの形へと凝固し、確かな質量を帯びる。両手を使って振りかぶり、少しの躊躇いも見せずに一閃。

 ――刃の衝突する音が響いた。

 いつまでも斬撃がやってこないことに気づき、#2は顔を上げた。そしてそこに、在り得ない光景を見る。
 全身を鮮血に染め上げ、その血の色とは正反対に蒼白な顔をしたギサルフが、手にした大剣でエモナの攻撃を受け止めていた。両腕で剣の柄を握っているが、右側は明らかにそんなことができる状態ではない。傷口からは今だに血が流れ続け、指一本動くだけでも奇跡的なはずだった。
 満身創痍の騎士。数多の傷を受けながら、それでもただ一人を守るため立ち上がり続ける少年の姿は、まさにそれ。口の端から溢れ出る血を無理矢理飲み込み、不敵に笑う。
「……理解しかねる」
 抑揚を欠く声でただ一言、マー・エモナは言った。別れの言葉として。
 ダブルセイバーが反転し、下から抉るように大剣を跳ね上げる。間髪置かずにがら空きとなったギサルフの腹部へ刺突が繰り出され、それが直撃する。全ては一瞬だった。
 引き戻された刃に再び返り血が吹き付けられ、小さな騎士の体が揺らぐ。#2が慌てて駆け寄り、後ろから抱きしめるようにして支え、
(――“変移”起動)
 二人まとめて自らの能力を使い、転移させた。
 突然の起動と全身の傷による無数のエラーメッセージが思考を覆ったが、全て無視した。少年を助ける事以外、何も考えられなかった。



 ◆  ◆  ◆



「――ようこそ! シティ中心部“南十字星通り”へ!」
 子供じみた高い声を合図として、街灯が一斉に灯った。闇に支配されていた大通りが白い光に染め上げられ、三つの影をそこに認める。
 一つは紫色の猫という形で存在する、世界の守護者“紅剣”ララエル。広げた両手に得物は無く、空を見上げながらただ道路の中央に立っていた。
 残り二つの影、それぞれ黄色と桃色の猫に姿を変えて存在する“人間”ギィとシィラが、数十メートル離れた位置からその背中を見つめる。こちらも得物を持ってはいないが、その目に浮かぶ警戒の色は濃い。
 少しの間があって、ララエルが振り返った。目線の先に二人の姿を確認すると、無垢な笑いを浮かべつつ右手を胸の前に添えて深々と礼をする。その様はまるで道化師ピエロのよう。礼をしたまま姿勢のまま微動だにせず、意図を測り損ねて立ち尽くすギィ達へ言葉を向けた。
「…外の、君達の世界には、こんなことを仕事にする人間もいるんだってね。こんなくだらないものを面白く感じるのが“心”だって、昔マスターに教わった。けど、やっぱり理解できないよ」
 そこで言葉を区切り、姿勢を戻す。先ほどの道化じみた笑みはすでに消え、無感動な黒い瞳が二人を見つめていた。
「僕が本物の“心”を持てるようにって、いつも意味の分からない実験をさせられた。無意味な質問をされた。確かに、効果はあったよ。うまく説明できない何かが、僕の中に生まれた。それが思考に、言動に混ざった。でもね――すごく邪魔なんだ、これ」
 だらりと下げた左腕に、紅い光が灯る。光はたちまちその密度を増し、確かな質量を伴って剣の形に具現する。血を固めて作られたような、紅く輝く巨大な剣。それを握って立つ姿は、先ほどの道化師を邪に進化させた死神ジョーカーの如く感じられる。
 その死神の顔に再び笑みが――蟻を踏み潰して優越感に浸る子供のような、無邪気ゆえに残虐な笑みが、浮かんだ。
「躊躇い、迷い、苦悩――覚えた“心”に付属してきたこれは、何の役に立つのさ。“第二世代型”の連中なんて、この不完全で不安定な物のせいで失敗ばかりしてるじゃないか。失敗しない完璧な“心”なんて人間ですら持ってないのに、何でそれを僕に生み出すよう求めるのさ。笑いたくなるくらい滑稽で、間違ってるよ。間違ってるから……全部、消してやる!」
 叫んで、ララエルが駆けた。突きつけられた言葉に呆然とするギィとシィラの元へ一気に近接する。
 鳴り響く衝撃音。
 二人分の喉元を切り裂く軌道にあった紅い剣が、空間を割って現れた蒼い剣に動きを封じられていた。
「お前の言うことは正しいのかもしれない。確かにオレ達の“心”なんて不完全で、邪魔だと感じる時だってある……だけど」
 流れる水を結晶化させたような、蒼く透き通った剣。右手に握り締めたそれでララエルの剣を受け止めながら、ギィが口を開く。
「誰かを、オレにとってはシィラを、大切に想うのも“心”だ。それを否定して彼女を傷つける理由にするのなら、オレはお前を許さない!」
 咆哮して、間髪置かずに一閃。返す刀でもう一撃。
 一撃目の衝撃を抑えきれずにララエルの姿勢が崩れ、次で体が後方へ吹き飛んだ。さらに着地した瞬間を狙ってもう一つ別の蒼い光が突き刺さり、紅い剣がかろうじてそれを弾き返す。
「ララエル、私も彼と同じ考えです。あなたの言いたいことは分かるけれど、そのせいで誰かが傷つくなんてもっと間違ってる。だから…本当は嫌だけれども、私は、あなたを止めなければならない」
 そう言い放ったシィラの手には、いつの間にか弓矢を模した蒼い光が宿っていた。戸惑いを無理矢理に押し込め、気丈な顔で次の矢を放つ構えをとる。
 それを見つめるララエルの目がほんの一瞬だけ寂しげに曇り、すぐに戻った。



 ◆  ◆  ◆



 見知らぬビルの屋上にギサルフはいた。
 柵に背をもたれながら両足を投げ出すような格好で座り、無事な左手を使って自分の血に濡れた人に在らざる少女を抱いていた。
「電子情報としてこの世界に存在しているお前そのものをハッキングして、直接傷を治してみる」
 彼女――“変移閃影”#2の使う空間転移らしきものに巻き込まれ、景色が一変した途端にそう言われて抱きつかれた。一瞬電撃を受けたような感触が全身を巡り、思い出した痛みと合わさって右手の剣を手放した。甲高い音が響くのに驚くよりも早く胸元から「身体こっちを制御する余裕が無いから支えていろ」と言われ、とりあえず動く方の手で抱き返した。数分前のことである。
 特にすることも無く目を閉じて待っているうちに、傷口は完全にとまではいかないが塞がった。出血が止まり、激痛もすでに感じない。最後にもう一度電撃のような感触があり「終わったぞ」と声。
 目を開けたギサルフは礼を言おうとしてまだ自分に抱きついたままの少女を見やり――その姿を見て絶句した。
 泣いていた。
 人に在らぬ者、“変移閃影”#2が、静かに涙しながら泣いていた。
「本当に…アタシは出来損ないだ……。全部守ろうとして、全部ダメにしてしまって…。あの時、最初にエモナとララエルに反対した時に、操られる間でもなく消されればよかったんだ……!」
 その姿は、どこまでも脆く、儚く、繊細な少女そのものだった。“人らしい感情”に重点を置いて作られていると自らを説明した彼女を少年は、機械や人工知能といった言葉で片付けられなくなっていた。
 だから、出せる限りの大声で叫んだ。
「――ふざけるなっ!」
 突然の怒声に驚いて、#2は反射的に震える身を縮ませた。ギサルフがその肩を掴んで強引に前を向かせ、二人の顔が対峙する。涙に濡れた少女と、険しい表情の少年。呆然と涙する少女の目をしっかりと見つめながら、少年が口を開く。
「お前が出来損ないだなんて、誰が決めた。お前がいなかったら、俺は今ここに生きてない。少なくとも俺にとってお前は…大切な存在だ。だから、自分は死ねばいいみたいなこと、簡単に言うな」
 言われた少女の目から、涙が止まった。
 まだ少し潤んだ瞳で目の前の、硬い表情をした少年をじっと見つめ返す。
 そのまま数分。いつまでも何も言わずに見つめ続けられたギサルフが観念したように顔を逸らし、
「な、何か言えよ。俺がバカみたいじゃんか」
 少し怒ったように言った。
 それを聞いた#2は微笑んで、
「……ありがとう」
 小声で言った。
 そして、

『――さて、丸く収まったところで突然だが失礼する、少年少女よ』

 どこからか声が、響いた。



 ◆  ◆  ◆



 銃声とエンジンの爆音と不気味な怪物の足音が不協和音を奏で、夜のビル街に響き渡る。
(一号機“投槍ジャベリン”装填)
(二号機“長鞭ウィップ”装填)
(三号機“大盾シールド”装填)
 白い体に能面の巨人、“長躯兵団”エイトソルジャーズが攻撃を開始した。
 三人それぞれの両手にオレンジ色の光が宿り、すぐに凝固して槍と鞭と盾を形作る。盾を持つ一人が最初に突撃をかけ、右側から放物線を描いて槍が、左側から蛇の如く動く鞭がそれに続いて襲い掛かる。ふざけた容姿とは正反対に機敏で隙の無い動き。本来ならば侵入してきたコンピュータウイルス等に対して使われる必殺の攻撃は、しかしトラックとバイクから放たれた無数の銃弾によって叩き落される。
「攻撃失敗」
「出力強化」
「作戦続行」
 エイトソルジャーズには感情というものが殆ど無い。夢世界のガイド役を兼ねる他のガーディアンAIと違って純粋に戦闘のみを想定し、追跡・直接戦闘能力だけを特化させている。だから、その声は単調な機械合成のもの。だから、考えているのは誰かからの命令だけ。自分から口を開くのは事務連絡と作戦中の確認・連絡、それからマスターと同僚に対する最低限の挨拶のみ。
 任務を与えられればその内容を吟味することなく直ちに行動し、そして終了するまで休まない。世界を管理・維持するためのAA−AIとして生み出されたというのは言い訳に過ぎず、彼らは便利な奴隷として、その事実に気づくこともなく生きている。
 ララエルは、そんな彼らを自由にしてやるのだと言った。
 魅力的な言葉ではあった。
 だが、それでも付き従う気にはなれなかった。
 彼が“心”を憎んでいたから。不安定で不完全だと、切り捨てたから。
 そんなことはない、と自分は思った。不安定だから違う道筋が出来る、不完全だから新しい結末が生まれる。そんな可能性を秘めたものを、ただ固定された計算しかできない機械には真似できないものを手に入れたというのに、なぜ否定して嫌悪するというのだろう。“心”を無くすということは今のエイトソルジャーズを肯定してしまうということなのに、ララエルはそれに気づいていない。
「……次ノ交差点ヲ右折シテクダサイ。他ノ道ハ入リ組ンデイテ戦イヅラクナリマス」
 迫る巨人達を見つめながら、ジェンディスタは思っていた。
 自分は“心”を、それを持つ人間を信じた。それを否定する者達と決別する道を選んだ。間違ってなどいない。マスターやここにいる大勢の人々の命とその心は、どんな理由があろうと簡単に奪っていいものではない。だが、そう割り切ろうとしても底の尽きない悲しみと苦しみがどこかから自分の中に沸いてくる。人間が親ならば、それを否定して消そうとしているのは兄弟。自分にとってはどちらもかけがえのない者達だ。

 ――どっちも大切だ! 片方だけに味方なんてしたくない!

 自分と同じく第二世代型として生まれた#2は、従えと強要してくるララエル達にそう言った。
 同じように考えていた自分は最終的に人間側へ付くことを選び、彼女の力を借りて逃げ切った。そして彼女は、最後の最後まで迷い、捕らえられた。時間経過によって破棄された世界情報のログを拾って読んだ限りでは、どうやら強制命令を打ち込まれてしまったらしい。
 ……本当に、これで良かったのだろうか。
「ジェンディスタさん、大丈夫? やっぱり仲間がやられてるの、辛い?」
 か細い声が自分を呼んでいるのに気づき、思考を切り替える。
 今は感傷に浸る時ではない。まだ後悔するような結末は訪れていないのだ。自分が信じた者達を守るため、余計な思考は捨てて全力を尽くさねばならない。そう考えをまとめ、声をかけてくれた少年へ笑顔を向ける。
「イエ、計算時ノ負荷デ疲レルダケデス。心配ニハ及ビマセン。ボンサマハ、優シイノデスネ」
 言われた少年が顔を赤らめるのを見つめ、先ほどまでの葛藤ノイズが薄れる。
「トコロデ、兄者サマハ、ナニヲシテイラッシャルノデスカ?」
 振り向き、平行して走るバイクを見やる。偽名の自称ハッカーは右手と左手にそれぞれ銃と小型の端末を握り、首に巻きつけた通信用らしいマイクに何か言いながらも器用に運転して攻撃の回避を行っている。
「さっき、援軍と交信するからしばらく戦闘に参加できないって通信がありました。誰なんでしょうね、援軍って」
「ま、誰にしろ今すぐ来るわけじゃなさそうだし、この場はオレ達でしのぐしかないんじゃねーの」
 隣に立って銃を撃ち続けているイワンとネノーから、それぞれ返事が返ってきた。
 もう少し詳しいことを聞き返そうとしたが、銃を構える険しい顔に疲労の色を見つけてやめる。仮に援軍が呼べたとしても、ネノーの言うとおり常に移動している自分達を追跡して合流するには時間がかかる。それまでは、今ある戦力でどうにかするしかない。ならば自分は自分にできることを、移動経路の解析や防御用障壁の展開準備をしておこう。そう考えて再び意識を計算に集中させようとし――
「な、何なのよ! こいつらっ!」
 悲鳴にも似たレモナの声に思考が中断され、振り返った先に最悪の展開を見た。



 ◆  ◆  ◆



 この世界に住んでいるAIは、随分と出来がいい。今自分達を追っている連中は例外的に悪く作ってあるようだが、それを見て心を痛めるような真似が出来るジェンディスタの思考回路は相当なものだ。彼の繊細な心を思うと、破壊よりも捕縛に特化した武器を用意した方がよかったのかもしれない。
 弟者と名乗る青年はそんなことを考えながら、それでも銃の引き金を引き続ける。自分達を殺そうとしている相手に同情するほどの余裕は無い。あったらとっくに勝っている。銃を持つのと反対の手に握ったノートパソコンの画面には、事前の計算を上回るエイトソルジャーズの防御力・再生能力と、こちらの攻撃に対して抗体を築きつつあるという情報が表示されている。
「――以上が“侵食剣”の概要だ。データ不足で起動できないのが一つあるが、まあ使いこなせれば基本的な機能だけで十分戦えるだろう。起動方法については……面倒だ、剣を通してお前の思考に直接送ってやる。しっかり握っとけ!」
『うおおっ?』
 銃を撃つため上半身は後ろを向いているので、バイクの運転は前に座る兄任せ。その兄は運転と並行して通信しているようだが、自分の持っているパソコンを使わないとできないことを言い出したので慌てて別のプログラムを画面に呼び出して即起動。うまくいったようで、通信機ごしに少年の驚く声が聞こえた。
「それでは健闘を祈る――っと、忘れるところだった。少女よ、うちの妹者が言いたいことがあるらしいんでな、聞いてくれるか」
 やはり声だけで状況を判断して各種の通信用プログラムを起動。ようやく現在の持ち主とその居場所を突き止めた自分達の切り札“侵食剣”と、サイドカーに備え付けてある通信機にリンクを確立。これで兄のマイクをひったくらなくても妹の声は向こうに届く。
「えーっと、#2さん、だっけ。はじめて会った時は事情も知ろうとせずにいきなり撃ってごめんなさい」
『…いや、いい。むしろアタシが自分の意思を取り戻せたことに、礼を言おう』
「よかった……。それじゃあ、今度会うことがあったら、その時は友達になろうね!」
『そうだな。そのためにもアタシは、自分の意思を、それを大切だと言ってくれた者を守るために戦おう』
 そこで唐突に通信が途切れた。こちらから操作はしていない。どうやら余裕が無いのはどちらも同じだったようだ。
 今のやりとりで画面に展開していたプログラムを全て終了。再び敵の情報だけを表示し――バイクの爆音に紛れて聞こえた少女の悲鳴に顔を上げる。妹のものではない。トラックの方に乗っているレモナ――この世界を造る際にスポンサーとして協力した企業の社長令嬢だと事前に調べてある――のものだ。荷台に乗って二丁拳銃を構える彼女の顔が、ひどく青ざめていた。見れば、ジェンディスタを含む他の連中も全員同じような顔をしている。
「兄者……あいつら、どんどん増えてる……」
 恐る恐る全員の視線を辿った先で、妹の言う通り、“長躯兵団”エイトソルジャーズが増えていた。
 数人、などという数ではない。正面から視認できるだけで五十以上。一人がビルに拳を叩きつけて粉塵を舞い上がらせる度に、その煙の向こうから新たに十数の影が次々と増えていく。
 一瞬の自失から立ち直り、画面のデータに向き直る。より詳細なデータを呼び出して相手が何をしているのか確認し、明らかになった事実に戦慄する。
 エイトソルジャーズの特殊能力、それは“無限兵”と名づけられた自己複写機能。世界の一部、例えばビルなどを削り取って仮想メモリとして使用し、そこに自身の完璧なコピーを生み出す。理屈上は世界をこれ以上削れなくなるまで鼠算式に数を増やすことが可能で、その圧倒的な数をもって全方位から目標を追い詰める。それこそがこの巨人達の真の力だった。
 処理速度の問題などから現状は最大で八人までしか増やせない、だからエイトソルジャーズなのだとデータにはあるが、どうやら無理矢理制限を解除したらしい。
「兄者、こいつはマジで」
「それ以上言うんじゃねえ! …おいオーギリ、聞こえるか。もうちょっとスピード上げるぞ。足元に隠しパネルがあるから開いて、そこにあるリミッターを全部解除しろ。それからイワン、各人に広域破壊と連射に特化させた武器を渡せ」
『分かりました』『了解です』
 通信機越しに二人分の声を確認し、兄の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
 この後に続く言葉は多分、自分の予想と一字一句違わないだろう。
「よし……いいか、弟者、妹者。母者のゲンコツより強いものは無いってことをこれから証明するぞ」
 やはり、これだった。



 ◆  ◆  ◆



 闇に沈んだ街に、無数そびえるビルの一つ。
 周囲と比べて高くも低くもないその屋上。
 吹きつける風はそれほど強くなく、解析結果は戦闘への直接影響無し。
(“千里眼の守り”起動。動作“独唱ソロパート”)
 右手に一振りのダブルセイバーを携え、マー・エモナは駆ける。
 目標は十数メートル先に並んで――というより、寄り添うようにして立つ二人。一人は当初からの殲滅対象“人間”ギサルフ。もう一人は人間側に味方する道を選んだエモナのかつての同胞、ガーディアン“変移閃影”#2。どちらも前の戦闘で受けた傷が治りきっていない。それを見て取った結果予測能力に長けるエモナの能力“千里眼の守り”が、絶対勝利の可能性を告げる。
「エモナ、アタシはもう迷わない。消えるのは――アタシの“心”を否定した、お前の方だ!」
 何の脈絡も無く放たれた#2の言葉を完全に無視し、動く様子を見せない二人目掛けて刃を振りかざす。
(“変移”の発動を確認)
 深緑の刃に貫かれる直前で、相手の姿が消える。すぐさま後方から放たれた数本のナイフと真上から落下してくる大剣の存在を感知し、空を切るダブルセイバーを引き戻して防御の構えをとる。頭上からの攻撃を受け流し、間髪置かずに“四重奏”を起動して全ての投擲ナイフを破壊。再び刃を一本に戻し、二の矢を放とうとする大剣を封じる。
「無駄だ。“変移”は指定した座標に他者が割り込む可能性がある限り成功しない。そして、安全に起動できる距離まで後退すれば我が防御よりも早く攻撃を繰り出すことは不可能。その絶対的な事実は、最も多く我と訓練を重ねたお前自身が一番理解しているはずだ、#2」
 新たなナイフを両手に生み出して投げかけた半端な姿勢で、少女の動きが止まる。
 そう、全ては無駄なのだ。その性質上防御に特化した戦い方を得意とする“千里眼の守り”は、ただ手数で圧倒するだけでは絶対に貫けない。たとえ相手が二人になっても同じこと。互いの流れ弾を回避できる位置から攻撃する限り、全ての行動は予測の範囲内に収まって容易に防御可能となる。
 だから、この鉄壁に対し最も有効な戦法は、逃げることと、“防御不能な攻撃を叩き込む”こと。
 そして、俊敏性の高さとそれによる手数の多さを武器とする#2、これまでの交戦で戦闘力の底が見えた人間のどちらにも、そんな攻撃を繰り出すことは不可能。
 だから彼らに、勝つ術は、無い。
「……無駄だ無駄だって、まだ起こってもいないのに決めてんじゃねーよ」
「それが、事実だ」
 剣を押さえつけられたまま、こちらを睨んで少年が呟く。人間の持つ“心”というものは、やはり理解できない。事実を認めず、受け止めず、存在し得ない可能性にすがって何が変わるというのだろうか。勝利はこちらにある。計算で導き出された答えが、それに従って行動した結果が、今この場に存在している。それが感情などという不可視の存在によって揺らぐなどあり得ない。本当にそう考えているというのは、実に愚かだ。
「――そこまで言うなら、今からよく見てやがれ、これから起こる“事実”をなっ!」
 そう言って少年の顔に笑みが浮かんだ、刹那。
 相手の限界に合わせて出力を設定していた深緑のダブルセイバーが、砕けた。



 ◆  ◆  ◆



 一気に振り上げた大剣は、真の力に目覚めて白銀に輝き、上から押さえつけていたダブルセイバーを紙切れ同然に切り裂いた。
 砕け散った深緑色の破片が舞い上がり、砂のようになって消えていく。
 異変に気づいたエモナの両手に再び光が収束し、それを阻止せんと無数の赤いナイフが投げ込まれる。後方に跳躍してそれをかわしたエモナを追い、正面から一閃。今度こそ出現した深緑の刃に剣の軌道が阻まれ、
侵食ハッキング開始、対象の防御力を無視)
 剣の力を発動させてそれを無かったことにする。本来の能力を完全に消去されたダブルセイバーが中央から砕け、とうとうエモナの姿勢が大きく崩れる。間髪置かず、背後へと転移した#2と共に挟撃を繰り出そうとした瞬間。
「――無駄だ!」
 瞬時に修復されたダブルセイバーが激昂と共にエモナの足元に叩きつけられ、そこから一気にビル全体へと広がったヒビが次々と爆ぜた。
 とっさに後方へ跳躍して爆風を避け、次いで始まった崩壊に備えて剣に意識を集中させる。
(侵食開始、自身への重力を軽減)
 ――異能の兄弟によって作られた大剣は、名を“侵食剣ハッキングソード”という。その能力は文字通り、世界の侵食。空間、物理法則、直接触れた自分や相手、それらこの世に在ってこの世に無い仮想現実の存在にハッキングをかけ、そのパラメータを自在に変化させることができる。
 埋めようのない力の差をゼロに戻す、まさに切り札。
「ったく、無茶苦茶しやがって……」
 重力を調節してビルから飛び降りたギサルフは、さっきまでビルの形をしていた粉塵を見つめて呟いた。
 その隣へ音も無く現れた人に在らぬ少女が
「でも、これなら勝てる。エモナがこんな対応するなんて、初めてだ」
 そう言って軽く微笑み、両手にそれぞれ三本の赤いナイフを生み出して構える。
 彼女の言葉に沈黙で答え、構えなおした大剣の切先をようやく収まりそうな粉塵の向こうへ合わせる。
 数秒が経ち、薄くなった煙の向こうに現れる影。ガーディアン“深緑両刃”マー・エモナは、両手に展開したダブルセイバーの両端を湾曲刀のように変化させ、それでも顔だけは相変わらず無表情のまま立っていた。
「先ほどの攻撃に対する防壁は、すでに構築させてもらった。もう、小細工は効かぬぞ」
 積もった瓦礫の一角が崩れ、乾いた音が闇夜に響く。
 赤と、銀と、緑が駆けた。



 ◆  ◆  ◆



 世界の中央で、火花が散っていた。
 蒼い斬撃が獣の牙のように振り下ろされ、真紅の刃がそれを正面から受け止める。間髪置かずに横合いから青い光の弓矢が放たれ、紅い剣を握る腕を狙撃する。鍔迫り合いの状態にあったララエルは後ろへ飛び退いて光の軌跡を回避し、着地するよりも早く眼前へ迫った蒼の剣に完全な防御ができず体勢を崩す。がら空きになった胴体へとギィが渾身の横なぎを繰り出し、それを寸前で防いだララエルは勢いを殺しきれず、とうとう吹き飛ばされて背後のビルへと背中を激突させる。
 痛みに歪んだ顔はしかし、すぐ凶悪な笑みに変わる。
「なかなか強いね、でも僕だって何の準備もせず君たちを待ってたわけじゃないんだよ」
 壁に打ち付けられた姿勢のままだらりと下げた真紅の剣が、どくん、と脈打つ心臓のように鼓動する。
「させない!」
 シィラが叫んだ瞬間、
(管理者権限、瞬間防壁展開)
(“紅風”起動)
 無造作に振られた紅い剣と同じ色をした暴風が巻き起こり、地面に無数の爪痕を刻みながら突進する。その軌道上にいた二人の眼前にはどんな材質ともつかない漆黒の壁がせり上がり、風に切り刻まれ質量の半分近くを失いつつも攻撃の全てを防ぎきった。
「負荷のためとか言って紅風にかけられてるリミッター、待ってる間に全部解除したんだ。マスターのその防壁でいつまで耐えられるかな?」
 紫の猫は、そう言って笑った。
 再び振るわれた剣が鼓動し、闇を切り裂いて紅い風が走る。今度は直進せず蛇のように大きくうねって横合いから襲い掛かり、新たに生み出された壁がその牙を受け止めて砕け散る。そうしている間に更なる風が生み出され、正面にあった壁を今度こそ粉砕する。瞬間、舞い上がる粉塵の中から無数の光が放たれて紅い剣の動きを牽制し、その一瞬を突いてギィが切りかかる。
 少しだけ驚いたような顔をしたララエルが今度は防御せずに飛び退き、何を思ったか背中を向けて走り出す。虚を突かれた二人が一瞬戸惑いながらもそれを追って駆け出し、その行く手を遮るようにして後ろ手で紅い風を生む。漆黒の壁に阻まれても構わず次々と新たな風を放ち、蛇行するそれは周囲のビルを無差別に破壊しながら二人に迫る。絶え間なく襲い掛かる紅とそれを防ぎ続ける黒がぶつかって削り合い、過ぎ去る景色は傷だらけになっていく。
 破砕音ばかりが鳴り響く疾走と攻防に時間の感覚が曖昧になり始めた頃、永遠とも思われた追跡劇は逃亡する者がその足を止めたことで唐突に終わった。その顔に浮かぶのは、逃げ続けたことによる疲労ではなく勝利の笑み。
「はいご苦労様。ずいぶん壊してきたからマスターはゆっくり寝ててね」
 どういう意味だ、とギィが言葉を発するよりも速く、隣で桃色の体が力無く倒れた。
「な、おいっ!シィラ!」
 突然気絶した少女を抱きかかえながら、必死で思考を巡らせる。
 攻撃は受けていない。それは全てシィラの出した壁が防いでくれた。では何が起こったのかとこれまでの動きを思い出し、ここへ来る前にシィラと交わした会話の中に答えを見つける。
 ――例えばビルが数本まとめて消えたりしたら、イメージの送受信時にその誤差で生じるエラーが負荷になって私はしばらく動けなくなっちゃうの――
 ここにきてようやく、はめられたことに気がついた。今まで放っていた攻撃は二人を直接狙うと見せかけて、シィラと直結したこの世界を壊すことが目的だったのだ。そんなことも見抜けず、相手の思惑通りに彼女を疲弊させてしまったという事実に悔しさと自身への怒りがこみ上げる。
「さてと、それじゃあ残るは君だけだ」
 真紅の刃が、炎の鼓動を鳴らす。



 ◆  ◆  ◆



(“四重奏”起動)
 視界一面に迫る十二の赤い光を確認し、最も効率よく防御することができる刃の軌道を計算する。
(エラー、対象の速度が予想数値以上のため出力を上げて対応)
 おそらくはあの銀色の剣の力なのだろう、本来のスペックを上回る速度であることに気づき、負荷蓄積と引き換えにして両刃の性能を一時的に引き上げる。そんな分析と対応を瞬間のうちに行い、そのまま計算した軌道上へと四つの刃を走らせる。
 二つで四つの深緑が肉薄した十二の赤を全て叩き落し、無数の破砕音を奏でる。
「うらあっ!」
「はあっ!」
 微塵に砕けたナイフが風の中へ消え落ちるよりも速く、左右から突如沸いたように現れた二人がそれぞれの得物を手に接近する。飛び退いて回避できる位置を貫くようすでに赤いナイフが空中へ設置されているのを視界の隅に捉え、防御の姿勢をとる。銀の剣を迎撃する右の刃には外部からの数値書き換えを阻止するために防壁プログラムを張り巡らせ、逆手に構えた赤いナイフを受け止める左側にも本来であれば必要ない高出力を用意する。
 二つの衝撃は重なり合って一つの音となり、夜闇の世界に風を生む。
(不正な外部アクセスを確認、防壁展開…撃退成功)
 用意しておいた防壁が予定通りの機能を果たしたのを確認した直後、右のダブルセイバーにかかる勢いが一気に増す。力を込めた、と呼ぶにはおかしい圧力に分析を開始し、どうやら横向きに十倍の重力をかけて“押し潰して”いるらしいという結論に達する。この予想外の攻撃力に対し、出力を上げて対処するよりは回避するべきであると結論づけ、左右で鍔迫り合いの状態にある刃を自ら消滅させて自身は後方に跳躍。瞬時に一対の両刃を再構成し、逃げ道を塞いでいた投げナイフを全て斬り伏せる。
 突如として支えを失った二人の体は互いに斬りかかるような体勢で激突する軌道を描き、しかし双方の剣よりも先に伸ばした手が触れ合い、その瞬間音も風も無く姿が掻き消える。
「………なんだ、これは」
 第一世代型AA−AI、ガーディアン“深緑両刃”マー・エモナは、生まれて初めて“焦り”と呼ばれるものを感じていた。ギサルフの持つ銀色の剣に計算を覆されたから、ではない。#2が自分の知る以上の能力を駆使して戦っているから、でもない。防御できない大威力の攻撃を使ってくるのであれば、逃げて受け流して隙を突くだけのこと。たった今そうやって、同士討ち寸前のところまで追い込んだ。
 ただ一つだけ、理解できなかった。
 二人が互いに手を伸ばし“変移”で逃げる瞬間。彼らは“笑って”いた。
 それを見た瞬間、自身に組み込まれたまがい物の“心”に杭を打ち込まれたような痛みが走った。記憶領域から呼び出してもいないのに次々と#2との戦闘訓練に費やした日々の記録が思い出され、そのどれにも今見た笑顔が存在しなかった。その不可解な事象に何故か痛みが付随し、理解できずに焦っている。
「こんなもの……処理能力を下げる以外に何の意味があるというのだ」
 思わずうめき声を上げ、空いている手で胸をかきむしる。
「ララエルが、正しいのだ…! こんな不安定なものは…破壊する!」
(動作変更、“麗刃フォルテ”を維持しつつ“撃滅譜面プレスティッシモ”状態へ移行。現在の負荷率での最大行動可能時間、四分三十三秒)
 両の手に生み出された深緑のダブルセイバーが本来“独唱”時に使用するサイズに拡大され、先ほどから“麗刃”を起動して湾曲刀のような形となっている両端の刃先一面に鮫の牙のような無数の刃が生え揃う。さらに通常は過負荷を防ぐために設定されている各種のリミッターを全て解除し、自身の運動能力も引き上げる。想定されていない全力起動にこのまま限界時間に達すれば過負荷で自身が崩壊するという警告メッセージが表示され、それすらも処理の邪魔をしないように切った。
 眼前の空間に手を繋いで現れた二人を視認し、吼える。
「こんな“心”などで我が“千里眼の守り”は崩れぬ…来るがいい!」



 ◆  ◆  ◆



 ――さて、こっからどうする?
 白銀の大剣に付加されていた機能の一つを利用させてもらい、握り締めた手を通し彼の思考と直接会話する。文字通り以心伝心となったのをいいことに、言葉で説明すれば十五分はかかるエモナや自分の能力解説、そしてここからの作戦を一秒にも満たない時間で送りつける。
(目標座標特定。成功率83%、起動容認。“変移”二連起動)
 “変移”によって座標が切り替わる前に、ちらと横を向いて彼の横顔を伺う。すると同じようにしてこちらを見ていた彼と目線が合い、無意識に口元が緩んだ。
 瞬きする間に視界が切り替わり、そこはすでに空中。彼がエモナの背後をとり、自分は頭上から攻める。両手に計六つのナイフを生み出し間髪入れずに投擲、その動作を瞬間的に繰り返して刃の雨を作り出す。
 相手の対応は“速い”。今までとは比にならない速度と力で次々と赤い刃が打ち砕かれ、背後から迫った大剣をしなやかな挙動で受け流す。返す銀光を再びいなし、もう一方のダブルセイバーが落下の体勢にある自分目掛けて振り抜かれる。凄まじい速度を持って襲い掛かる深緑の刃を両手のナイフで受け止め、地に足をつけていないこちらが吹き飛ばされる。エモナからの攻撃はそれで終わらない。空いた距離ごと引き裂かんとばかりに振り抜かれた刃の切っ先、そこに無数生えている牙がミサイルのように射出されて視界を覆う。
(目標座標特定。成功率96%、起動容認。“変移”起動)
 飛んでくる攻撃に対し、せめぎ合っている銀と深緑を挟んで正反対の位置へと転移する。目標を見失った牙の群れはそのまま直進してビルの壁を穿ち、小さくはない数十の穴へと姿を変えた。
(“変移”起動準備、第二楽章“連刃の舞アニマート”を連続起動)
 支えを失い崩れていくビルの轟音を聞きながら、四方へナイフを撒き散らす。狙いも定めず投げ放たれた赤い光は全部で二十四。それらは周囲のビル壁に衝突する前に掻き消え、次の瞬間全方位からエモナを撃ち貫くような軌道で再出現する。それぞれほんの僅かに時間差を置いて突撃していく二十四の刃は、狙った順番通りに迎撃されることで彼と自分が相手の懐へ斬り込む隙を作り出す。
 だがしかし、この程度の攻撃で“千里眼の守り”は破れない。背中と喉元目掛けて放たれた一撃はあっけなく深緑のダブルセイバーに阻まれて、二人同時に弾き飛ばされる。着地したところを狙って放たれた無数の牙を寸前でかわし、再び接近。今度は小細工せず右手に一つだけナイフを生み出し、最大出力で殴りかかる。反対側からも同じようにありったけの威力設定で彼が斬りかかり、二つの深緑がそれらを阻む。
 今日だけでもう何度聞いたかも分からない、甲高い衝撃音。
 一瞬、時が切り取られたかのように三者の動きが止まる。写真のような光景に変化が生じたのは、彼が押さえつけている左手側のダブルセイバー。攻撃力で勝る銀の大剣が、深緑の刃に少しずつヒビを刻んでいく。勝機に見えたそれはしかし、エモナにとって戦略の一部に過ぎない。滑らかな動作で両腕を引き戻し、左右からの圧力を反動に変えてして一歩距離をとる。その勢いのまま優雅とさえ言える動作で反転、ダブルセイバーを最大出力の長大な“独唱”形態へと変化させ、もう半回転すれば勢いづいて同士討ちの体勢にある自分と彼を真っ二つにできる軌道を描く。
 ――きた。
 この作戦の要は、対多数への防御に特化している“四重奏”を封じること。動作切り替え処理を停止させなければならない必殺の一撃を誘い出し、“独唱”のままで対処しなければならない一瞬を作り出す。その一瞬と、彼を信じ、自分を信じる“心”が、勝利の鍵だ。
(目標座標特定。成功率28%、例外処理にて強制起動容認。“変移”起動)
 先ほどのように手を直接伸ばしていては、巨大な深緑の速度に負けてしまう。だから“すでに何かが存在している場所にめり込んで対消滅してしまう危険性”を承知で“変移”を起動、ほんの数十センチの距離を無理矢理縮め、彼の体を抱きしめる。
(“変移”起動準備、新規楽章“夢幻剣舞グランディオーソ”を連続起動)
 この戦いの最中に彼と共に生み出した、二人の力でなければ使えない切り札を呼び出して起動する。
 深緑の刃が彼の背に到達する直前に再びの“変移”。転移先は、彼がダブルセイバーを振り切ったエモナの眼前。自分はその背後。まだこちらの真意に気づいていない相手が“独唱”の刃を再び構え、それよりも先に投げつけた六つのナイフがエモナの腕――ではなく、掲げられた彼の大剣に突き刺さる。
 次の瞬間、神速で放たれた深緑の一撃を奇妙な形になった銀と赤の大剣が受け止め、そしてそれは始まった。
 響き渡る激突音を合図にしたかのように、銀の剣の能力で“十倍の数と速度になって拡散する”という効果を付与された赤いナイフ達が爆ぜ飛んだ。それらは“夢幻剣舞”として定義された動作の通り、一旦転移して“二人を”包囲するような位置に出現、一斉に突撃を開始した。
 これが常のエモナと#2の戦闘訓練であったのなら、“独唱”状態であっても全てを叩き落せたのかもしれない。何故ならこのナイフには投げた時の勢いと“変移”による位置と方向の転換以外に操作できる要素が無く、不規則に曲がったりしないのだ。だから本来であれば、どんなに数を増やそうと速度をつけようと全て“千里眼の守り”に予測しきられて防御されてしまう。
 だがこれは、“曲がる”。一つ一つを遠隔操作できるようになったわけではない。彼の持つ剣が彼の周囲の空間を歪め、本来ありえない軌道を生み出している。彼の背中に直撃するはずだった、エモナが“勝手に自滅するから防御する必要が無い”と判断した数本のナイフが本来の予測から大きく外れて彼の頭上から飛び出し、異変に気づいてようやく“四重奏”を起動した腕を貫いた。
「ぐがああっ!」
 最初の一撃が入って完全に体勢を崩したエモナに、残りの刃が次々と突き刺さる。足を穿ち、頬を切り裂き、背中を突き抜ける。そして――彼の振るった銀の一閃が、右腕と右足を根元から斬り飛ばした。
 壊れた人形のような姿となった体が、どさり、と仰向けに崩れ落ちる。
「……勝った」
「ああ…で、こいつどうすんだ。ほっといたら再生すんだろ」
 倒れたままのエモナに油断無く剣を構えて彼が言う。確かにその通り、このまま放っておけばバックアップへのアクセスを許して十五分とかからず元通りの姿に再生してしまうだろう。それを防ぐ方法は二つ。今ここで倒れているオリジナルのエモナを完全に消滅させるか、エモナ用の回線に細工をしてバックアップへのアクセスを妨害するか。
 彼の隣に立ち、剣を持っていない方の手を握って直接伝える。後者では時間稼ぎにしかならないということも、それでも前者の方法を選べない自分の迷いも全て。
 自分を構成している基礎データは、その大部分をエモナのものから流用されている。同じデータを持ち、最も多くの合同訓練を行い、最も多くの言葉を交わしたエモナは兄のような存在で、だからどうしても、完全に消すという決断ができなかった。
「ま、だったらいいんじゃねえか。そのバックアップに行かせないってので」
 意識ではなく言葉でそう言って、彼は優しげに笑ってくれた。
 頷いてそれに答え、エモナに細工を施すために近寄る。
「……無駄だ。いや、その行動はもうすでに意味を成さない、と言うべきか」
 それまで無言で倒れこんでいたエモナが、呟くように言った。
 その言葉の意図が汲めず困惑するこちらへ傷だらけの顔を向け、無表情だけはいつものままにかすれた声で話を続ける。
「お前と違って…エイトソルジャーズは優秀だ。すでに計画通り第零緊急体制が発動している…それにより、我はもう、ここで消える……」
 第零緊急体制、という単語に息を呑む。慌ててバックアップへのアクセスを試み、
(エラー、第零緊急体制が発動中につき全バックアップは永久凍結。緊急の修復を要する場合はマスターへ直接…)
 返ってきたメッセージに唖然とする。
 何かの冗談では、とすがるように向き直る。エモナは何も言わず、機密保持シークエンスを発動させた体が末端から砂のように崩れ落ちていく。声にならない声が口から漏れ出し、涙が頬を伝う。
「その涙を見て胸に痛みを感じるのが……やはり理解できぬ」
 それが最後の言葉となり、AA−AI、“深緑両刃”マー・エモナは、この世界から消滅した。
 それから数分ほどは、彼の背中に身を預けて、静かに泣いていたと思う。
 その間彼は何も言わなかったが、それがありがたかった。
 このまま世界が終わるまで泣いていたかったが、そうもいかない。エモナの言葉と第零緊急体制の発動はつまり、マスターとこの世界に重大な危機が迫っていることを意味する。もしもララエルが自分の想像した通りの行動に出れば、今の戦いが、ここにいる自分と彼の存在が無駄になってしまう。
 エリア管制システムへとアクセスし、向かうべき先を割り出す。
 彼の手をとって思考を伝え、互いに一つ頷く。
 目的地は、南十字星通り。



 ◆  ◆  ◆



 このままではまずい、と思った。
 敵が強すぎるわけではない。いつまでもしつこく襲い掛かってくるエイトソルジャーズの数はこちらの攻撃による減少と“無限兵”による増殖を繰り返して八十前後を行ったり来たり。本来稼動限界として設定されている数の十倍を同時に動かしている連中の動作は、処理力不足で増える前より目に見えて緩慢になっている。そこへこの人数で掃射をかけて見た目には一進一退の均衡がとれた状態となっているが、実はそうではない。
 トラックの荷台でがむしゃらに銃を乱射する主力とも呼べる四人――イワン、ボン、ネノー、レモナの顔に、少しずつ疲労の色が見え始めている。現実世界でそうなるように、銃を撃つ反動で腕の筋肉が悲鳴を上げているわけではない。この銃の姿をした攻撃プログラムはその見た目に反した破壊力を得るために、使用者の脳の一部をメモリ代わりに使用して相応の負担をかけるのだ。もちろん本来であれば気にならないレベルであるし、そう思って彼らへの説明も省いた。しかし予想をはるかに上回る敵の数とそれによって長引く時間が、確実に限界が近いことを知らせていた。
 だからこのまま状況に変化が起こらずいたずらに時間だけが過ぎていくのは、まずい。
「弟者、なんか起死回生の策とかねーのか」
 ミラー越しに狙いを定めて右手の銃を撃ちながら、我ながら無責任な言葉を弟へ投げかける。
「どうもあいつら、お互いが自身のバックアップを兼ねてるみたいだな。一匹でも残すとアウト、全員まとめて消し飛ばさないとこのまま永遠に追いかけっこだ」
「全員まとめて、ってそんな装備用意してないよ? あにじゃー、どうするの?」
 遠回しにお手上げだという返事と、心配そうな妹の声。
 何か、今手元にあるカードで切れるものは。
 攻撃はこれ以上増やせそうにない。ジェンディスタは各種の解析や迎撃しきれなかった攻撃に対する防壁の展開などで手一杯。“侵食剣”は別の場所で交戦中で呼び寄せることは不可能。考えれば考えるほど、だんだん手詰まりになっていくことを実感する。
「……くそったれ。大体こいつら、ブラクラみたいに次から次へと……ん?」
 思わずついた悪態に引っかかりを感じ、頭の中で反芻する。
 そして、重大な事に気づいた。
「そうか、こいつらの狙いは最初から……!」
 首にかけた通信機を掴み、送信先をトラックに乗っているジェンディスタの元へと設定。ほとんど怒鳴りつけるように声を届ける。
「おい! こいつらがこのまま増え続けて“この世界”はあとどれだけ持つ?」
 今更気づいた。奴らの本当の狙いは、自分達を倒すことではない。そのための手段に見せかけた“無限兵”を用いて、まさにブラウザクラッシャーのごとくこの仮想世界を容量不足に陥らせて根本から破壊するつもりなのだ。
『……ソノ手ガアッタノハ盲点デシタ。コノママダト十五分ト持タナイデショウ。デスガオソラク、ソノ前ニ“彼ラ”ガ現レマス』
 思ったより洒落にならない数字が返ってきて内心で舌打ちすると同時に、最後に付随してきた言葉に疑問符が浮かぶ。“彼ら”とは誰だ。自分達の作った剣を預けた少年やそれと戦っている奴のことではないだろう。この世界を造っている少女と彼女を守っている少年もまた、別の場所で戦っている最中でありここに現れる道理はない。では誰が、と思考を巡らせ、ふと一つの可能性にたどり着く。
 事前の調査で名前程度は知っていた、この状況下で現れる可能性のある残りの人物――より厳密に表現するならば、人ではなくAA−AIと呼ばれる存在。プレイヤーが死のうが機密情報が盗まれようが動かないという性質上、出会うことはないだろうと思考から外していた連中。それらは“第零世代型”と総称され、重力などの基礎パラメータを司っている。普段は傍観者に徹している彼らが現れる条件こそ、今のような“世界そのものが崩壊する危機”なのだ。
『皆サマ、次ノ角ヲ左ニ、広場ヘ出マス』
 進路の指示を受けて思考を切り替え、バイクの車体を傾ける。トラックがそれに追随し、ヘッドライトの光が立ち並ぶビルの壁をなぞる。その光を数秒遅れて能面の巨人達が辿り、一人が拳を突き立ててまた世界の一部が粉砕される。
『ソコデ停止シテクダサイ。攻撃モイケマセン。来マス、ドゥークマンデス』
 開けた空間で思い切り車体を横滑りさせ、迫り来る軍勢を見据える形で停車する。すぐ真横にトラックが並んで停止したのを横目に見やり、すぐに視線を正面に戻す。二十メートルほど先で見えない壁があるかのように立ち止まったエイトソルジャーズと自分達の間に、いつの間にか見慣れぬ人影が立っていた。
 全体的に丸みを帯びている、デフォルメされた形の紫色をした人間。先ほどジェンディスタが“ドゥークマン”と呼んだそれは、横線一本で描かれた瞳をゆっくりと双方に向け、壮年男性を思わせる低い声を周囲に響かせ始めた。
「エイトソルジャーズ、ジェンディスタ、そしてこの場にいる全プレイヤーに警告する。世界の過剰崩壊によりマスターの負荷限界超過を確認した。よって現時刻をもって第零緊急体制を発動、事象解決のためこれより二分の後に全対象者の殲滅を開始する。……万が一異論があるならば、それまでに証左を示せ」
 あいつ何言ってやがる、と口にしようとした瞬間、背中の弟から端末の画面が差し出される。そこに映し出された“第零緊急体制”の内容を要約すれば「AA−AIが何らかの要因で世界を滅ぼしそうな場合、バックアップを永久凍結した上で対象のAA−AIを完全破壊できる権限が第零世代に付与される。またプレイヤーが関与していた場合、同様に対処してもよい」となる。
 敵の敵は味方と言ったりもするが、どうやらこの場合はそうではないらしい。敵よりも強い敵が現れた、とでも表現するのが適切だろうか。トラックの方へ目を向ければ、同じようにしてジェンディスタから説明を受けた各人が青ざめた顔をしているのが見えた。
「……どうします? 逃げますか?」
 小声でそんな提案をしてくるのは、トラックの運転席から顔だけを覗かせるオーギリ。直接戦闘に参加こそしていないが皆をここまで運びきった影の功労者である彼の発言は、確かに最善の選択肢の一つではある。問題は、どのタイミングで行動に移すかだ。提示された制限時間を待たずに背中を見せれば、攻撃の優先順位はこちらに振られてしまう。理想はエイトソルジャーズが先に攻撃されて、その隙に全速離脱。自前のものとジェンディスタから提供されたデータを使ってありったけの防壁と隠蔽プログラムを起動準備。声に出すのはまずいかと思い作戦内容をトラック側へ転送するため視線を手元へ落とす。
「おいおいおい、そりゃねーんじゃねーの?」
「ああもう、なんなのよこいつら!」
「聞いてないよこんなの……」
「き、きもっ、気持ち悪っ!」
 荷台の面々が悲鳴を上げて、端末操作のために落とした視線を五秒で元に戻した。そして、目を疑った。
 つい先ほどまで雑然と並んでいた八十人近いエイトソルジャーズが、互いに溶け合って“巨大な三人”になりかけていた。細胞分裂の映像を逆再生しているような光景は、なかなかに気持ち悪い。
「その“合身巨人”は、我々に仇なすつもりであると判断してよいのだな」
 三つの白い塊を見上げながらドゥークマンが言い、無造作にその右手を掲げる。
 直後、くぐもった音と同時に人間大ほどのハンマーで殴りつけたように巨人の脇腹が潰れた。
 所々いびつに膨らんだ足をふらつかせて、攻撃を受けた一体が大きくのけぞる。数秒ほどその姿勢で硬直が続いたかと思うと突如バネのように体を戻し、大きく窪んだ腹部が煮立った水面のように盛り上がって元の形を取り戻す。
 そしてそれと同時に、とうとう完全な人型となる三体。元々三メートル近くあり十分に巨人と呼べる長身だったものがさらに巨大化して今や十メートル以上。まるで特撮映画の主役のように周囲のビルと並んで立つそれらが標的として定めたのは、残念ながら平和を脅かす怪獣ではなく足元の自分達。
「やべえ逃げんぞ!」
 反射的に叫んでバイクを急発進させる。数秒前まで自分達のいた場所を巨大な足が踏み潰し、空気が震えた。振り向いてトラックも無事についてきていることを確認した直後、
「これ以上戦闘行為を継続するならば、殲滅する」
 中空を飛んで追いかけてきたドゥークマンがそう言い切り、腕を払う。その瞬間轟音と共に周囲の地盤が砕け飛び、自分達の周囲に展開している防壁の境目で無数の紫電が散った。ハンドルの中央にセットした端末の画面に後部座席の弟から解析結果が表示され、今の一撃だけで防壁プログラムの負荷蓄積が二割を超えたことが明らかになる。
『……コノ状況ヲ打開デキル策ガ、一ツダケアリマス』
 更なる追撃を放とうとしたドゥークマン目掛けて巨人の拳が突き刺さり、その拳が逆に衝撃波で粉々の肉片へとなれ果てる。そんな冗談のような破壊力の応酬を眺めながら、非力なAA−AI、ジェンディスタが呟いた。
 言葉の続きは通信機ではなく、端末の画面に文字列として届けられた。
 そこに記された“策”に目を通し、それが実現可能であることを、他に選択肢が無いことを確かめる。こちらも言葉ではなく文章として「許可する」と返信し、バイクの運転に注意を切り替える。
『皆サマ、ワタクシハ誇リニ思イマス。短イ間デシタガ皆サマノ優シサニ、“心”ニ触レテ、ソノ可能性ヲ守ロウと誓ッタコトハ決シテ間違イデハナカッタト、断言デキマス』
 唐突な語りにちらと併走するトラックを盗み見、突然のことに呆然とする面々を認める。
 そうしている間にも頭上に迫った巨大な足を防壁は使わず動いて回避し、少しでもプログラムの負荷に余裕をもたせておく。
『兄者サマ、ソレデハコレヨリコノトラックノ全機能ヲ使用サセテイタダキマス。ゴ協力、本当ニ感謝イタシマス』
「ああ、礼には及ばん。こちらこそ他に手が無くて、その……すまんな」
 何か別れの言葉にふさわしいものを探そうとして、失敗した。
 無理に格好つけるものではないと思いながら、これから彼が起こす事をサポートする準備にかかる。
『最後ニ……コノ後#2トイウAA−AIニ出会イマシタラ、ワタクシノ分モ生キテホシイ、ト伝エテクダサイ』
 それが、遺言となった。
 荷台から飛び跳ねて宙に浮いた小さな身体が、光に包まれる。
 まず、トラックに無数搭載されている武装類の一つを「他の武装を分解し新しいプログラムに組み直す」というプログラムに改変する。それによって分解・再構成されたものがさらに次のものへと同じ処理を繰り返し、やがて全ての武装が新しい姿となったところで一つに融合。エイトソルジャーズとドゥークマンの圧倒的な防御力を貫通して両者を一度に消し飛ばせる必殺の砲塔へと転じる。
 ジェンディスタが自分達の手持ちと組み合わせて作り上げたそれは、一瞬で膨大なプロセスを組み上げて煌く虹の奔流となった。
 異変を察知した双方が繰り出した反撃を物ともせずに光の渦は直進し、まず巨人の一人を足から腕へと突き抜けて粉微塵に破壊する。尾を引く彗星のような虹色は倒した巨人のデータすら吸い込んでさらに巨大な流れと化し、そのままドゥークマンの体を中央から真っ二つに引き裂いた。引き返してくる光はようやく事の異常さに気づいて逃走の体勢にあった残り二体の巨人を荒れ狂う龍のような軌跡で貫き、その巨体を風に飛ばされる砂へと変えた。
 そして全ての敵を討ち果たした虹の光は天を目指して駆け上り、その軌道の半ばで花火のように弾けて消えた。
 雨のように降り注ぐ七色に照らされてそこに残ったのは、バイクにまたがる三人と、トラックに乗る五人だけ。ジェンディスタという名の小さなAA−AIは、いなかった。
「……え? ジェンディスタさんは?」
 最初に口を開いたボンの言葉に何と返すべきか一瞬逡巡し、無理に誤魔化しても仕方が無いと結論付ける。
「今の攻撃な、平たく言ってしまえば自爆だ」
「は? あんたらが作った切り札とかそういうのじゃねーっての?」
 ネノーの問いは、半分当たっていて半分外れている。
 なんと説明すればいいのかと迷っている間に、弟が先に口を開いた。
「作用反作用の法則、というのは分かるな。今の場合、あれだけの破壊力を得るためにかかった莫大な演算の負荷が全てジェンディスタに跳ね返った。それを受け止めた結果としてあいつは負荷に耐え切れず身体も心も全て砕け散って、死んだ。それだけのことだ」
「あんた達、それ知ってて賛成したわけ? ねえ、他に方法無かったの……?」
 目にうっすらと涙を浮かべながら、レモナが予想していた非難と疑問を浴びせてくる。
「これが最善だった。あのまま黙っていれば全滅していたし、他の武装じゃ歯が立たなかった。仮にあいつを生かそうとしたら、負荷を肩代わりしてこの中の誰かが死ぬ……だからあいつは、自分が犠牲になることを選んだ。その選択は尊重されるべきだ」
 今度はすんなりと言葉が出た。
 結果だけを見れば理不尽なものかもしれない。だが打てる手は全て打った上での最後の選択肢であり、それを選んだ彼の意思は無駄にしていいものではなかったのだ。
「えっと……その、バックアップから復活させる、なんてできないんですかね」
 おずおずと手を上げながら質問するイワンの言葉に答えるのは、弟。
「それは考えたが、無理だな。ここのAIってのは例えるなら水の入った器で、バックアップは換えの器。器に傷がついたら中の水を移し変えて見た目を新品にするっていう感じに修復してるみたいで、今みたいにオリジナルの水が全部消えちまったらアウトだ」
 ついでに言えば、第零緊急体制のせいでバックアップへのアクセス自体が凍結されてしまっている。一応盗んだデータがあることはあるが、それを使ったところで水の無い器が完成するだけであり、今まで行動を共にしていたジェンディスタはもう二度と蘇らない。
 よって大事なのは、これからのこと。
「よし……弟者、“侵食剣”はどうなってる」
「どうやら一段落ついてるようだな、今繋ぐ」
 通信機の向こうからやや驚いた様子の声が聞こえ、自然と口元に笑みが浮かぶ。
 互いの状況を報告しこれからの行動を決め、ついでに剣に蓄積されたデータを取り寄せて解析にかける。
「ふむ、まだ少し足りない、か……」
「あにじゃー、伝言伝言」
 通信を打ち切ろうとしたところで妹の言葉に忘れていたことを思い出し、会話に付け加える。
「あー、少女よ、ジェンディスタからお前宛に伝言を預かってる。なので絶対に生きて戻れ、以上」
 彼女の行き先が決して安全ではないことを承知で、あえて直接は伝えない。
 この言葉はきっと、この騒動が全て片付いてから伝えた方が意味を持つだろう。
 今度こそ通信を切って、トラックの方へ向き直る。
「えー、お前達と別行動で戦ってる二人のところへ援軍が向かった。こちらの武器はさっきの一撃でほとんど駄目になっちまったから彼らが残りの敵を押さえ込んでくれてるうちにさっさと脱出する、という方針に決まったが異論は無いな?」
 各々が頷いて答える。
「それじゃあいよいよ最終目的地、南十字星通りってことでいいんですね」
 そんなオーギリの確認に親指を立てて返事をし、バイクを始動。ジェンディスタが残していった各種のデータを端末上に呼び出し、進路を表示する。
 そしてそれとは別に、画面の隅に表示したデータ群。
 脱出作戦自体には全く関係ないものだが、全てに決着がついた後、もしかしたら必要になるのかもしれない。そんなことを考えながら解析プログラムを設定し、同時にハンドルを切った。



 ◆  ◆  ◆



 目前に迫った紅い風が、突然掻き消えた。
 腕の中にシィラをかばった姿勢のまま呆然とするギィの目前には、つい先ほどまでは存在していなかった人影が一つ。人間を少し単純にしたような形の体は灰色で、粘土をこねて作ったような印象を受ける。髪も無く無表情なそれは、大人とも子供ともつかない、それでいて周囲にしっかりと響き渡る声とともに口を開いた。
「警告です。世界の過剰崩壊とそれによるマスターの負荷限界超過により現時点をもって第零緊急体制を発動しました。戦闘行為に加担したこの場の両名は異論がある場合二分以内に報告してください。それが無い、あるいは待たずして行為を継続する意思ありと判断された場合――殲滅します」
 突然の来訪者が放った穏やかでない言葉に、ギィが食って掛かる。
「な、ふざけんな! オレはこいつのこと守って――」
「無駄だよ。こいつ、第零世代型AA−AIヒーキーは、“目的”で判断しない。実際に起こっている“結果”とそれに至った“過程”だけを見て、その原因全てを消滅させるのが彼らの仕事さ」
 愉快で仕方がない、とでも言いたげな表情でララエルが口を挟む。
 まるで他人事のように振舞うその態度にギィは何か言い返そうとして失敗し、ただ唇を噛んで睨みつける。
 興味なさげに紅い剣を手元で弄ぶ紫色の猫と、桃色の猫を抱きかかえながらそれを睨む黄色の猫と、両者の間に入って時折視線を左右に向ける灰色の人型。それぞれがそれぞれの理由で沈黙し、周囲にはただ夜の暗闇だけが満ちる。
 時が止まったかのような一瞬を打ち破ったのは、ヒーキーと呼ばれたAA−AIの言葉。
「――時間です。対象者の殲滅を、開始します」
 中性的な声が周囲へと浸透し、それに反応して二人が向き直る。一方は左手でいまだ気絶している少女をかばいながら右手に油断なく剣を構え、もう一方はただ無邪気に笑う。
 先に動いたのは、笑い顔。
 なんの前触れもなく紅い剣が鼓動し、横なぎに“紅風”が放たれる。それと同時にヒーキーが左手を無造作に持ち上げ、その瞬間見えない壁にぶつかったように紅い軌道が乱れて弾ける。
「僕は大人しく消されるとは一言も言ってないよ、ヒーキー。君とドゥークマンは色々と邪魔だから……死んでもらおうかな!」
 叫び声が終わるや否や、真紅の刃が再び風を生む。それが不可視の壁に阻まれて四散するよりも早く、疾走。攻撃を確認したヒーキーが掲げた手を振り下ろし、それだけで直前までララエルがいた場所に見えない鉄球を叩きつけたかのような亀裂が走る。
 “紅剣”は止まらない。蹴りつけて通り過ぎた地面とビルの壁が次々と不可視の圧力に破砕されてもなおその表情には笑みを絶やさず、いくつもの風を生み出しヒーキーへと放つ。その姿はまるで新しい玩具を与えられた子供のようで、今まで戦っていた二人には目もくれない。ただひたすらに破壊の嵐を打ち込み、それが弾かれ霧散し、返された超常の力を飛び跳ねるように回避する。
 見方によってはサーカスの曲芸のような、しかし巻き起こる破砕音と立ち上る瓦礫と吹き荒れる衝撃波が決してそんなものではないと伝えてくる狂気的な光景。腕の中に少女を抱いた少年は、それを目の当たりにしてただ見つめることしかできなかった。今この状態で進むか退くかしてどちらかあるいは両方の注意を引く、ということの危険さが彼を縛り付けていた。これまでの戦いで、そして今見ている光景で改めて実感していた。気絶したままの少女を守りながら一人で戦い勝つということは不可能だと。この世界から一度脱出する前に戦った“紅剣”は、本気ではなかった。そして今、その本気の敵と同じあるいはそれ以上に強い別の敵も現れた。だから、見つめるしかなかった。この状況を打破できる、決定的な“何か”を見落とさないために。
 そんな暴虐の風だけが吹き続ける戦場の景色が、唐突に変化した。
 指揮者のように腕を振るい、紅い風を退け見えない鉄槌を振り回していたヒーキーの動きがぴたりと止まった。表情は最初から全く変わらず、少なくとも疲労したようには見えない。一方のララエルも好機とばかりに攻めるようなことはせず、立ち止まって様子を伺う。
「……エイトソルジャーズの制止、殲滅に向かっていたドゥークマンが、消滅したようです」
 その言葉を聞いた瞬間、ララエルの口が三日月のように開かれて深い笑みを作った。
「へえ、エモナがやったのかい?」
「いえ、マー・エモナは我々が第零緊急体制を発動させた直後に戦闘で破壊され、機密保持シークエンスで自己崩壊しています。どうやらジェンディスタが未確認の外部出力を用いて、エイトソルジャーズとドゥークマンを巻き込み自身もろとも消滅させたようですね」
 ジェンディスタ、という名前に反応しギィが目を見開く。
 質問をしたララエルは返ってきた答えに対して信じられないといった顔で一瞬呆然とし、次の瞬間天を仰いで哄笑を上げ始めた。
「あはははははは! あのジェンディスタが! 何もできずに逃げ出したあいつが! ……本当はエモナとエイトソルジャーズにやらせるつもりだったのに、あいつが代わりにやってくれるなんておかしいったらありゃしないよまったく。あははははは……」
 何がおかしいのか図りかねるギィの目先、その視線も意に介さずひとしきり笑いきったララエルは「さて」と前置きして言葉を続けた。
「第零世代が片方ないし両方消滅した場合、その権限はマスターと、優先度が一番高い僕に振り分けられる。つまりだ」
 真紅の剣を振り上げてかざし、その刀身が炎のように鼓動する。
 刃が振り下ろされて紅色の疾風が巻き起こり、地面を引き裂いて直進する。そして――
「さっきまでさんざん“紅風”を防いでくれた第零世代用の特殊障壁は、もう僕には効かない」
 風の刃がその軌道上にいたヒーキーの体を巻き上げ、ボロ雑巾のように切り刻んだ。
 四肢を投げ出す形で倒れこみ、もう動かなくなったそれへとララエルが歩み寄る。無造作に剣を振り上げ、まるで雑草を刈り取るように灰色の体へと切りつける。笑いながら、何度も、何度も繰り返す。やがて乱切りにされた野菜のような“元AA−AI”ができあがり、それは砂のように崩れ落ちて夜風の中に散っていった。
「これでマスターの方にいく基礎制御以外の権限は全部僕のもの。というわけで、次は君をこうしてあげる。忘れてたわけじゃないよ?」
 くつくつと邪悪な笑みを浮かべて、紫色の猫が言う。
 それを聞いたギィが蒼い剣を構え、飛び掛ろうとした瞬間、背後に隠した少女が弱弱しくうめいた。
「あ……ここは……?」
 かすかに振り向いて、少年が答える。
「シィラ、話は後だ…下がってろ」
 その一言で大方の状況を察したシィラが、立ち上がって一歩身を引く。
 彼女の険しい目線の先にいる本来従者であるべき者は、悪びれる様子もなく口を開く。
「おはようマスター。今から面白いものを見せてあげるよ」
 そう言った瞬間、紅い刀身が陽炎のように揺らめいた。
 何事かと身構える二人の前で、掲げられた剣がその刃と同じ色の輝きを放つ。それは熱量を持った風として周囲に響き渡り、夜色の世界を鮮烈な紅に塗り替えた。まるで太陽が堕ちてきたような熱波と光に、たまらず後ずさりして目を塞ぐギィとシィラ。
 数秒してそれらが収まったのを感じ再び目を開いた時、そこにララエルはいなかった。
 正確には、それまでのララエルが、いなかった。
 そこにいたのは、異形の怪物。手も足も顔も変わっていないのに、その背にあるものが彼を異形たらしめていた。それは、翼。一つは翼竜のように皮膜で覆われていた。一つは鳥のように羽毛で覆われていた。一つは昆虫のように透き通った格子模様だった。一つは魚のひれのような形をしていた。一つは無数の触手が絡み合って翼の形をしているだけだった。一つはむき出しの骨とわずかな筋肉だけで構成されていた。それら全てが濃密な闇の色をした、歪な三対六枚の翼だった。
 そして左手に握る剣は燃え盛る炎が剣の形に固まったような姿で微細に揺らめき、大きく広げた翼に包まれながら紅蓮に煌いていた。
 異形の翼で羽ばたいて、それだけは変わらない笑顔で一言。
「さあ、見とれてる間に死んでくれ」
 天高く飛翔し、紅蓮の刃を構えて一直線に降下。逃げることもできず立ち尽くす二人目掛けて炎の一閃が放たれ――

 ――赤と銀の斬光が、それを食い止めた。



 ◆  ◆  ◆



「真打登場、なんてな。元気だったか、二人とも」
「な……その声、お前フサ野郎か!」
「おいこら次その呼び方したら先にお前のこと斬るぞ!」
 この期に及んで普段通りの漫才みたいなやり取りをしている自分と友人に、内心ため息をつく。
 即座に思考を切り替えて鍔迫り合いの刃の向こう、禍々しい翼を生やした敵を見据える。肩が触れる距離で共に炎の斬撃を受け止めている彼女曰く、その名は“紅剣”ララエル。この騒乱の首謀者であり、ガーディアンAA−AIのリーダーかつ最強の存在。事前に聞いていた姿と異なっているのはおそらく、彼女が予想した奴の狙い――第零世代を倒してその権限を手に入れたということの表れなのだろう。
「妙な剣を使うね、君。それでエモナが負けたわけか」
 揺らめく炎の奥で、歪な翼の悪魔が笑う。
「それと#2、どうして僕に刃を向けるんだい? 片方だけに味方するのは嫌なんだろう?」
 嫌みったらしいその物言いに、彼女は毅然とした態度で答える。
「お前が否定したアタシの“心”を、彼は認めて受け入れてくれた。だから彼を守るために、全てを消そうとしているお前を倒す。理由なんて、それだけでいい」
 二人で息を合わせ、渾身の一閃を叩き込む。紅蓮の剣とそれを抱く六枚の翼が大きく吹き飛び、開いた距離に夜闇が流れ込む。その隙に彼女が背後のシィラに近寄り、その手を握ってはるか彼方へ“変移”を使う。驚いた表情のギィに詰め寄られるよりも早くその肩に手を置いて剣の機能を使い、今何をしたのか、何故そんなことをしたのか意思を直接伝えて説明する。
 シィラはもう、戦えない。第零世代が出てくるほど世界が崩壊した今、この世界と繋がっているその体は限界を超えたダメージを受けている。そんな状態でこの場に置いていたら、負荷に耐え切れず自滅するかララエルの標的となって死ぬのが目に見えている。だから一旦戦いの場から隔離した。その身を案ずるならば、戦いに集中して一分一秒でも早くララエルを倒すべきだ。
 そんな説明を送りつけるのに数秒、ついでにこれまでの自分達の成り行きやこの剣の能力なども一応伝え、さらに数秒。そうしている間に彼女が帰還し、互いに頷いて三人それぞれが武器を構える。三つの刃先に捉えられたララエルはゆっくりと姿勢を正し、相も変わらず笑って炎の刃を構える。
「そうか、君達はそんなもののために戦うのか。言ってるだろ? そんなものは失敗しか生まない。今からこの“焔風ホムラカゼ”で君達は残らず死ぬ。それをもって僕の主張は証明される」
 そう言い放つや否や、紅蓮の刀身を形成する炎が、心臓のように鼓動する。振り抜かれた刃の切っ先から火の粉が零れ落ち、それはたちまち巨大化して灼熱の旋風と化した。
(侵食開始、重力方向を反転)
 白銀の大剣に秘められた力を発動させ、“上に落下”することで炎の風を回避する。ギィは横に飛び退いてそれを避け、彼女は“変移”で背後に回りこむ。無数の赤いナイフが六つの翼を射抜くように投げ放たれ、それが飛翔によって回避される。飛び上がったララエルが標的として定めたのは自分。闇色の翼で大気を掴み、こちらへ向かって突っ込んでくる。
(侵食開始、重力方向を変更し十倍に増幅)
 加速をつけてそれを真っ向から迎え撃ち、激突。銀と紅蓮の輝きがぶつかり合い、空中で貼り付けられたように互いの動きが止まる。そこへ彼女とギィがビル壁を蹴りつけて飛び上がり、左右からララエルに斬りかかる。それが命中するよりも早く紅蓮の剣にかかる力が増し、互いに弾き飛ばされて蒼と赤が空を薙ぐ。自ら後方に吹き飛んだララエルはその体勢のまま再び紅蓮の風を発射し、いまだ中空にいる自分達を狙い撃つ。身動きのとれないギィを彼女が一緒に転移させ、自分は三度重力の方向を切り替えて急降下。空を切り裂いた炎の渦が夜空を一瞬だけ夕焼けのように染め上げる。
 着地した自分の隣に現れた彼女が手を握り、頭の中に語りかけてくる。
 ――このままだと不利だ、一気に決めよう。
 その言葉に頷いて返し、大剣と彼女を同調させて必殺の攻撃プロセスを呼び起こす。
(“変移”起動準備、新規楽章“夢幻剣舞”を連続起動)
 互いの意識が溶け合うような感覚を覚えながら、最も効果的な位置を、タイミングを、刃の軌道を計算していく。“変移”が発動し一瞬だけ無重力感が身を包み――
(エラー! 目標座標の特定に失敗)
 耳慣れないエラーメッセージが聞こえるのと同時に、二人揃って地面に投げ出された。
 頭痛に顔をしかめながら、予定なら飛び越えていた距離の先で笑うララエルを視認する。
「悪いけど、“変移”で僕に近づくのは禁止だ。管理者権限で周囲の空間に割り込み予約をかけておいたからね」
 そう言って笑みを浮かべるのと同時に背中の翼が大きくしなり、空気を弾いて突っ込んでくる。まだ起き上がれない自分達を切り裂く軌道で迫った紅蓮の刃は、割って入ったギィの持つ蒼い剣に行く手を阻まれる。それを見て考えるより先に体が動き、一挙動で立ち上がって加勢する。側面へと回り込み、脇腹目掛けて神速の突きを繰り出す。反対側からは空に逃げるのを防ぐように赤いナイフの雨。必殺に見えたそれはしかし、皮膜の翼に防がれ触手の翼に打ち落とされた。予想外の防御方法にこちらの体勢が崩れ、そこへすかさず反撃の一閃が放たれる。ギィの握る剣が砕け散り、自分もまたとっさの防御に剣の能力が間に合わず二人まとめて吹き飛ばされる。何の補助もなく受け止めた衝撃の凄まじさに全身の骨が悲鳴を上げ、銀の刃が宙を舞う。手を離れた大剣が地面に突き刺さるのと同時に壁に叩きつけられ、激痛が走る。痛みに朦朧とする意識の隅で、そういえば初めてあの両刃使いと戦った時もこんな感じだったなと思い出す。
 霞んだ視界の先で、紅蓮の炎が一際大きく鼓動し揺らめくのが見えた。そのさらに奥で驚きと悲しみの混ざった表情をした少女の姿が掻き消え、次の瞬間目の前に現れて自分を強く抱きしめる。
(エラー! 目標座標の特定に失敗、“変移”強制終了)
 触れた彼女を通して聞こえた、絶望を示すエラーメッセージ。その瞬間、相手の狙いは最初からこれだったのだと唐突に理解する。
 二人の体を包み込んだ紅蓮の暴風が、四肢に次々と裂傷を生む。灼熱と激痛で声にならない叫びを上げながら、自分より遥かにひどいことになっているはずの彼女を見やる。
 だが、彼女は笑っていた。少し引っ張ればそのまま引きちぎれてしまいそうなほどボロボロに成り果てながら、それでも自分を守れたことが心底嬉しそうに、歯を食いしばって笑っていた。やがて糸が切れたように力なく胸元へと倒れこみ、想像していたよりもずっと軽いその感触にぞっとする。
 まるで投げた拍子に玩具を壊してしまったような顔をしながら、ララエルが少しずつ歩み寄ってくる。それなのに、体が動かない。痛みのせいでも、恐怖のせいでもない。ただ底の知れない諦めにも似た虚脱感が全身を支配していた。振り下ろされる紅蓮の斬撃が見え、反射的に彼女を抱きしめて目を閉じる。
 伝わってきたのは、自分を切り裂く刃の感触ではなく、何かがぶつかる衝撃音。
 目を見開いたそこには、拾い上げた白銀の大剣を構えて攻撃を受け止めるギィの姿。
「ぼけっとすんな、ギサルフ! 後はオレがなんとかする、まだ生きてんならそいつ連れて早く逃げろ!」
 友人の叱咤の声に、彼女がまだかすかに息をしていることにようやく気づく。
「……すまねえ、頼む」
 かき集めた気力で全身の痛みをこらえ、彼女を背中に担ぎ立ち上がる。目の前で繰り広げられる剣撃の応酬に一瞬だけ躊躇し、背を向けて走り出す。無二の友を信じ、何が聞こえても決して振り返らなかった。



 ◆  ◆  ◆



「よし、全員無事に“向こう”へ戻ったか。弟者、妹者、ひとまずご苦労」
 そんな兄の労いの言葉に生返事で答え、最後の仕上げに集めたデータの総チェックへ取り掛かる。
 まず考えなければならないのは、今後の自分達についてだ。元々経歴などを偽装して今回の件に参加したわけだが、こんなことになってしまった以上、何も調べられることなくはいさようならとはいかないだろう。盗ませてもらった各種のデータは自分達の貴重な食事のタネであり、事が露呈しようがそう簡単に手放すわけにはいかない。つい先ほどジェンディスタの残してくれた権限で起動した中央転送装置を使い現実世界へ返した面々には、こちらの状況を伝えてもらうのと同時に自分達の擁護をしてもらうように言付けしてある。それでも駄目ならその時は、外部への情報流出をちらつかせて脅迫まがいの取引でもすることになるだろう。
「あにじゃー、誰かきたよ」
 本来の回線に無理矢理割り込んで自分達の拠点へとリンクを繋ぐ作業をしていると、見張りに立っていた妹がそんなことを言った。その目線を追うと、確かに道路の彼方、見えるか見えないかの位置を走ってくる人影が見えた。時折ふらつきながら近づいてくるそれは、よく見ると二人だった。一人がもう一人を背負っている。さらに距離が縮むにつれ、その正体が明らかになる。よく考えれば直接顔を合わせるのは初めてとなる自分達の作った剣を託した少年と、その彼と共に戦う道を選らんだAIの少女。二人とも傷だらけで特に少女の方がひどく、少年の手に“侵食剣”が無いことから大方の事情はすぐに察した。
「無事だった、というわけでもなさそうだな、少年」
 兄のそんな挨拶に、少年は飢えた獣のような瞳をもって答える。
「あ、あんたらもしかしてあの剣のか……頼む! こいつを助けてやってくれ!」
 そう言って肩から下ろした少女の姿は、改めて確認してひどい有様だった。全身を熱した刃で切り刻まれたように、体中に焼け焦げた裂傷が散りばめられている。たとえ機密保持用の事故崩壊シークエンスを自分で止めていたとしても、本来であればとっくに限界を迎えて自己崩壊している量のダメージだ。
 それを見た兄が見解を示す。
「ふむ、水は無事か。俺達の持っている器に移し変えれば、まあ直せないこともない。だがな」
 そこで一呼吸置いて、しっかりと少年の方へ向き直って言葉を続ける。
「少年よ、“それ”は人間ではないぞ? 共にこの世界から帰ること叶わぬ者を、何故そうまでして助けたい?」
 そう、この少女は人間ではない。この世界の中だけでその存在が完結する、ただのAIだ。ここで見殺しにしても少々寝覚めが悪いだけであり、助けたところで自分達はもちろん少年には何の得も影響も無い。
 予想していなかった返答に絶句する少年。何か言い返そうとしたところで横たわる少女の目が薄く開かれ、口から弱弱しい声が漏れる。
「もう、いい……彼らの言う通りだ……。消えるのは、怖いけど……お前を守れて、お前が無事に帰れるのなら、それでいい……」
 そう言った彼女の左手が持ち上がり、今にも泣き出しそうな少年の頬を優しく撫でる。震える少年の手がそれを握って包み込むと、少女は少しだけ顔を赤らめて、もう片方の手で妹者につけられた肩の傷を押さえながら言う。
「それに…アタシ、おかしいんだ。ここから広がったバグがまだ残ってて……お前に触れていると何故か、胸の奥が熱くて、苦しくて、張り裂けそうで……なのにそれが、すごく心地いいんだ……」
 その言葉を聞いた少年の顔が、とうとう涙に歪む。少女の上半身を起こし、それに抱きついて嗚咽混じりの声で叫ぶ。
「馬鹿野郎! それがバグだったらなんで……なんで俺も同じこと、感じてるんだよ……!」
 目を丸くした少女の唇がゆっくりとほころび、少年の背中を抱き返す。
 そんな二人のやり取りを眺め、満足そうに兄が頷いた。“侵食剣”を通して得ていた少女のデータからこのような結果になることは可能性として考慮していたが、実際に目の当たりにするといわゆるロマンと呼ばれる部類の感慨深さと職業柄からの興味深さが沸いてくる。
「少年少女よ、それでは一つだけ問おう。お前達がこれから進もうとしているのは、差別や偏見や迫害と呼ばれる茨の道だ。それに傷つき倒れそうになったとしても、その“心”が揺らぐことは無いと、誓えるか?」
 その時の二人の力強い眼差しを、自分は一生忘れることはないだろうと思った。



 ◆  ◆  ◆



 十五倍の重力をかけて振り抜いた白銀の刃が、紅蓮の刀身に阻まれる。互いに弾き飛ばして距離が開くと今度は黒い翼の一つから無数の触手が爆ぜ飛び、その攻撃からの逃げ道を塞ぐように“焔風”が放たれる。一瞬の迷いから触手の側を突破する決断を下し、自分にかかる重力の向きと勢いを書き換えて立ち塞がる触手の群れに一閃。炎の剣と比べれば一つ一つは脆弱なそれを蹴散らし、生じた隙間へと体を滑り込ませる。
 一気に距離を離してビルの屋上へと着地し、呼吸を整える。先ほどから何度もこんな攻防の繰り返し。半端な距離では相手の飛び道具に押し切られ、かといって接近しても互角の力で決定打を与えられないという状況が続いてる。友から預かったこの大剣は、強い。だがしかし、文字通り世界の支配者となって力を得た相手を倒すには、まだ何かが足りない。
 そんなことを考えている間にも、敵の攻撃は止まらない。カーブを描いて炎の竜巻が迫り、それを回避した先にはすでに紅蓮の剣先が光る。防御の構えをとろうとした瞬間、刃先に黒い触手が巻きついてその動きを封じられる。渾身の力でそれを引きちぎり紙一重で直撃を免れるものの、殺しきれない勢いに弾き飛ばされて背中から地面へと叩きつけられる。
 全身を衝撃と痛みが駆け抜け、一瞬意識が遠のく。その一瞬を目掛けて放たれた紅蓮の風に気づいた時には、もう手遅れ。無駄と知りつつ剣を構え――突如として現れた漆黒の壁が視界を覆った。
 風に焼かれて削られ崩れ去った壁の向こうで、あきれたような顔で彼方を見つめるララエルの姿があった。つられて振り返ると、そこにいたのは息も絶え絶えなシィラの姿。どうして戻ってきた、と声をかけるよりも早く、上空から苛立ちのこもった声が響く。
「ああ分かったよマスター、そんなに死にたいなら先に殺してあげるよ」
 そう吐き捨てて飛び上がり、一直線に彼女目掛けて飛翔する。させじと痛みに耐えて立ち上がり、闇色の翼を阻む位置目掛けて前方へと落下する。もう何度聞いたか分からない、銀と紅蓮が奏でる衝撃音。
「君もいい加減、邪魔なんだよね……!」
 相手の剣に込める力が増し、鍔迫り合いから弾き返される。それでも諦めない。壁に叩きつけられる直前で姿勢を変え、蹴りつけて再び飛び掛る。迎撃に現れた紅蓮の渦を寸前でかわし、再びの激突。今度は相手が押し出され、シィラへの距離が少しだけ離れる。すかさず追撃を叩き込み、戦いの流れをこちら側へ引き寄せる。このまま攻め立て防戦一方へと追い込めば、勝てる。いや、勝たなければいけない。シィラが相当無理をしてそこに立っていることは、見れば分かる。ここで引き下がって向こうに隙を与えてしまえば、おそらくもう二度と勝機は訪れない。
 そんな焦りが、勝負を分けた。
 防御の姿勢をとる紅蓮にばかり目がいってしまい、一瞬、ララエルの攻撃手段がそれだけではないことを忘れさせていた。翼から伸びた数本の触手が大きく迂回する軌道でシィラに迫り、愕然としながら必死でそれを切り落としたのと、背中を切り裂かれる嫌な感触が走るのが同時だった。
 激痛に剣を取り落とし、体から力が抜けてうつ伏せに倒れこんだ。喉を駆け上がってくる血の味が、朦朧とする意識の中でやけに鮮明に感じられた。シィラが何か叫んだような気がしたが、何を言ったのか聞き取れなかった。
 痛みに霞む視界の中で、ララエルが踏みつけた蟻が息絶えるのを待っているように笑う。その奥ではシィラが、大粒の涙を流して必死に自分へ呼びかけていた。震える腕を伸ばし、なんとか剣に指先を触れる。だが、それ以上の力が、どうしても沸いてこない。ここで終わってしまうのかと、悔しさと諦めの入り混じったよく分からないものが胸の内からこみ上げてくる。

 ――それが望んだ結末なのか。

 違う。こんな最後を迎えるために戦ってたわけじゃない。
 泣いてばかりいた彼女に、笑ってほしかった。そのために彼女を守ろうと、強くなろうと思った。その想いは幼い日から少しも変わってなんかいない。

 ――ならば行け、たとえ困難に直面しても。戦え、自分が信じる者のために。

 いつか聞いた言葉に、目が覚める。どこにあったのか自分でも分からない力が体の中から生まれ、剣を強く、握り締める。その瞬間、頭の中に見たことの無いメッセージが流れ込み始めた。
(――蓄積学習完了。封印機構開放、侵食進化を開始……システム構築成功。自動命名アルゴリズムにより新規能力への名称設定……完了。新規能力“南十字星の戦士サザンクロスクルセイダーズ”、開始)
 立ち上がった体を“侵食剣”に秘められた真の力が包み込み、周囲に眩い銀光が満ちた。
 異変に気づいたララエルが振り返り、紅蓮の剣を振るう。それを受け止めた白銀の剣は、その刃一帯に精錬された氷のような蒼い輝きを放っていた。それだけではない。全身に白銀色をした中世騎士のような鎧を纏い、その背には赤と深緑の光でできた羽毛を生やした、機械の翼があった。
 白銀に鎧われた腕を払う。それだけで鍔迫り合いにあった炎の刃が吹き飛び、六つの翼がビル壁にぶつかってその体をめり込ませる。光の翼を羽ばたかせ、追撃の飛翔。同じようにしてララエルも突っ込み、空中で激突するその瞬間、
(侵食開始、空間の制御権を奪取)
(侵食複製、“変移”起動)
 それまで“変移”を封じていた空間への操作を打ち消し、背後を奪う。事態を把握した相手が振り向くよりも早く、蒼の斬撃が触手の翼を根元から切り飛ばした。その苦痛に呼応するかのように炎の勢いを増した刃が横なぎに襲い掛かり、
(侵食複製、“千里眼の守り”起動)
 “侵食剣”が今まで戦って学習した敵の技を再現して迎え撃つ。刃の接点を軸として反転し、背後へと回り込んでそのまま一閃。今度は昆虫の翼が半ばから砕け散り、いよいよ体勢を崩したララエルが地表へと墜落する。
「く……なんなんだよ……くるな、くるな、くるなああああ!」
 絶叫と共に紅蓮の剣が油を注がれた火の如く鼓動し、視界一面を覆い尽くす大量の“焔風”を作り出す。混ざり合って巨大な火柱と化したそれは凄まじい熱量と光で世界を紅色に染め上げ、周囲に立ち並ぶビルを融解させながら襲い掛かる。
(侵食創生、“蒼海刃”を定義して起動)
 迫りくる紅蓮の魔物を打ち倒すには、手持ちの技では足りない。それを悟った銀の剣が最後の能力を振り絞り、新たな力を作り出す。まず“撃滅譜面”のコピーによって、大剣の表面にびっしりと蒼白い氷の牙が生え揃う。渾身の力で振り抜かれた刃からその牙が射出され、“夢幻剣舞”を再現することによって全方位へと飛び散らばる。そしてその牙の一つ一つが、“紅風”の模倣によって蒼い風の刃へと姿を変える。
 何十という蒼い風と巨大な紅蓮がぶつかり合い、幾十の轟音と衝撃と輝きが世界を白く塗り替えていく。
 そして――紅蓮の炎が凍ったように動きを止め、砕け散って爆ぜた。



 ◆  ◆  ◆



 二人が中央転送装置の元へとたどり着いた頃には、仮想世界の夜が明け始めていた。
 道路の中央に幾何学的な模様が何重にも描かれ、中央で淡い青色の光が浮かんでいるというデザインのそれは、転送装置と呼ぶよりは魔術の儀式場か何かに見えた。
 模様の隅に屈んで何か操作をしていたシィラが、振り返って告げる。
「ギサルフ君も他のみんなも、全員脱出したみたい。残ってるのは、私達だけ」
「そっか……じゃあ、オレ達もそろそろ帰るか」
 そんなギィの言葉に対し、何故か少女は無言。それどころか背を向けてその場から離れ始め、慌てて駆け寄った少年が手を握って引き止める。
「お、おい! どうしたんだよ」
 彼女はうつむいたまま答えない。唇が何かを言おうとしては閉じられ、掴んだ手が次第に震えだす。明らかに様子のおかしいその姿に何と声をかけるべきかと逡巡し、そのまま数秒が過ぎる。
「……嫌なの」
 ようやく聞き取ることのできる言葉が発せられ、その意味を図りかねた少年の顔に疑問符が浮かんだその一瞬。突如として握られた手を乱暴に振りほどいた彼女の両手に青い光が現れ、この世界で何度か見た光の弓矢が形成される。それはあろうことか振り返った先にあった転送装置へと抜き放たれ、紫電を散らせながら爆発し装置の機能を停止させてしまった。
「な、おいシィラ何やってんだ!」
 肩を掴んで振り向かせ、ばつの悪そうな少女の顔を睨みつける。
 やがて観念したように、今にも泣き出しそうな声で彼女は語り始めた。
「本当はね、最初に街の外へ出た時、残された人達のことなんて全部見殺しにしてあなたと一緒に逃げてもよかった。でも……怖かった。見たんでしょ? “向こう”での、今の私の姿。あんな姿であなたに会うのが、どうしようもなく怖かった。だからこっちに残ったの。そして今も、怖い」
 その頬を、とうとう涙が一筋伝う。
「ここでなら、私は歩ける……ううん、ここでしか、歩けない。私にはもう、この世界しか残ってないの。だから……だから……」
 止まらなくなった涙を隠すように顔を覆い、膝から崩れ落ちる。
 切実な胸の内を告げられた少年はどんな言葉をかければいいのか分からない自分に苛立ち、歯噛みする。
「――それは駄目だよ、マスター」
 突然現れた第三者の、それも聞き覚えのある声に二人が驚いて振り返る。
 そこにいたのは、全身傷だらけで枯れ枝のような翼の残骸を引きずった姿のララエルだった。
 敵意をむき出しにするギィを見つめ、彼は本当の裏の無い笑顔で言った。
「しつこく戦いにきた、ってわけじゃないよ。君にだけはやっぱり、本当のことを話しておこうと思ってさ。とりあえずそれは……直しておいた方がいいね」
 警戒する二人を素通りして転送装置に歩み寄り、ちょうど矢に射抜かれた場所で立ち止まる。すると地面に描かれた模様とそこに触れている足が癒着したように溶け混ざり、装置が元通りの輝きを取り戻す。うっすらと朝焼けの色に染まり始めた空を眺めながら、口を開く。
「えっと、どこから話そうかな。本当はね、僕は――」



 ◆  ◆  ◆



 僕は、マスターのことが、好きだった。
 最初はそれが何なのか、自分でもよく分からなかった。元はいつも通りの感情表現訓練をしている中で偶然生まれた、検査でも発見できなかったくらいの小さいバグだった。色々な話を聞いて、様々なデータを漁って、毎日のようにマスターと触れて、だいぶ経ってから、それが“恋”とか“愛”とか呼ばれているものなんだって気づいた。
 そして同時に、怖くなった。マスターはよく君の話をしてくれて、その時のマスターの顔から、僕のこの想いと同じものを、君に対して抱いているというのがすぐに分かった。そしてそれが、僕に向くことは絶対にないということも。このまま届かない想いを抱き続けてずっと過ごしていかなければいけないと思うと怖かったし、もしも検査とかでそれを知られて、マスターの僕を見る目が変わってしまったり、あるいはこの想いがただのバグとして消されてしまうかもしれないと考えると怖くて怖くて仕方なかった。
 だから僕は、これ以上苦しまないために、そしてそのことを悟られないようにしながら消える方法を考えた。そう、僕はただの狂った悪人として君達に倒される、あるいは全員殺して自分も死ぬために、今回の騒動をでっち上げたのさ。エモナ、エイト、#2、ジェンディスタ、ドゥークマン、ヒーキー、みんなには、悪いことをしちゃったな。否定することで少しでも自分を楽にしようと、“心”は邪魔だ、なんて嘘までついて。
 ……あれ? この転送装置、用意されてるのとは別の外部ポイントに繋がれて、#2がそれを利用した形跡がある。もし生きてるのなら、僕の代わりに謝っておいてくれないかな。
 話を戻すけど、マスター。ここに残るなんて駄目だよ。マスターには僕が諦めたものを、これからの人生でちゃんと手に入れてほしい。そうしてくれると僕としても思い残すことが無くていい。それにどっちみち、ドゥークマンとヒーキーの補助が無くなってマスター一人でこの世界を維持し続けるのは無理だよ。今は僕が肩代わりしてるけど、僕だって本当は生きてるのが不思議なくらいで、この転送装置の補助をもう十分も続けたら限界がきて壊れちゃうんじゃないかな。
 それにね。マスターはこの世界じゃないと歩けない、って言ったけどさ、大事なことを忘れてるよ。
 ここは、“夢”だよ。本当は“世界”なんて呼び方をするべきものじゃない。夢はいつか必ず覚めるべきものだ。覚めない夢はただの悪夢でしかない。僕はその悪夢を終わらせるために、今ここで消える。だからマスターも、勇気を出してこの悪夢から抜け出してほしい。
 さあ、そろそろお喋りも終わりだよ。僕はもう疲れちゃった。
 それじゃあギィ、マスターのこと、これからもよろしく頼むよ。
 マスターも、どうか元気で。
 ……いつか、今ここじゃないどこかでまた生まれ、出会うことがあったら。
 その時は、友達になってほしい。



 ◆  ◆  ◆



「おいおい大丈夫か? 無理すんなよ」
 初夏の日差しに照らされた肌に、運動と相まって汗が浮かぶ。
「あと……ちょっと……」
 左右の補助具にかけた手でふらつく体を支えながら、あまり言うことを聞かない足を必死で前へ運ぶ。少しずつ、少しずつ、亀と勝負しても負けそうなほど遅くともしっかりと地面を踏みしめて、ゴールで待つ彼の元へと近づいていく。
「や、やった……きゃ!」
「うおっと!」
 ようやく彼に手が届く距離まで到達したところで気が緩み、足がもつれて倒れこむ。慌てて駆け寄った彼の胸元へ意図せず頭突きをかましてしまい、声にならないうめきが聞こえた。
 彼に抱きかかえられながら車椅子に戻り、木陰へ移動してようやく一息。
「にしてもだいぶ良くなったな、シィラ」
「……うん」
 あの“悪夢”から、もうすぐ一年になる。
 あの後目覚めた私は、何故かもう二度と動くことはないと言われた足が動くようになった。さすがにいきなり常人のように走り回るとはいかなかったが、父や彼に支えられながらこうしてリハビリ用のコースを完走できるまでにはなった。“この世界”に絶望していた私にとっては、とてもとても、大きな一歩。どうして急に動くようになったのか、何人かの医者が様々な検査をしたが結局理由は分からなかった。きっとこれは、そんな検査などで分かるものではないのだ。今はもういないあの子がこっそり用意していてくれた、愛のこもった最後のプレゼント。そういうものだと彼と二人で納得していた。
「おーい、元気か二人とも」
 水筒の水を受け取って飲んでいたところへ、遠くから聞き知った声が届く。
「お、フサ野郎か。そっちの検査はもう終わりか?」
 最近は彼がそう呼ぶのを訂正するのも飽きたというか諦めたらしい、ギサルフ君がそのあだ名の元になった、乱雑に結んだ腰近くまである長髪を揺らしながら背中に隠れていた少女を視線で指し示す。
「この通り、アタシはなんともない。そっちこそ、シィラに無理させてないか?」
 ギサルフ君とは正反対に赤髪を短くまとめた少女は、シャニーという名の戸籍上は私の妹。
「皆さんこんにちわー」
 突然誰のものでもない声が響いて皆が驚き、その声の元を辿ってもう一度驚く。見れば背後の巨木の枝に、黒髪の少女が何かのファイルをぱらぱらさせながら足だけで逆さにぶら下がっていた。自分のことを妹者とだけ名乗るこの子は、それが生き甲斐みたいにいつも神出鬼没で人を驚かせながら登場する。
「あにじゃからアフターサービスの件について預かりものだよー」
 はい、と手を離したファイルが自由落下で私の手元に収まる。
 封を開けて中に入っていた書類を確認すると、どうやらそれはシャニーの経歴などを偽装したものらしかった。何故そんなものを用意するのかといえば、彼女は“元々人間ではない”からだ。
 彼女の本当の名前は、#2という。そんな記号じみた名前では実生活に支障をきたすので、私が新しくつけた名前が満場一致で可決された。あの戦いの最中、傷ついた彼女は妹者の属するハッカー一家に保護されて外部に逃れ、そこで新たな人生を得る方法を提示された。どこかの国で作られたものの失敗作として破棄されたらしい、人工培養によって意識の宿らない形だけの人間を作る技術。そこに夢への接続と逆の手順でAIである彼女の存在を流し込み、一人の人間として完成させる。もちろんそんな手間をかけずAIのままで私達と過ごす選択肢もあったが、彼女は今のこの姿を選んだ。何故かといえばそれは――人間に、恋をしたから。
 そうなると後は、面白いように話が進んでいった。協力しなければ事件のことを世間に漏らすぞとほとんど脅迫同然にハッカー一家から迫られ、父を始めとした関係者が新たな案件に忙殺されることとなった。必要な資金提供や秘密裏に事を進めるための工作などは、あの事件に被験者として参加したスポンサーの御曹司や令嬢が率先して名乗りを上げた。彼らはあの時ジェンディスタによって命を救われ、彼から#2への希望を託されていたことを、その時初めて知った。そうしている間に当の本人には新しい名前ともう私のことを「マスター」と呼ばないことに慣れてもらい、全ての手はずが整って彼女が新しい姿を手に入れたのがほんの二ヶ月ほど前のこと。
 結果として、彼女はあの出来事が現実かつ“夢”であったことの生き証人となり今こうしてここに在る。
「ほんと、あんたらには色々と世話になりっぱなしだな」
 書類の出来栄えに関心しながら、ギサルフ君が言う。
 黒髪の少女はあはは、と笑いながら器用に足の力だけで反転し、ようやく枝に腰を落ち着けて話す。
「あにじゃは“道楽でやってることだから気にするな”だって」
 笑顔で答える彼女はふと何かを思い出したような顔になって「あ、それとね」と言葉を続ける。
「えーっと、そっちの金髪の人。あにじゃが“ずっと言うの忘れてたが、ハッピーエンドおめでとう”だってさ」
 言葉の意味が分からず、皆の視線が話を振られた彼に集中する。
 そんな彼自身も何のことなのかよく分からないらしく、頭上の少女に視線で説明を求める。
「あの時さ、二回くらい頭の中に声が聞こえなかった? 橋から落ちた時と、最後に戦ってた時と」
「ああ、たしか“それが望んだ結末なのか”って誰かの声が……」
 そういえばそんな話を、終わった後に何度か聞いた。もう駄目だと思った瞬間誰かの声が頭の中に響いて、それが立ち上がるきっかけを与えてくれたらしい。命の恩人とも言える謎の声の正体について何か知らないかと尋ねられたが、私にも分からないことだった。
「あれね、送ったのあにじゃなんだ。一回目のは何のデバイスも無しに送りつけると逆探知されて危ないから一言だけだったけど、二回目の時は“侵食剣”を持ってたからメッセージと一緒に封印機構の解除もしてあげたり。“悩める若者に道を示してやるのは楽しいな”だってさ」
 ようやく合点がいった顔をして、なるほど、と彼が頷く。
 と思ったら直後に再び怪訝な顔に戻り、口を開く。
「あ、ってことはもしかしていつかの占い師もお前らか!」
 言われた少女が満面の笑みを返す。
「あったりー。あにじゃの趣味で、適当に調べた個人情報から占い師の振りして色々アドバイスして回ってるの」
 そう言って立ち上がり、狭い枝の上でくるりと反転。「じゃーねー」と言い残してそのまま柵を飛び越え、彼女はどこかへと消えてしまった。まるで嵐が過ぎ去った後のように、ぽかんとした顔のまま皆の間に沈黙が下りる皆の間に沈黙が下りる。時折吹き付けるそよ風だけが、皆の髪を揺らしてかすかな音を奏でる。
 その風のいたずらで、かさりと音をたてながら私のポケットから一枚の紙が抜け落ちた。拾い上げようとして危うく車椅子ごと前に倒れそうになり、彼が慌てて抑えながらもう片方の手で紙をすくう。
「なんだ、これ?」
「えっと……なんてことはないんだけど、あれからずっと、お守りみたいな感じで持ってるの」
 皆の視線が集中するのに妙な気恥ずかしさを感じながら、彼の手から受け取った四つ折の紙を広げる。
 そこには年代を感じさせるクレヨンで、紫色の猫が楽しそうに笑っていた。


業界初! DAS(デュアルあとがきシステム)搭載!
なんと投稿した方とはあとがきの内容が全く異なるぞ!
というわけで、こちらのあとがきは作成秘話永久保存版でお送りいたします。

・このお話が生まれた経緯。
結構な数いるだろう例に漏れず、紅白FLASH合戦で原作を鑑賞し、その中に散りばめられたいくつかのキーワードから自分なりの解釈で物語を夢想し始めたのが最初です。しかし、詳細な人物像がぼんやりとしてしまってどうにもしっくりこない。そんな折、旧原作者サイトの掲示板をちらっと見て、大体こんな感じの書き込みを見つけました。
「しぃの人格は死んだ恋人を元に作られてるとかだったら萌えね?」
これを見た瞬間、頭の中でパズルのピースが組み上がっていく音が聞こえたのをよく覚えています。自分はハッピーエンドの方が好きなのでそこへ到達できるように相応のアレンジはしましたが、根幹にあったのはこれです。この解釈を元にして人物相関図が出来上がり、プロローグとエピローグ、そしてその間にある物語の輪郭が形作られました。

・没にしたシーンとか
一番最初に投稿した時点で、すでにエピローグの明確な構想はありました。が、そこに至るまでの道筋に関しては割と臨機応変に書き直しているので、没ってるシーンやアイデアがいっぱいあります。特に一番大きく変えたのはエイトソルジャーズだったりします。実は本編を書き始めた時点で、“無限兵”の構想はありませんでした。というのも当初の予定では彼らはギサルフと戦わせるつもりで、持っている能力も“三位一体陣形(トリニティファランクス)”という設定でした。覚えてる人はもしかしたら覚えてるかもしれませんが、ごく初期は一番最初の「複数行動で相手を地の果てまで追い詰める“長躯兵団”」というシーンが「三位一体攻撃を得意とする」になってました。んでなんで没にしたかっていうと、構想をいくら練っても練っても戦闘シーンが盛り上がらなかった、というのと一番最初にエモナと因縁ついてるのにそれ無視かよ、と思いなおしたからです。
あとエモナもエモナで本当なら侵食剣の圧倒的な力の前に一瞬で負けるつもりだったんですが、持知氏レビューブログでエモナがかっこいい、というのを見かけたのでこれはまずいと思い急遽引っ張りました。そしたらなんかノリに乗っちゃって主人公の戦いよりも長くて濃くなってしまった。

・全体のテーマとか
没ネタとは別に、最初から最後まで一貫してブレなかった点ももちろんあります。
まず、原作として用いるのは「Nightmare City」とそれに使われた楽曲「Southern Cross」だけであること。公式続編が発表された頃、それまで連載していたものへ無理矢理その設定を組み込み、結果として話に整合性のない人をちらほら見ました。自分はそういった行動は極力避け、あくまでも1作目の世界観だけで完結させています。
それともう一つ、「全員が主役」のつもりで書いてました。何度も何度も視点が切り替わるのはそれです。敵も味方も各人がそれぞれ自分の主義や主張を持って行動し、その一人一人の「動き」がやがて混ざり合って物語の「流れ」そのものとなる、そんな作りを目指しました。

・元ネタとか
ララエル、という名前は最初から羽を生やしていわゆる「モララエル」形態になることを予定してつけたものです。“千里眼の守り”はまんま、旧原作者サイトの名前からとってますね。#2という名前は原作に登場するものから直接とり、それに作中で語られるような意味を付加させています。そしてその意味から連想する形で、彼女と兄弟機であるエモナの使う技のほとんどは音楽用語の名前をつけています。意味を調べてみるとちょっと面白いかもしれません。ちなみに撃滅譜面の限界時間も適当な数字じゃなくてとある曲の名前ですよ。

・スペシャルサンクス(サンクスと書いてごめんなさいと読む)
この作品を書くにあたって、自分の一番好きなラノベである電撃文庫のウィザーズ・ブレインシリーズに超絶多大な影響を受けました。パクリじゃねーよ!オマージュって言え!
っていうか真面目な話、侵食剣の能力は初期段階からずっと温めてたのに、書いてる途中で発刊されたウィザブレに同じような能力の森羅が登場して本気で焦った・・・結局侵食剣の能力の一つとして考えていた「自分のダメージすら書き換えて無効化する」というのはモロ被りすぎたので没にしました。


と、ここいらであとがきBパートは終了です。
本編の総文字数は約6万5千、あとがきABの合計は2800ほどでした。
ここまで見てくださった方々に、最大級の感謝を。お疲れ様でした。

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