“大切な人”を失った時、貴方はどうしますか?
“大切な人”とお別れをしなければならない時、貴方はどうしますか?
そして――
“大切な人”に向かって、貴方は何と言いますか?
1.サマヨイノココロ
俺の妹が、昨日出発してしまった。
1週間前の事故が、こんな結末になるとは思わなかった。
俺と同じ日に産まれた妹なのに、何故だろうか。
何故妹だけ、悲惨な目に遭わなければならないだろう……
申し遅れたけど、俺の名は草薙(くさなぎ)ギコ。新人の会社員だ。
俺の妹はしぃ。とても、明るい性格だった。
けど…もう、いない。先週、交通事故で他界した。
俺は忌引を理由に会社を休み、葬儀の準備をしている。これがとても忙しい。
だから、今日も。
いつのまにか深夜になっていた時に、漸くゆっくり出来るのだ。
はぁ、後3日か。葬儀まで。
でも、俺は段々、しぃに謝りたい気持になる。
一体、どうすれば良いんだろう。
『双子』という特殊な条件で産まれた俺達にとって、いつでも仲良しだった。
いつも一緒で、どんな時でも常に一緒に乗り越えてきた。
だけど、今回は無理だった。無惨な結果で終わった。
兄として、双子の兄として―何をすることも、どうすることも出来なかった。
俺は…俺は…
一体何の為に、しぃの兄になったんだ…
誰か知っているなら、教えてくれ!
そんなことを考えているうちに、朝がきてしまった。
俺はその日、そのことで精一杯だった。
そして、俺の心は段々“後悔”に満ちている。
だから、役割の話なんか、全く耳に入らない。モララーに『出棺の挨拶』を任せられた時は、酷く驚いてしまった。
モララー曰く、「兄だから、やらなきゃ駄目だからな。兄として、最後の本当の気持を見せろよ!」だから、仕方ないけど。
けど何を言えば…?
俺の今の気持は“後悔”だ。けど、謝る訳にもいかない。だから、どうすれば…
俺はまた悩んだ。今迄1つの文章を作るのに、こんなに悩んだことはなかった。
最後こそ、しっかりしよう。でも…
ふと俺の目に、ある物が飛び込んだ。
1枚の紙。そして、ボールペンが1本。右側にあった。
それを見た瞬間、天使の囁きを聞いたかの様な顔をしながら、俺は言った。
「是なら、行ける…」
俺は紙とボールペンを置いた。そしてペンを握り、紙の上を走らせた。
2.アメヌレノナカデ
当日は、連続で雨だった。それでも来る人は沢山いた。
俺も知っている友人、同僚、そして親戚。
皆、今日の雨によって一層暗かった。
俺は泣きたかった。でも、泣けなかった。
モララーでも泣いていた。なのに、何故…?
俺は本当、何をやっているんだろう…
出棺が近づいた。泣く人はさらに増加していく。
それと同時に、“心の焦り”と“屈辱”を感じた。
そして、閉められた。しぃの姿が、消えてしまった。
「それでは、出棺の挨拶を…草薙ギコ様より、お願いいたします。」
モララーの声は枯れていた。多分、泣きすぎただろう。俺はそんなことを考え、
そして、罪悪感を感じながら、マイクを受け取った。
そして若干の緊張を解しながら、俺の話を始めた。
「本日は、故草薙しぃの葬儀に御参加くださいまして、実にありがとうございます。
先ず、私と亡きしぃは―」
「―そして、彼女はその夜、息を引き取りました。私にとっては、常に御一緒にいた存在でした。どうか御冥福を申し上げます。」
全く、何を言っているんだろう。でも俺はそんなことを思わせながらも、話を続けた。
「さて本来なら、これで終了とさせて頂きます。然し私はこの時を使い、亡きしぃに対する“最後の言葉”を申したいのですが、宜しいでしょうか?」
その時、モララーが頷いた。俺はそれだけを見て、再び話始める。
「では、読ませて頂きます。」
俺は内ポケットから、1枚の紙を取り出した。八つ折りに折ってある。
俺はゆっくり開き、息を整えて読み始めた。
3.キョウツウノコトバ
貴方に贈る言葉。
それは“奇跡”と“感謝”に過ぎない。
僕と君が双子として出会えたのも、そもぞも兄妹として出会えたのも、何万分の1の奇跡にしか過ぎない。
そして、
常に『心の支え』であったことに、感謝する。
然し、全て良い結果に繋がるとは限らなかった。
正しく今回、悲劇的な結果だった。僕は…悔しかった。
君の死。
そして何も出来なかった僕は、自分自身を憎んだ。
だけど今はもう、悔やんではいない。憎んでなんかいない。
君に出会えたことが、奇跡だと思うから。微少な確立で巡り合えたことは、とてもありがたいことだと感じたから―
だから…
感謝している。本当に。
君がいてくれたから――
ありがとう。
大切な貴方に。 草薙ギコ
俺は読み切った瞬間、紙が1つの雫で濡れていることに気付いた。
雨なのか、これは。
いや、違う。これは―
涙だ。俺は泣いていた。
一滴一滴が、紙の上に落ちる。
これで…分かった。俺が何故、泣けなかったのか。
それは、この時の為に…この時に思いっきり泣ける為に………
しぃが、そうさせてくれたのだろう。
俺はそう思うと、涙が止まらなくなった。モララーは慌てて俺の傍に行き、泣いている俺をそでにひそめた。
俺はその時、何も覚えていなかった。
けど、参列者は皆、壮大な拍手を送ってくれたことは、はっきりと覚えていた。
4.スベテノアナタニ
気がつくと、そこはひっそりとしていた。俺が辺りを見回していると―
「火葬場だよ、ギコ。お前、あの後寝ちまったから。」
突然、モララーが中に入りながら言った。
だとしたら、ここは控え室なのか。
「なぁ、モララー。あの後どうなったんだ。参列者、俺に文句を言わなかったか?」
俺はあの後が気になっていた。だから、不安な気持でモララーに聞いた。
モララーはボトルのお茶を飲みながら、答えた。
「お前、昔から『本当の気持』が気になる奴だったな。」
その声は、どこか懐かしいことを言うようだった。
モララーは今でも、俺の性格を覚えていた。
モララーは話を続ける。
「あの拍手はな“感動”を表しているんだぞ。特に、俺の従妹のミィはそう思っている。」
「ミィちゃんが?何で。」
俺は朝本ミィを知っていた。でも、俺の文章に感動していたなんて…
俺は、驚いた顔にしか出来なかった。
モララーは「さっき本人が言っていたぜ」と言いながら、俺の反対側に座った。モララーはボトルを置き、右腕をテーブルに付けて話し始めた。
「彼女には、小学校からの親友がいた。でもその友達はな――半年前に死んだ。」
「何でだよ…死因は何だったんだ?!」
俺は驚いてしまった。何故ならそのことは、初耳だったから。
そして、モララーはさらに、驚くべき発言をする。
「しぃちゃんと同じ事故死。状況が最悪で、即死だった。」
開いた口が塞がらなかった。しぃと同じ死因だとは…
声が出せなかった。けど、モララーが言いたいことが少し分かった。
「“大切な人”を失う。それがどれだけ恐くて、どれだけ辛いのか。一応葬儀には行った。けど、俺にはよく分からなかった。だけど、ミィにとっては“大切な人”であり“かけがえのないもの”を失った。だから、余計辛い。お前も知った筈。“大切な人”を失うことが、どれだけ辛いのかということを。」
俺は黙って話を聞いていた。また、泣きそうになった。
今、確かに俺は辛い。
“大切な人”を失うことが、どれだけ辛いことなのか。俺は初めて知った――
モララーは話を続けた。
「ミィは今になっても、あのことを引き摺っている。所謂『心に傷を作った』っていう奴だな。さらに、従姉であり、先輩だったしぃちゃんが死んだこと。同じ条件だったから、余計傷を作った。けどな…」
話を途中で止め、扉の方を向いた。返事をしろ、ということなのか。
「ミィちゃんは、俺の文章をどう思ったんだ。そろそろ言ってもいいだろ。」
モララーは笑いながら「今言うところだったのに」と言った。
だけど、モララーは直ぐに笑うのを止め、真剣な顔になった。扉の方を向いたままだけど。
「彼女にとって、お前の文章は“心の癒し”だと言っていた。“大切な人”を失った者が、“大切な人”に告げることが出来る『共通の言葉』。だから、お前の文章は―」
全ての“ジブン”による、全ての“アナタ”に贈る言葉なんだよ。
俺は呆然としていた。俺が偶然思いついた言葉達。それが、こんなに大きな意味をもたらすとは―――
「モララー!ギコ!関係者は納骨の準備をするから早く来いっていうアナウンスがあったモナ!」
突然、友達であり、葬儀関係者の1人であるモナーが言った。
その声で、俺は我に返った。
「今行くから先に行ってろ!ギコ、行くぞ。」
俺はつられて立ち上がる。だけど、そのまま立っていた。モララーが部屋を出ていく。
するとモララーは、部屋を出かけるところで足を止めた。そして、俺の方を振り向いて言った。
あくまでも、俺が思ったことだ。でもな、誰でもそうとらえられる。そして、しぃちゃんは嬉しいはずだ。やっと、『兄らしい姿』が見ることが出来たから。
俺は1人になった。今のモララーの言葉は、何かを感じる。
「お前はしぃの兄で良かったんだ」って、言いたかったのか。
胸ポケットからボールペンを取り出す。再び座り込み、八つ折りの紙を開ける。そして、ペンを走らせた。
俺、これからも『草薙しぃの兄』だよな。もしそう思うなら―何時かしぃのところへ行く迄、ずっと見守ってくれ。
と、呟きながら。
部屋を出ていくと、風が入り込んだ。その風に漂った1枚の紙は、とことなく輝いていた。
その中に、特に輝いていた一文がある。
「全ての“アナタ”に贈る言葉」 4/25 草薙ギコ
完
解説 オモイヲココニ…
4月15日。
この『全ての“アナタ”に贈る言葉』を書き始めた日である。
そして25日に、この作品を書き終えた。
ところで、何故この作品が出来たのだろう。
そして、自分自身の思い。それを、この章で書き綴ろうと思う。
今から4年前。1人の人物が他界した。
死因は、この物語と同じ『事故死』。とてつもなく哀しかった。
そして今尚、胸が熱くなるのである。
このことは、誰もが必ず経験する筈だ。
一生に1度は立ちくわす、1つの“壁”だろう。
そしてその時に、当たり前だったことが、当たり前ではなくなることに気付くだろう。
だけど、その“迷い”が生まれるからこそ、『感謝の言葉』が生まれるのではないだろうか。相手との出会いが、ただの偶然だけではなく“奇跡”であると気付く筈だ。
そして、ありがたみを感じるだろう。
感想は十人十色である。
然し、『何か』を感じて貰えれば良い。
私は、そう願っている。
2008.5/31 猫ハンター