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砂漠遺跡の唄 〜滅びの少女〜

 南の砂漠の外れに位置する、古びた石舞台。



 そこに、少女の歌が響く時。



 砂漠に住まう青き猫は、皆…滅びる。



<サウス・デザート地方>



「あ゛ー…あぢー…」

「そぉモナねぇ〜…」

 何処までも広がる砂漠を、3匹の猫型AAが歩いていた。

 腰に剣を下げたギコ族と、背中に弓矢を背負ったモナー族の青年が、疲れきった様子で歩いている。

「だらしないなぁ、ギコラスもモナクセルも〜」

 先頭に立つ、片手に杖を持ったモララー族の青年が、ニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべながら、二人のほうを振り返りつつ言う。ギコラスと呼ばれたギコ族がむすくれた。

「何言ってやがる、モランズの方がよっぽど軽装じゃねぇか…スタミナ不足のモナクセルはともかく、俺は剣に軽鎧だぜぇ?」



 俺はギコラス・イルデ・ヨシュア。

 モナクセルにモランズと一緒に世界を旅する、いわゆる冒険者って奴だ。

 俺は一応、前衛で敵をなぎ倒す剣士なんだが・・・

 こう暑い砂漠じゃ、重装備の俺はちょっと不利だよなあ…砂のせいで足元不安定だし、踏み込みが甘くなる、っつか。

 でもま、モランズの奴に言われっぱなしなのはむかつくから、頑張ってるんだけどな。

「酷いなあギコラス。そんな風じゃ、モナクセルが冒険者に向いてないひ弱な奴って意味にも取れない事ないよ?」

「あ、大丈夫モナ、モランズ」

 モランズの反論を遮って、ずっと黙っていたモナクセルが口を開いた。

「ギコラスの言葉は間違ってないモナよ。モナ、持久力ないモナから」



 モナはモナクセル・マオ・エモナード。

 ギコラスにモランズとは、セントラル・シティ地方の冒険者ギルドで紹介されあった仲で、今では親友モナ!

 モナの武器は弓矢。あと、ちょっとだけ回復魔法も使えるモナ。

 砂漠じゃ、重装備のギコラスがちょっと不利だから、モランズと一緒に頑張るんだモナ!



「あ〜あ、認めちゃった、モナクセルがっ」

「う。わ、悪かったよ」

 モランズがにやにや笑いを保ったまま、ことさら嫌みったらしく言う。慌ててギコラスが取り繕った。

「モナクセルはけなげで偉いなあ。それに比べてギコラスってば…」

「わ、悪かったっつってんだろ!」

「はいはい」



 僕はモランズ・ショウ・マタリア!

 単細胞なギコラスと天然ボケなモナクセルの、いわばお目付け役ってとこだからな!

 僕が得意なのは攻撃魔法。炎と氷と雷。あと、地図士の資格も持ってたりするんだ。

 後衛で詠唱してるときはほとんど無防備状態だから、地形効果関係なしに2人には頑張ってもらわなくっちゃね。

 この僕の顔に傷がつくなんて、在り得ない事だからな!

「さ〜てと、痴話喧嘩はここら辺で切り上げて〜」

 独り言を言いながら、モランズが背中に背負っていたリュックをおろした。痴話喧嘩って何だ、とギコラスが怒鳴りつけようとしたが、モナクセルに止められ、渋々引き下がる。

「ん〜…もうそろそろ、アオールの街が見えてきても良い頃なんだけどなあ」

 モランズがリュックの中から引っ張り出したのは地図だった。首に下げた方位磁石と地図、そして周りの景色を代わる代わる見比べる。

「こういう時だけは真面目だよな、お前」

「イヤだなあギコラス〜、お世辞言っても何も出ないよ〜」

「…褒めてねぇっつの」

 ギコラスの嫌味を軽く流して、モランズは再び地図に視線を戻す。殴りかかりたい衝動を抑えて、ギコラスがぼそっと呟いた。



「…あ…あれ?」

「どうしたモナ?」

「………」

 突然、地図を見ていたモランズの顔から笑みが消えた。モナクセルの問いに、モランズは答えない。焦りながら、再び地図の検証を始める。

「お、おい!まさか、方向間違えたってんじゃ・・・」

「…ここだ」

 ギコラスの文句を遮って、モランズが結論を口にした。

「あ?ここが何だって?」

「街なんか、何処にもないモナよ?」

「…間違いない…ここだ」



「僕らは今、かつてアオールの街があった場所に立っているんだ…!」

「な…何だとゴルァ!?」

 思わず、ギコラスが声を上ずらせて叫ぶ。モランズは黙って頷いた。

「さっき言ったとおりさ。ここが、僕らの目的地…砂漠の街・アオール、だからな」

「え…だ、だって!」

 冷静に、再び真実を伝えるモランズ。慌ててモナクセルが反論した。

「1週間前セントラル・シティの冒険者ギルドで、アオールの街について調べてた時は、ちゃんとあったモナよ! アオールの街は今も栄えている、って!」

「うん。ギルドの情報はかなり正確だ。そのギルドの情報網が追いつかないって事は…」

「アオールの街はここ最近で滅びた、っつー訳か…」

 ギコラスが、ぽつりと、導き出された結論を口にした。



 俺達3人が出会った場所、セントラル冒険者ギルド。

 北の雪国ノース・マウント地方、東の森林地帯イースト・フォレスト地方、西の渓谷ウェスト・ロック地方、そして今俺達3人がいる、南の砂漠・サウス・デザート地方。この4つの地方をめぐって冒険する冒険者達を支援する為にある施設だ。
 
そして、各地方の情勢を全世界の何処よりも把握している。それも、各地方に数人のギルドの職員がいて、各地方の情勢をいち早く察知できるからだ。

 その情報網が追いつかないうちに、サウス・デザート地方唯一の街・アオールが滅びたっつー事は、この街が滅んだのはつい最近の事。

 きっと、アオール所属の職員も、すでに街と共に故人となってるんだろうな…。

きっと今頃、ギルドは大騒ぎだろうね」

「だなあ…情報提供者のギルド職員の消息を探して、ちっともめでたくねぇお祭り騒ぎだなゴルァ」

「…でもやっぱり。その職員さん、きっと生きてない、モナよね…」

 3人の間に重苦しい沈黙が流れた、その時。



「あっれぇ?貴方達ぃ、こんな所で何やってるんですかぁ?」



「「「?」」」

 突然3人の耳に入ってきた、素っ頓狂な間延びした声。3人が振り返ると、そこにはぞぬ車(馬車の荷台をぞぬが引いている物)が1台。ぞぬの上には、タカラギコ族の青年が乗っていた。

「中央から来た冒険者ですかぁ? んー、だったら残念でしたねぇ、アオールの街はつい昨日、街中のギコ族が謎の死を遂げたって事で、破壊される事を余儀なくされちゃったんですよねぇ〜」

「…はぁ? アオール中のギコ族が、だぁ?」

 ギコラスが疑わしげに聞き返した。続いて、モナクセルがややのん気に口を開く。

「それは大事件モナねー…アオールの街って、別名「ギコ族の聖地」って言われてるモナよね?」

「そうですよぉ、そして、中央から来たギルド職員もギコ族だったわけです〜。そんなアオールにい〜っぱいいたギコ族が1人残らず死んじゃったものですからぁ、アオールの街はもぬけの殻。そんな訳でぇ、街としての機能を失ったアオールはぁ、丁度街に滞在していた冒険者達の手で破壊されましてぇ、そんな訳でもうこの場所にアオールはぁ…」

「おいタッカー!! 何やってんじゃネーノ!?」

 タカラギコ族の説明を遮って、ネーノ族の男が荷台から顔を出して怒鳴った。そして、呆然と突っ立っている3人に気がついて、怪訝そうに尋ねる。

「? あんた達、何なんじゃネーノ?」

「え、あ、せ、セントラルの冒険者ギルドの者です!」

 慌ててモランズが名乗る。ふぅん、とネーノ族が気のなさそうな返事をした。

「まあ…こんなトコで立ち話してたら、いつか干上がっちまうんじゃネーノ。中入るんじゃネーノ。このぞぬ車、例のアオール滅亡事件の生き残りがいるテント行くんじゃネーノ」

 そう言い、あー暑いんじゃネーノ、とぼやきながら、ネーノ族はさっさと荷台の中へ首を引っ込めてしまった。

「聞いた? 滅亡事件の生き残りがいる、ってさ」

「うん。色々と話聞けそうモナ」

「おう、色々聞いてみるか。つか、とっとと日陰入りてぇぞゴルァ」

 意見を一致させ、3人はぞぬ車の荷台に手をかけた。

 荷台の中には、先程のネーノ族以外には誰もいなかった。

「他の連中はテントにいるんじゃネーノ…さぁて」

 そう教えた後、一息ついて、ネーノ族は名乗った。

「俺はネーストル・ノーヴェス。学者じゃネーノ。で、ぞぬに乗ってた馬鹿が、動物使いのタッカー・ランダ・トレジャー」

「あ、よ、宜しくお願いします! モランズ・ショウ・マタリアです! 魔法使いです!」

「…ギコラス・イルデ・ヨシュア。剣士だ」

「ゆ、弓使いのモナクセル・マオ・エモナードですモナ!」

 モランズとモナクセルは慌てて、ギコラスはやや無愛想に返す。すると、突然ネーストルの視線がモナクセルに釘付けになった。

「え、あ、あの、ネーストルさん?」

「…」

モナクセルの問いかけが聞こえていないかのように、ネーストルはモナクセルの顔をじっと凝視している。たまらず、ギコラスがネーストルの耳元で怒鳴った。

「おいネーストル!! ぼけっとしてんなゴルァ!!」

「!! …あ、いや、すまないんじゃネーノ」

 ギコラスの怒鳴り声で我に返って、ネーストルは慌てて頭を下げた。

「あの、モナの顔に、何かついてましたモナ?」

「いやぁ、そうじゃなくて」

 モナクセルの質問をかぶりを振って否定し、ネーストルは答えた。

「俺もタッカーも、例のアオール滅亡事件の生き残りなんだが・・・」



「その生き残りの1人に、あんたに雰囲気が良く似た娘(こ)がいたんじゃネーノ」



「…え…そうですか、モナ」

 それを聞いて、少しだけモナクセルが表情を曇らせた。

「…モナクセル」

「深くは聞かないで下さい、ネーストルさん」

「?…あ、ああ。分かったんじゃネーノ」

 モランズに念を押され、ネーストルは少し怪訝に思いながらも頷いた。

 モナには…妹がいたモナ。

 名前は、ガナディーン・ナーガ・エモナード。

 今から5年前、モナが冒険者ギルドに入ったばかりで…まだギコラスとモランズに出会って間もない頃。

 セントラルの街に、飛行モンスターが侵入してきたんだモナ。

 で、その飛行モンスターが舞い降りてきて、着地したのが、モナの家があった場所だったんだモナ。

 モナはギルドの仕事があって、たまたま家にいなかったから、助かったモナけど…

 ガナディーンは、家ごと…

 ………



「…お、おいおい! 何辛気臭い顔してんじゃネーノ?」

 ネーストルが慌てて取り繕う。はっと、3人が我に返った。

「あ、…ごめんなさいモナ」

「気にすることないんじゃネーノ。誰にだって、追及されたくない事はあるんじゃネーノ」

 優しげな微笑を浮かべながら言うネーストル。モナクセルが黙って頷いた。

「…あ、テントが見えてきましたよぉネーストルさぁん!」

 その場の重い雰囲気を振り払うかのように、タッカーの声が響いた。

 砂漠の真ん中にぽつんと立つ、古びたやや大きめのテント。これが、ネーストルが言った「アオール事件の生き残りが住んでいるテント」らしい。

「5人がかりで街中のギコ族の死体から洋服剥ぎ取って、それをバラして縫い合わせて作ったんじゃネーノ」

「うぇ〜…」

「残酷モナぁ〜…」

「そうだねぇ…って、え?」

 思わず眉間にしわを寄せながら言うギコラスとモナクセル。賛同しかけたモランズが、何かに気がついた。



「たった5人しか生き残らなかったんですか? 貴方とタッカーさんを含めて?」



「まあそうなんじゃネーノ。アオールは「ギコ族の聖地」て言われてるのは知ってるかも知れんが、俺たちネーノ族に限らず、ギコ族以外の種族をあの街で見るのは低確率なんじゃネーノ」

「同じギコ族でもぉ、僕は亜種ですからぁ」

 ネーストルとタッカーが答える。すると、タッカーが突然、意味深な言葉を口にした。



「『滅びの少女』は、純正ギコ族しか相手にしないんですかねぇ」

「「「『滅びの少女』?」」」

 3人が同時に聞き返す。ネーストルがそうそう、と言って、語り始めた。

「こっから南へずっと行ったところに旧時代の遺跡があるんじゃネーノ。『嘆きの砦』って言うんだが、冒険者ギルド所属なら知ってるんじゃネーノ?」

「ええ。まあ、資料でちょっとかじった程度ですけど」

「大昔、旧時代アオールの姫が…北の敵国・アーラスの王子と駆け落ちして、立てこもった砦の跡…だったっけか?」

 モランズの回答に続いて、ギルドの資料で見た記憶を辿ってギコラスが尋ねる。そうなんじゃネーノ、と、ネーストルが頷いた。

「で、その姫は幽霊になって、今もその遺跡の中で、アーラスの飛竜騎士によって連れ戻されて処刑された王子様を待ってる、とか何とか言われてるんじゃネーノ」

「『滅びの少女』っていうのはぁ、そのお姫様のあだ名ですよぉ。何でもぉ、その砦を訪れたギコ族さんは、お姫様に死に別れた王子様と勘違いされてぇ、道連れにされちゃうとか何とか〜…」

 ネーストルの説明に続いて、タッカーがわざと怖がらせるような口調で言う。モナクセルだけが、ぶるっと背筋を震わせた。

「こ、こ、怖いモナぁ〜!」

「何言ってんだ。おとぎ話に決まってんだろゴルァ」

「だってだって、『滅びの少女』モナよ! ギコラスも呪い殺されちゃうモナ!!」

「あのなぁ…」

「じゃあ確かめてみる?」

 怯えながら言うモナクセルに向かって反論しようとしたギコラスを遮って、モランズが突然提案した。

「はぁ? いねぇに決まってんだろそんなの!」

「えーっ! ギコラスが呪い殺されちゃうモナ〜!!」

 ギコラスとモナクセルが同時に、それぞれ違う反論を口にする。駄目駄目そんなんじゃ、と、モランズがかぶりを振った。

「きっとアオール滅亡事件と今の話はつながってるよ。アオール滅亡のキーワードは、ずばり! 『滅びの少女』だからな!」

「まあそうだなあ…でもどうにも信じらんねぇ」

「ち、ちょっと怖いモナ…」

 渋るギコラスとモナクセル。はっはあ、と、モランズがお得意のニヤニヤ笑を浮かべながら尋ねた。

「まあモナクセルはともかく〜…」



「ひょっとしてギコラス、怖いの?」

「はぁ!? そ、そんな訳あるかゴルァ!!」

「じゃあ、行くよね?」

「な…、し、しょうがねぇなあ…、あーもーやけっぱちだゴルァ! こうなったら成仏させてやろうじゃねぇか、『滅びの少女』でも何でも!!」

「えぇっ! ぎ、ギコラスが行くならモナも行くモナ!!」

「ハイ決まりっ! じゃあ今日は遅いし、出るのは明日にしようか?」

「勝手にしろゴルァ!」

「お、おいおいおい!!」

 目の前で進む恐るべき計画。思わずネーストルは待ったをかけていた。

「何言ってんじゃネーノ!? あんた達がどれだけ腕が立つかは知らんが、あの『滅びの少女』はとんでもないんじゃネーノ!!」

「そうですよぉ! 特にギコラスさんは危険ですよぉ! 下手したら死んじゃいますってぇ!!」

「まあ、攻め際と引き際はよくわきまえてますよ。それに僕達を甘く見たら、火傷して凍傷起こして痺れますよ、お二方?」

「そりゃお前の特技だろ」

 慌てて言うネーストルとタッカーに向かって、得意げにきっぱりと言い放つモランズ。後ろからのギコラスの突っ込みは軽くスルーして。
 
 やれやれ、と、ネーストルは深い溜息をついて、観念したように言った。



「勝手にするんじゃネーノ。あんたらが呪い殺されても供養はしないんじゃネーノ」



「じゃあ勝手にさせて貰いますよ、ネーストルさん」

「…さぁて、じゃあ残りの3人を紹介するから付いてくるんじゃネーノ」

 モランズの自信に満ちた返答に少々呆れながらも、ネーストルは3人にこう促して、テントの方へ歩いて行った。

 ネーストルとタッカーに案内されて3人がテントに入ると、中には3人の猫型AAが立っていた。灰色の身体に細目・鼻の高いフーン族。金髪にカチューシャをしたレモナ族。そして、橙色の身体に黒いパッチリした瞳を持つガナー族。彼らが、ネーストルとタッカー以外の「生き残り」らしい。

「あっネーストル君タッカー君お帰り〜♪」

 レモナ族の女性がこっちを向いて、やたらブった声で言った。

「ただいまじゃネーノ」

「丁度良かったわね。今夕飯作ろうと思ってたトコなの」

「…で、後ろの剣士ギコと弓使いモナーと魔法使いモララーは何処のどいつだ」

 他の2人も言う。ネーストルがため息混じりに言った。

「『滅びの少女』目当ての、中央から来た命知らずの冒険者馬鹿3人組じゃネーノ」

「…何?」

「嘘っ!?」

「わぁ〜勇気ある〜!」

 3人が思い思いの返事をする中、ネーストルはギコラスたちに向かって言った。

「こいつらがお前らが話したがってた、俺達以外の生き残りじゃネーノ。フーン族がフランク・ソーン。ガナー族がガナーディア・ガンツ・オランジェ。で、レモナ族がモーナ・レム・カーマイン。フランクとガナーディアは俺の助手学者じゃネーノ」

「あ、よろしくぅ♪ アオールの街では酒場で踊り子やってたのよ〜♪」

「何をのん気に自己紹介なんかしている」

 モーナの台詞を遮ってぴしゃりと突っ込むフランク。直後、フランクはネーストルの方をじろりと睨んで、質問していた。

「何故許した? この前までのお前ならば決して許さなかっただろうに」

「まあ…押されて押されて押し切られた、ってトコじゃネーノ?」

「ふぅん…まあ、百歩譲って生命は取られずとも…返り討ちが関の山、だろうな」

 ネーストルの返事に気のなさそうに答えてから、きっぱりと言い放つフランク。ちょっとちょっと、と、モランズがすかさず前に出た。

「僕らを見くびってもらっちゃ困りますよ。僕らはそんじょそこらのやわな冒険者とは違いますからね!」

「例えそうだとしても、『滅びの少女』はその辺の雑魚魔物とは月とスッポン、全然違う。…何しろ」

 モランズの言葉に少しも動じることなくこう返し、フランクは一呼吸間をおいてから、告げた。



「何しろ、お前らが所属するギルドで1番偉い奴とその奥方ですら叶わなかった相手だ」

「…え?」

「…何だと?」

「ギルド長と副長が、負けたんですかモナ?」

 モランズが、ギコラスが、モナクセルが、口々に聞き返す。無言でフランクが頷いた。

「し、信じられない…あの、お2人が…」

 先程までの満ち溢れた自信が嘘のように、モランズが呟いた。



 冒険者ギルド長、フィリップ・サフ・ダッカーラ。クラス、格闘家。

 冒険者ギルド副長、ツェツーリア・ヒャーリス・ダッカーラ。クラス、シーフ。

 ギルドの頂点とその下に立つ、僕達3人を含める冒険者ギルド所属者たちが、世界で1番、誰よりも尊敬する人達だ。

 僕達も時々彼らと手合わせをすることがあるけど、勝ったのは勿論互角に渡り合ったことなんか1度もない。いっつも彼らの圧勝、僕達のぼろ負け。

 そんなお2人が、多分たった1度だけ、負けた相手。それが『滅びの少女』。

 そいつは、僕達が想像している以上に…手ごわい相手なんだろうか…?

「まあそんな訳だ。特に…そこのギコ。お前はやめた方がいい」

 最後にそうきっぱりと言い放ち、フランクはテントの隅の方へさっさと歩いて行ってしまった。呆然とする3人に向かって、ガナーディアが苦笑いして言う。

「あまり気にしないでね。フランク、いっつもあんな調子だから。さて、貴方達もお腹空いたでしょ? 私、久々に腕振るっちゃうから」

「ガナーディアちゃんのお料理は美味しいわよ〜。ついでといっちゃあなんだけど〜、あたしの舞も見せてあげちゃうわね!」

「「「…あ」」」

 ガナーディアとモーナにそう言われた途端、はっと自覚する3人。セントラル・シティを出てから、ギルドから支給された保存食と水以外、何も口にしていなかった事を思い出す。くすっとガナーディアが笑った。

「その表情からすると、ペコペコなのね。分かったわ、出来る限り超特急で作っちゃうから」

 最後にそう言って、ガナーディアはそそくさとテントを後にした。

「ガナーディアさんのご飯、久々ですね〜。皆さんも楽しみにしてくださいね〜、もう最高なんですよ〜」

「え、あ、はい!」

「期待しとく」

「楽しみにするモナ!」

 慌ててタッカーの言葉に答えつつも、3人の心は乱れていた。



 憧れの人が倒された相手に対して、初めて感じる『恐怖』に。

「………」

 セントラル・シティよりも深い夜空と、そこに散りばめられた満天の星、そしてその中で一層映える丸く巨大な月を、砂漠に寝転がってぼんやりと眺める、白い猫型AAの姿があった。

「…この満天の星のどれが、お前なんだモナ? …ガナディーン」

 いつか、彼の最愛の妹が言っていた言葉を、白いAA…モナクセルは、頭の中でずっと反復させていた。



『ねえお兄ちゃん、知ってる? AAはね、死んだら星になるんだって』

『…星、かモナ? 幽霊じゃなくて?』

『うん。それで、毎晩夜空の上から、親族を見守ってくれてるのよ』

『へ〜、なんだかメルヘンな話モナね〜。何処で聞いたモナ?』

『学校の図書館でかじっただけよ。…ねえ、お父さんとお母さんも見守ってくれてるかな? 私たちのこと』

『え? …うん、絶対、見守ってくれてるモナよ』

『どの星がお父さんとお母さんか、分からなくても? 街の明るすぎる光で、星も見えなくっても?』

『そうモナ。目には見えなくったって、ちゃあんと空に星はあるモナよ?』

『…そうだね、うん、そうだよね! お兄ちゃんも、星になったら見守ってね、私のこと』

『うん。約束モナ』

「結局、見守られる側になっちゃったモナね」

 誰にも聞こえない声で、夜風にかき消すように、そっと呟くモナクセル。

 彼らの両親は、ずっと前に旅業に出て、他界した。

 そして、唯一残った、自分の血を分けるもの、妹も。

「…っ」

 星空が滲みかけた、その時。



「やっ♪」



「モ゛ナ゛ッ!?」

「うわっ!! …そ、そんなにびっくりしなくても良いだろモナクセル!! …あー、こっちまで驚いちゃったよ」

 突然、夜空を遮って彼の視界を支配した黄色い猫型AAの顔。驚きのあまり奇声を上げて飛び上がったモナクセルに向かって、彼を驚かせようとした張本人…モランズが、慌てて言った。

「も、モランズ…ご、ごめんモナ。まさか起きてるとは思わなかったモナ」

「大丈夫大丈夫、脅かしたのはこっちだろ? 色々考えてたら眠れなくなっちゃって。ま、ギコラスはふて寝状態で爆睡してるけどなっ」

 まだばくばく鳴っている心臓を落ち着かせようと深呼吸をしながら、モナクセルが申し訳なさそうに言う。軽い気持ちでそう返しながら、モランズはモナクセルに習って砂漠に寝転がった。

「うっひゃ〜、やっぱセントラルとは違って夜空が暗い分良く見えるね〜!」

「うん。すっごく綺麗モナ」

 180度の視界を覆いつくす満天の星空に歓声を上げるモランズ。モナクセルが相槌を打った。

「…ねえ、モナクセル?」

「ん? どうしたモナ?」

 突然、モランズが問いかけた。首を夜空を見上げたままのモランズの方にねじって、モナクセルが聞き返す。

「この際はっきり言っちゃうけど」

 突然真面目な顔になり、モナクセルはゆっくりと起き上がって、言った。



「ガナーディアさんとガナディーンちゃん、重ねてるだろう?」



「…!!」

「ほら、図星」

 びっくりして思わず起き上がるモナクセル。モランズがくすっと笑った。

「夕飯の時だってそうだよ。モーナさんの舞より、それを見るガナーディアさんばっかり気にしてたし。昼間、ネーストルさん言ってたよね。モナクセルの雰囲気に良く似たガナー族、って」

「モ、…モランズ…。モナ、は…」

「あー言わなくて良い言わなくて良い。分かってるからな」

 言いかけたモナクセルを制して、モランズがにこやかな笑顔を保ちながら言う。

「…仮に、あの時モナクセルが君の家にいたとするよ。…君に何が出来た? その弓矢で、あの飛行モンスターを撃墜出来たと言うのかな?」



「…答えは逆。何にも出来ないまま、ガナディーンちゃんと一緒に、あぼーんだ。間違ってる?」

「…それは」

 表情はにこやかでも、彼が放っている言葉は、モナクセルには辛すぎる真実。口ごもるモナクセルを見て、モランズは笑って言う。

「逆に言えば、君のせいじゃない。そうとも言えるよ? いつまで罪の意識に苛まれてるつもり?」

「で、でも…! …モナ、は…」

 言いかけて、そのままうつむいて黙り込んでしまったモナクセル。やれやれ、とため息をついて、モランズは立ち上がった。

「あまり深く考えない方が良いよ。考えすぎたら余計に答えは逃げて、君は迷宮に迷い込むんだ」

「………」

「さ、君も早く寝たほうがいいよ。明日は運命の遺跡調査、だからな」

 黙りこむモナクセルの背中にそう言い残して、モランズはテントの中に入って行った。

 後に残る、砂交じりのやや冷たい風。

「…、…ガナディーン」

 か細い声で呟いた、刹那。

 砂に覆われた大地を両手でぎゅっと握り締めたモナクセルの細い目じりから零れ落ちる、雫。

 今も、彼の脳裏には鮮明に残っている。

 自分の家だった場所から掘り出された、変わり果てた妹の姿を。



『うぁ…酷ぇ』

『…モナクセル』

『お兄さんには気の毒ですが…即死だったようです。モンスターの爪が丁度心臓部分に突き刺さったようで』

『…っ…』



『ガ、ガナ、ディ…う、うあぁぁぁぁぁっ!!!』



「モナ、だって…これ以上…考えたくないモナ」

 乾いた砂地に、1つ、また1つ…雫の跡が刻まれる。

「でも…考えずにはいられないんだモナ…」

「…だって、さ」

「…あの馬鹿」

 薄暗いテントの中。泣き崩れる親友の背中を尻目に、2人は会話していた。

「気が利かないよね、ギコラスって。いくら事故の事思い出したくないからって、俺は寝たことにしとけ、だなんてさ。第一発見者のくせに」

「五月蝿ぇなぁ。…理由はそれだけじゃない」

 モランズの少々意地の悪い言葉に反論し、ギコラスはそっと言った。

「モナクセルは、いつもみてぇにへらへら笑ってこそモナクセルだろ。ああやって、過去に縛られて泣きじゃくるモナクセルなんか、俺は見たかないね」

「…、確かにね」

 きっぱりと言い放つギコラス。呟いたモランズの顔から笑顔が消えた。

「僕も同じだよ」

「だろ。でも、だったら僕が行かせて貰うからな、って言ったからには、何か考えでもあるんだろ? …モランズ」

「…だって」

 ギコラスに問われ、モランズは…普段より若干寂しげな笑顔で、答えた。

「君も僕も、過去に囚われてばっかりじゃ前に進めないってのは、知ってるだろう?」



「かつての、僕らの仲間…シィラの時のように、ね」

 そう言われた途端、ギコラスがぱっと顔を上げた。

「!」

「そうだろ、ギコラス? 僕、何も間違ったことなんか言ってないよ」

「 …ああ」



 かつて、俺達にはもう1人仲間がいた。

 名前はシィラ・ハニャベルハング。職業はクレリック。まあ、俺達チームの紅一点って奴だった。

 モナクセルが弓使いのくせにクレリック特有の治癒術を持っているのも、あいつがシィラに頼み込んで、俺達に内緒でこっそり特訓していたから。あいつは嘘つくのは下手だから、治癒術特訓の事はとっくの昔にばれていた。

 軽く揺さぶってみたら「どうして知ってるモナ!?」なんて。分からない方がおかしいんだっつの。

 で、俺は。シィラとは…その。いわゆる「恋人同士」という間柄でさ。誰が見てもお似合いのカップルだって、モランズが言ってた。俺達は別に自覚してねぇけどな。

 毎日が楽しかった。俺と、あいつと…モナクセルとモランズで。



 でも、ある日。

 俺とシィラは、どでかい問題を起こしまったんだ。


 
 その責任を負われて、俺とシィラは…ギルドを「解任」される事になった。いわゆる「クビ」。

 すると、その時…シィラは、言ったんだ。



「ギコラスは悪くありません! 全ては私の責任です! 解任するのは、私1人で十分です!!」

 彼女の願いは聞き入られて、解任されるのはシィラだけになった。まあ俺も、解任されない代わりに…他のギルド員にはある「旅行資金援助」を断ち切るっつーペナルティを貰っちまったが。

 その後、俺たち3人は決意した。

 俺の為にギルドを去ったシィラの為に、後ろは振り向かない。

 この過去は忘れない。でも、自責の念は持たない。

 何があっても、過去に囚われた後悔だけはしないでいよう、と。

 そう、誓ったのに。

 あいつはまだ、引きずっていたのか。



「さあ、そろそろモナクセルが戻ってくるよ」

 モランズのこの一言で、はっと我に返るギコラス。こうべを垂れていたモナクセルが、いつの間にか立ち上がっていた。

「明日に備えてとっとと寝ろ、だろ」

「そゆこと。もしかしたら、ギルド長を倒した相手とやりあうかもしれないんだからね」

 モランズの忠告に無言の頷きで答え、ギコラスは近くに引いてあった薄っぺらい布団(ネーストルが住むテントを作った時の布の余りで作ったらしい)の上に寝転がって、目を閉じる。数秒後、かすかに寝息が聞こえた。

「さっすがギコラス。お休み3秒」

 ギコラスを起こさないようにぼそっと小声で呟いて、モランズもごろりと布団の上に身を投げ出した。

(明日は、色んな意味で厳しい戦いだ)

 そっと黒い瞳を閉じ、最後にこう呟いて。モランズも、眠りに落ちた。



「ねぇ、シィラ。…僕らも、君と同じ大問題、起こすかもしれない…」



 遠くの方から、ようやく泣き止んだらしい弓使いの足音が聞こえて。

 それぞれの夜は、更けていく。

「ふん…あぁぁぁ〜…」

 テントの隙間から漏れる太陽の光で、ギコラスは大きなあくびと目を覚ました。

 ぼやける目をこすって辺りを見回し、すでに他2人は目覚めていることを確認する。

「…夕べは色々考えすぎちまったなぁ〜。はぁ〜俺もそろそろ起き…」

「ギコラス! 起きるモナ!!」

「おわっ!?」

 大きく伸びをしながら呟かれたギコラスの独り言を、突然テントの中に駆け込んできた怒鳴り声が遮った。一気に眠気が吹き飛んだギコラスは、目を白黒させながら声の主…モナクセルを見る。

「も、モナクセル…はぁ、ったく。脅かすんじゃねぇよ」

「ご、ごめんモナ…」

「ん。で? 何だよ、朝っぱらから血相変えて」

「あ、そうだモナ! さっき野生ぞぬがテントに来て、食料食いあさってて、動物使いのタッカーさんの言うことも聞いてくれなくって、みんな困ってるモナ! モナはモランズに言われて、起こしに来たんだモナ!」

「野生ぞぬぅ?」

 モナクセルにそう言われて、ギコラスは冒険者ギルドの資料で見た野生ぞぬの姿を脳内で思い返した。

 野生ぞぬ。ここ、サウス・デザート地方を代表する凶暴な野生モンスター。

 鋭い牙と短足に見合わない俊敏な動きが特徴だが、魔法にとてつもなく弱いという弱点を持つ。



(だったら、モランズを徹底的に守ってがんがん攻撃して貰う、ってので良いか)

 頭の中でこう結論付け、ギコラスは枕元に置いてあった装備一式を持って立ち上がった。

「よし、一宿一飯の恩もあるし、『滅びの少女』の前に、準備運動と行くか」

「うん、モランズが待ってるモナ!」



 モナクセルに案内されて食料庫のテントへ付くと、タッカーを除いた生き残り一同とモランズが待っていた。

「やあ遅かったじゃないか、寝ぼすけギコラス」

「うるせぇなあ。で? 野生ぞぬは何処だよ」

「あそこ。タッカーさんが悪戦苦闘してるよ」

 モランズに言われてそちらを見ると、ムチを必死に振るっているタッカーが目に入った。そしてテントの入り口から、大きな尻尾と足らしき部分が見え隠れしている。どうやら中に入っている食料をむさぼっているようだ。

「さてと。確か、魔法にとんでもなく弱いんだったよね? 野生ぞぬ」

「らしいな。俺が壁になってやるから、一発でっかいの頼むぜ」

「任せてよ。でも、とどめは君が刺してよね? じゃ…モナクセル」

「分かったモナ。じゃ、皆さんは離れてて欲しいモナ」

 モランズの言葉に頷き、モナクセルが生き残りの面々に言いながら背中の弓矢を引っ張り出す。無言で頷き、ネーストルがタッカーに合図を送って戻らせた。

「じゃ、引きつけの一撃、一発お願いね?」

「分かったモナ!」

 杖をくるくる回して後衛に回ったモランズの言葉に答え、モナクセルが弓を引いた。ギコラスも剣を引き抜いて、一撃に備えるべく構える。

「…今モナ!」



 ヒュン…ドスッ!!



「ギャウッ!!」

 丁度お尻辺りの部分に見事に突き刺さったモナクセルの矢。一声吼えて、野生ぞぬが凄い形相でこちらを睨みつけた。

「グルルル…ガウゥ…」

「うっわあ怖い顔。じゃあギコラス、しっかり壁役頼むよ?」

「言われなくたってやってやるよゴルァ!」

 モランズの問いかけに威勢良く返し、剣を構えなおすギコラス。微笑し、モランズは杖を掲げて目を閉じた。…そして。



「…ガウアァァッ!!」



「来たモナ!!」

「だぁぁぁっ!!」

 モナクセルの言葉で、ギコラスが駆け出した。噛み付こうと飛び掛った野生ぞぬの牙に剣をかみ合わせて、ぐっと踏ん張る。

「…結構重いな、こりゃ」

「っ!!」

 再びモナクセルが弓を引いて、放つ。今度は耳の辺りを少しかすっただけだったが、牽制には十分な効果。少し野生ぞぬの押しが弱まった。

「今だ! 喰らいやがれ短足!!」

 ここぞとばかりに、一気に剣を持つ手に力を込めるギコラス。野生ぞぬがよろけた、次の瞬間。



「…燃え尽きろ! 炎術! 『フィア』!!」

「っとぉ!」

 モランズの叫び声が響き、それを合図にギコラスが後ろにバックステップした、その時。

 辺りを、若干の熱の魔力が支配し。



 ドォオン!!



「ギャアウアァァァァ!!!」

 野生ぞぬの周りで、炎が炸裂した。毛皮に炎が燃え移ったのか、野生ぞぬは凄まじい絶叫を上げてのた打ち回る。

「あっぶねぇぇ…危うくミディアムレアな感じに焼けちまうとこだったぜ」

 やれやれ、と溜息をついて、ギコラスは剣を構えなおして駆け出した。

「これがラストだゴルァ!!」



 ザンッ!!



 辺りに、モランズの炎のように赤い、血潮が舞った。



「まあ僕らにかかればこんなモンですよ、皆さん」

「…うっわぁ〜、3人とも強いのねぇ〜!w」

 モランズの得意げな決め台詞に、モーナが歓喜の声を上げる。彼女を除く生き残り達全員が呆気にとられているのが、かなり遠くにいる3人にも良く分かった。

「す、凄い…あの巨体に押し合いで勝るなんて」

「言うだけの事はありますねぇ〜」

「ぶっちゃけ胡散臭いとは思ってたが、なかなかやるモンじゃネーノ」

「…成る程。なかなか筋が良いのだな」

 他4人も口々に感想を述べた。

「そ、そんな事ないモナ〜」

「まあ野生ぞぬぐらいあしらえなきゃ、冒険者なんざやって行けないだろ」

「そうそう。ジエンスライムとかアヒャリウォリアーなんか論外! 冒険者だったらあれ位倒せなくっちゃ。…特に…」

 どの地方でも良く見る代表的雑魚モンスターを例に挙げつつ、モランズが得意げに言いながら、懐を探る。そしてそこから何か輝くメダルのようなものを引っ張り出して、モランズは続けた。



「僕ら『ゴールドランク』に属する者、だったら、ね」

「…な…何だってぇー!?」

 ネーストルの驚きの絶叫があたりに響く。フランクを除く他の面々も、驚きのあまり目が丸くなっていた。

「あ、あ、あんたら…ご、ご、ご、ゴールドランクだったんじゃネーノ!?」

「えぇ。とは言っても、昇格したのはつい最近のことですけど」

「そうモナ。そのおかげで、ギコラスの援助打ち切りもなくなったモナ」

「…まぁな」

 誇らしげに答えるモランズに続いて、モナクセルとギコラスも言う。砂漠の太陽に照らされ、彼が持つメダルはいっそうその輝きを増したように見えた。



 僕達が所属する冒険者ギルドには、その強さや階級を証明する『ランク』が存在するんだ。

 ランクは全部で4つ。下から、ブランク・ブロンズ・シルバー・ゴールド、とある。つまり、ギルドに入隊すると、まずブランクから始まるって事。

 上の階級に昇格するには、遠征する各地でそれなりの功績をあげなきゃいけない。街を襲っている凶悪な魔獣を討伐するとか、とてつもなく価値のある宝を持ち帰る、といった具合にね。

 最上級ランク・ゴールドランクに昇格するのは、全国の冒険者にとってとても名誉な事なんだ。そして僕達3人はつい最近、その名誉な事を成し遂げたんだよ。凄いでしょ?

 …でも。

 噂では、ゴールドランク以上のランクがあるとかないとか囁かれているんだよね。

 そして、ギルド長フィリップ、そして副長ツェツーリアも、その謎のランクに属しているという噂だとか…。

「驚くのはまだ早いぞ、ネーストル」

 フランクの声ではっと我に返る生き残り一同。きっぱりとフランクは言い放った。

「こいつらがどれだけ強かろうが、こいつらより更に強いギルド長と副長が『滅びの少女』に敗れたのは変わりない。倒すとまでは行かずとも、それなりの功績を挙げてから、俺は初めて認める」

「…分かってるんじゃネーノ」

 我に返ったネーストルも言う。さぁて、と、モランズが声を上げた。

「じゃあフランクさんの要望に答える為に、さっさと出発するよ」

「おう」

「分かったモナ」

 彼の号令で、他2人も頷く。メダルをしまい込んで、代わりに地図を荷物の中から引っ張り出した。

「ネーストルさん、『嘆きの砦』はどの辺りですか?」

「あ、ああ。今いる場所がここだから…この辺りじゃネーノ」

「ふむ。そんな遠くはないかな…ありがとうございます」

 ネーストルの示した場所に印をつけ、モランズが頭を下げた。

「あんた達が呪い殺されても供養しないんじゃネーノ」

「くれぐれも、無茶だけはしないで下さいねぇ」

「どうか、気をつけてね」

「絶対帰ってきてよね〜!」

「…せいぜい頑張って来い」

 5人の見送りの言葉に無言の頷きで答え、一同は歩き出した。

「ここ…モナ?」

「みたいだな」

 モナクセルの問いに、ぶっきらぼうに答えるギコラス。

 ネーストルが地図に印をつけた箇所、テントから更に南。そこまで歩いて行くと、大きな古びた砦が姿を現した。建造されてからかなりの年月が経っている事は、考古学に関しては素人である3人にも良く分かる。

「かなり古い建物みたいだよ。ここまでしっかり原型が残ってる古代建造物は珍しいね」

「そうだなぁ…お。あそこに扉があるぜ」

 モランズの分析に相槌を打ったギコラスが、自分達がいる場所の丁度隣辺りの壁にあった、大きな石の扉に気がついた。

「ほんとだ。どれ、開くかなあ」

 そう呟き、モランズは扉に身体をもたせかけて、押し始めた。…しかし。

「んっしょ…あ、あれぇ?」

 モランズがどれだけ力を込めて押してみても、扉はびくともしない。まるで、彼ら「侵入者」を拒んでいるかのようだった。

「押して駄目なら、引っ張るのかなあ…」

 そう考えて、今度は扉の継ぎ目に手を引っ掛けて、思いっきり引っ張ってみるモランズ。

「んぐぐぐぐ…!!」

 しかし、今度もやはり扉は開こうとはしなかった。

「はぁっ、はぁっ…お、おっかしぃなあ〜…」

「ほ、ほんとに開かないモナ?」

 息を切らせるモランズにそう尋ねつつ、今度はモナクセルが挑戦する。しかし、やはりびくともしない。

「う〜んっ…はぁ、やっぱ駄目モナね〜…」

「俺より身体がでかいモランズやモナクセルがやって開かないって…おかしくねぇか?」

 ギブアップしたモナクセルに向かって、疑問符を浮かべながら言うギコラス。そう言いつつ、ギコラスがそっと扉に触れた…次の瞬間。



 突然、扉に青く光る魔方陣が浮かび上がった。

「「「…!?」」」

 驚く3人。慌ててギコラスが手を離すと、そのまま青い魔方陣は消えてしまった。

「あれ? 消えちまったぞ」

「ひょっとして…ギコラスに反応したモナ?」

「ギコラスに…と言うより、ギコ族に、だろうね。魔法でロックか何かしたのかな。…それにしても、開錠する種族を限定するなんてのは…結構強力な術だよ。きっとセントラルの宮廷魔術師だって使えない。使えたとしても、こんなに長い年月が経っても効力が持続する訳がないからね」

 モナクセルの分析を訂正して、魔法使いとして疑問をめぐらせるモランズ。それから、モランズはふと思いついて、ギコラスに言った。

「…あ、だったら、ギコラスがずっと触り続けてれば開くんじゃない?」

「そうか! よっしゃ、じゃあやって見るぞゴルァ」

 モランズの意見に賛同し、ギコラスは再び扉に手をかける。すると、ふたたび扉に青い文様が浮かび上がった。…そして。



 ガタンッ!! ギィイイ…



 扉は重い音を立てて、ゆっくりと開け放たれた。青く輝く文様は、そのままに。

「モランズの言うとおりモナ! きっと、すごい魔法使いさんがこの鍵を掛けたんだモナね」

「さてね。それはもはや僕らには知りようがないさ、きっと。…さて、じゃあ行く?」

「おう! 滅びの少女の顔を拝みに行くぞゴルァ!」

 ギコラスの号令で、3人は扉の中に入って行った。

「おっ邪魔しま〜す」

「し、失礼しますモナ〜…」

 ギコラスの後ろから、モランズが調子外れに、モナクセルがやや控えめに声を出して入る。城壁の内側は大きく窪んだ広場になっていて、建造物は見当たらない。3人が入ってきた扉の正面に、広場内に入るための長い階段が伸びていた。広場中心に、正方形の石舞台が小さく見える。

「あの石舞台が怪しいぞゴルァ」

「だね。じゃあ降りようか」

 ギコラスの意見に賛同し、モランズが早速階段の1段目に足をかけた。

「おいおい先頭かよ? どっかから1発目貰っても知らねぇぞゴルァ!」

「まあ何とかなるさ。それに、そうなった時はモナクセルが治療してくれるだろう?」

「え、あ、頑張るモナ!」

 ギコラスの忠告を軽くあしらうモランズ。モナクセルが慌てて相槌を打った。…その時。



 …立チ去レ…

 姫君ノ御前ヲ汚スナ…



「あ? 何か言ったかお前ら」

「え? いや、何にも…」

「モナも何にも言ってないモナよ?」

 ギコラスに尋ねられ、モランズとモナクセルがかぶりを振る。



 汝、『裏切リノ少年』デハナイ…

 早々ニ、立チ去レ…



「「「っ!!」」」

 今度ははっきり聞こえた謎の声。3人の背筋が凍りついた。

「な、だ、誰が喋ってんだよゴルァ!!」

 ギコラスが怒鳴る。返事はない。

「今、『裏切りの少年』って言ったモナ?」

「うん。ひょっとして、『滅びの少女』さんと一緒に駆け落ちした王子様の事、かな」

「ぐだぐだ言ってても始まらねぇだろ。とっとと下まで行くぞゴルァ!」

 ギコラスの号令に頷き、モランズ達も足を進めた。

「1番下まで着いた、ね」

 今まで降りてきた階段を振り返りつつ、モランズが言った。

 あれから、気をつけながら階段を降りていたが、声が聞こえたのは先程の2回きりだった。目の前には、古びた正方形の石舞台。

「何だったモナ? さっきの声」

「さあな。俺達を警告するか脅しつけるか、どっちにしても後々良い事はありそうにないぜ」

「そうだね。とりあえず用心だけは…」

 ギコラスの意見に賛同し、モランズが言いかけた、次の瞬間。



 貴様、警告、無視シタ…

 姫君ノ聖域、荒ラス者…

 排除…



「またこの声モナ!!」

「排除、だとさ」

「どうやら、どうしても僕達が邪魔らしいね」

 それぞれの武器を持って、3人が身構えた時。



 一瞬、さっと影が一同の頭上を通り過ぎた。



「!? な、何モナ!?」

「何やらデカブツが来そうだね」

 モナクセルが驚いて辺りを見回して、モランズがぽつりと呟いて…その、次の瞬間。



 …『それ』は、砂埃と共に3人の目の前に舞い降り、咆哮を上げた。



『グオォォォォォッ!!!』

「な、な、な、何だゴルァ!?」

「飛竜だ…鋭い爪牙・高い知性・強固な鱗を持ち、強力なファイアブレスを操り、大きな翼で自由自在に飛び回って相手をかく乱する。冒険者ギルド認定危険度・S!」

 混乱するギコラスと驚きのあまり声も出ないモナクセルを見やりつつ、モランズが説明した。目の前のそれは3人を鋭く睨みつけ、低い声で唸っている。

 すると、突然飛竜の大顎がかすかに動き、嫌でも聞き覚えのある声が辺りに響いた。



『…貴様等ハ、何者ダ』



「しゃ、しゃ、しゃ、喋ったモnくぁwせdrftgyふじこlp;@:」

「落ち着いてモナクセル!! …さっきの声だ」

 錯乱するモナクセルをなだめ、モランズが呟く。先程、階段を降りようとした時に聞こえた声だった。

「で? 危険度Sの飛竜君。ここで僕らを捕って食おうって言うわけかい?」

『…我ハ姫君ヲオ守リシテイルノミ。今スグハ食ワヌ。タダシ、貴様等ガ姫君ニ対シテ危害ヲ加エルト言ウノナラバ…ソウサセテモラウガ』

 モランズの質問にそう答え、一呼吸置いてから、飛竜は再び尋ねた。

『サア、我ガ質問ニ答エヨ。貴様等ハ何者ダ? 今マデノ連中ト同ジヨウニ、姫君ヲ調ベニ来タノカ?』

「さっきから姫君姫君って…誰の事だよ」

「…ひょっとして『滅びの少女』の事、かな」

『!!』

 いぶかしがるギコラスにモランズが相槌を打った途端、飛竜の目の色が変わった。勢い良くモランズに迫る飛竜。

『貴様!! 今、滅ビノ少女ト言ッタカ!?』

「…? 言ったけど?」

 少し驚きつつも、あえて冷静にモランズが答えた…次の瞬間。



 ヒュンッ…ドガッ!!

「ぐぁっ…!!」

「「モランズ!!」」

 飛竜の太い尾が空を切る音、次いで打撃音。腹部にまともにそれを喰らって吹き飛んだモランズに向かって、ギコラスとモナクセルが叫んだ。

「いきなり何しやがんだゴルァ!!」

『黙レ!! ソノ言葉、他デモナキ姫君ヘノ侮辱ダ!!』

 何処かに頭をぶつけて気絶したらしいモランズの所へモナクセルを避難させつつ、ギコラスが怒鳴る。飛竜が怒り狂ったような声量で言い返した。

「…、アンタは何なんだ。滅び…じゃなく、姫さんのペットかなんかか」

『貴様ナドニ名乗ル名ナドナイ。…ナルホド、姫君ヲソノ名デ呼ンダトイウコトハ、貴様等ハ愚カナル冒険者、トイウワケカ』

 そう言うや否や、飛竜の口内に満ちる赤い炎。反射的にギコラスが剣を抜いた。

『貴様等3人ノウチ誰一人、姫君ノ御前ニハ立タセヌ!!』

 そう高らかに叫び、飛竜が大きく翼を広げた…その時であった。



『やめなさい、ドラン!!』

 突然その場に響いた、鈴の鳴るような少女の声。その次の瞬間、石舞台の上に1人の猫型AAの姿が浮かび上がった。彼女の姿を見て、ギコラスとモナクセルが驚愕する。



「…!!」

「シィラ…!?」



 彼女は、かつてギコラスらと同じチームだった冒険者・シィラに瓜二つだったのだ。

『姫君…何故止メルノデス』

『ドラン、命令です。もうこれ以上罪のない冒険者を無為に殺めるのは止めて』

 ドランと呼ばれた飛竜の問いを流し、言い放つしぃ族の少女。渋々ドランは引き下がった。

 そして彼女は、モランズを介抱しているモナクセルに向かって、優しく言った。

『大丈夫、私は敵ではありません。早くその魔法使いさんを癒してあげて下さい』

「あ、は、はいモナ…」

 慌てて頷き、モナクセルはモランズの額に手をかざして目を閉じ、唱えた。



「…地に伏す者を癒したまえ! 治癒術・『ヒール』!」



 途端、モランズの全身を暖かい光が包み込み、やがてモランズはゆっくりと目を開けた。

「っ…くぅ…」

「モランズ、大丈夫モナ?」

「何とかね…うぅ…改心の一撃も程々にして欲しいよ…、…!? シィラ!?」

 石舞台の上の少女を見て、案の定驚愕するモランズ。直後、彼はいや、と首を振った。

「彼女は今ノース・マウント地方にいる筈だ…でも、本当にそっくりだね…」

「ああ。俺も驚いたぜ」

『そうなのですか? 冒険者の方と瓜二つだ何て、光栄だわ。私には何一つ力などないから…』

 モランズとギコラスの言葉に反応し、少し寂しげに笑う少女。ちょっと待て、とギコラスが前に出た。

「アンタじゃないのか? アオールの街からギコ族を消した奴は」

『いいえ、私はずっとここにおりましたわ。と言うより、ここの扉はドランがかけた術で結界が張られています。ギコ族だけが、一時的にその結界を弱められるのです。逆に言えば、しぃ族である私には開けられない。恐らく外部の冒険者の方ですわ』

「「「…!!」」」

 3人が驚きのあまり固まる。くすっと笑い、少女は尋ねた。

『期待はずれだったかしら?』

「い、いや…んじゃあ、今までここに訪れた冒険者達を倒していたのは…」

『勿論、全てドランです』

 唖然とする一同。横からドランが口を挟んだ。

『『滅ビノ少女』ナド、ソコラノ冒険者風情ガ流シタデマニ過ギヌ。本物ノ姫君ハコノ通リ、心優シキ方ダ』

「じゃあ、貴方が…」

『はい』

 モランズの言葉に頷き、少女は言った。



『私はシィリア・ニィ・アオール。旧時代のアオールの姫です』

「やっぱり、貴方が…『滅びの少女』だったんですね」

『貴様、マダ分カラヌカ!! 姫君ヲソノ名で…』

『構いません、ドラン。…そう、私が伝説上、そう呼ばれていた者ですわ』

「…やっぱ、な」

 モランズの言葉に食って掛かったドランを制し、優しく言う少女・シィリア。ギコラスがぽつりと呟いた。


「貴方の話はギルドの資料で読みましたモナ。可哀想な目にあったんですモナね」

 モナクセルにそう言われ、シィリアは悲しげに目を伏せた。

『…ええ。あの戦争で、私と『彼』は傷つきました。身体も、心も』

「「「『彼』?」」」

『ギコルド・ハーニア・アーラス。伝説上では『裏切りの王子』と呼ばれています。旧時代、ノース・マウント地方にあった国・アーラスの王子で、…私が愛した者です』

『姫君ハ今モ『裏切リノ王子』ノ気配ヲ感ジテオラレル。コノ世界ノドコカニ、姫君ト同ジク霊トナッテイルノダロウ』

 3人に同時に尋ねられ、シィリアとドランがそう説明した。ふぅむ、とモランズが考え込む。

「裏切りの王子…ギコルド・ハーニア・アーラス…そんな名前、資料にあったっけ?」

「ん? …無かったな、そんな名前」

『無イノハ当然ダ』

 ギコラスの言葉に続くように、さらりと当然のように言うドラン。直後、彼は驚くべき言葉を口にした。



『何シロ、彼ノ存在ハ5ヶ国ドノ国ニモ公ニサレテオラヌノダカラナ』

「「「…え!?」」」

『公式ナ王位継承者ガ決定シタ直後ニ誕生シタノダ。ソシテ、姫君ガあーらすヘ平和交渉ニ参ッタ際ニ、王子ト出会イ、互イニ恋ニ落チタ』

 驚く一同を前に、切々と語るドラン。続いてシィリアが説明を開始した。

『その後平和交渉は決裂。そのまま戦争に突入しました。アオールは東のダット、アーラスは西のチューボーを味方に引き入れて…セントラルは全く干渉しなかったと聞いていますわ』

「で、その戦争に嫌気がさして、駆け落ちした、って訳か」

『ええ。でも結局、ギコルドは連れ戻され、処刑されてしまったのです』

 そう言い、シィリアは悲しげに目を閉じた。

 過去の回想を、懐かしむかのごとく。

 もし彼女に実態があるのならば、今彼女は目に涙を浮かべているのだろう。



『ギコルド!! 嫌ぁっ、行かないで、ギコルドぉっ!!!』

『ええい、暴れるでないわ、愚かな姫がぁっ!!』

『王子!! これは王家に対する反逆です!! 母国に帰り次第、貴方を処刑します!!』

『シィリア!! これが最期だ、聞け!!』



『お前を愛している!! 例えこの生命尽きようと、この心、永遠にお前に捧げる!!!』

「「………」」

「シィリア姫…」

『…ごめんなさい、こんな話をしてしまって』

 かける言葉が見つからないギコラスとモナクセル。声をかけたはいいが次の言葉が出てこないモランズ。シィリアは悲しげに笑ってそう謝罪し…突然真面目な顔つきに戻ると、言った。

『貴方は冒険者でしょう? こうして会えたのは何かの縁…お願いしたい事があるのですが、良いかしら?』

「お願い?」

「な、何ですかモナ?」

「僕達が力になれるのなら…何でも」

 3人が思い思いの返答をする中、シィリアは切り出した。



『もう1度だけ…彼に…ギコルドに、会いたいのです』



「…はぁ?」

 思わずギコラスが間の抜けた声を出していた。モナクセルとモランズも、驚きのあまり声がでないらしい。シィリアの方は、いたって真面目な顔。決して冗談ではないらしい。

『先程言ったとおりです。ギコルドに、もう1度だけ…。ここに連れてきて欲しいのです』

「で、でも。彼も貴女と同じように、幽霊になっているんでしょう?」

「幽霊を連れてくるなんて、無理な話モナ〜…」

『…街ニテ、風ノ噂デ聞イタノダガ』

 モランズとモナクセルが言った途端、突然ドランが切り出した。

『中央ニハ、霊トナッタ者ノ魂ヲ入レル器ガアルト言ワレル。オソラク、王子ヲ砦ヘ参ラセルニハ、ソレガ必要ナノダロウ』

「へーぇ? そりゃあ変な話だね」

 モランズが意地悪く笑った。先程手痛い一撃を喰らったことを根に持っているのか、その言葉はどこか刺々しい。

「君みたいなデカブツが街になんか下りてたら、大変な騒ぎだと思うんだけど?」

『我ヲナメルナ。コレグライ…』

 声のトーンを落としてそう言うと、ドランは目を閉じた。すると、彼の身体が突然淡く輝きだし、その巨大な身体がどんどん収縮していく。

「「「………!?」」」

 驚く一同。ドランの身体にまとわれた完全に収縮した光が、だんだん猫型AAの輪郭に近づいていき、やがて光が晴れたとき、そこには1匹のトラギコ族が立っていた。

「この姿になれば、どうと言うことは無い」

 声までもが龍の時とは明らかに変わっていた。驚きのあまり硬直する3人。

「す、すっごいモナ〜…」

「…化身能力、ね。始めて見たぞゴルァ」

「…飛龍の姿のときだとなんかでっかいの貰いそうだし、このままでいてくれないかな?」

「軟弱者め。まあそうしておこう…ああ、それと。我はこの姿でいる時は、『ギコランド・ランギュース』という偽名を使っている。近々我と共に何処かへ参ることがあると思われるが、その時は我をその名で呼べ。良いな」

 モランズの申し出を、鼻で笑いつつもドランは承諾し、最後に3人にこう命じた。頷く3人。

「さて、と。じゃあ、一旦セントラルに戻ることになるのかな?」

「だな。ギルドの資料にその『魂を入れる器』っての、載ってるかも知れねぇしな」

「それとネーストルさん達にも、滅びの少女は危険じゃないって教えてあげなきゃいけないモナ」

 今後のことを整理し終え、一同はドランとシィリアに向かって言った。

「じゃ、ちょっくら行ってくるぜゴルァ」

「何か分かったら、一旦帰ってくるから」

「待ってて欲しいモナ」

「期待を裏切ってみろ。貴様らを食い殺してやる」

『…お願いします』

 最後に、シィリアが深々と頭を下げた。

「ふぅ〜ん…んな事信じられんじゃネーノ」

「まあ無理もないでしょうね。でもこれは事実ですよ。僕らはきっと、ギルド長すら突き止められなかったことを突き止めたんですよね」

 テントに帰ってきた3人は、早速生き残りたちに嘆きの砦でのことを報告した。感心しながら言うネーストルに向かって、今までどおりの自信に満ちた声で、モランズが胸を張って言う。

「しかし、魂を持ち運ぶ器、だと? そんな話、聞いたことすらないぞ」

「それをこれから調べに行くんだよ。…調べて分かるモンならな」

 首をかしげたフランクの言葉にぴしゃりと突っ込みを入れるギコラス。すると、モナクセルがおずおずと切り出した。

「…ねぇ。…ギコラス、モランズ…」

「あん? どうしたモナクセル」

「トイレにでも行きたくなった?」

「そうじゃないモナ。…ただ…ちょっと気になったことがあって…」

 2人の質問にかぶりを振りつつ答え、モナクセルは言った。



「ギルド長と副長には、会って話、するモナか?」



「「………!」」

 モナクセルにそう尋ねられた途端、ギコラスとモランズの顔色がぱっと変わった。慌ててモナクセルが謝る。

「あ、…ご、ごめんモナ。変な事聞いちゃったモナね」

「別に気にしてないよ。…そうか、それも問題だったっけ」

「ギルド長の方が、俺達より貴重な情報持ってる、って可能性もある、な」

 少し考え込み、モランズは結論付けた。

「…よし、じゃあ冒険者ギルドの資料室行くついでに、面会の申し込みもしておこうか」

「だな」

「じゃ、出発は明日にしたらどうかしら。タッカー、1日おきにぞぬ車でセントラルに食料買いに行くの。ぞぬ車に乗って行けば、徒歩よりずっと早いわよ」

「あぁ〜そうですねぇ、あなた方さえ良ければぁ、僕が超特急でセントラルにお送りしますよ〜」

 ガナーディアが提案し、タッカーもそれに賛同する。3人にとっては願ってもない申し出だった。

「是非お願いします。ここ最近砂漠にはうんざりでしたんで…」

「分かりました〜。では明日は日の出ごろ出発ですよ〜。セントラルの市場は朝しかやってませんからね〜」

 タッカーの言葉に頷く3人。さぁて、と、ガナーディアが立ち上がった。

「じゃあ夕飯作っちゃうから、待っててね」

「あ、ガナーディアちゃぁん、私も手伝うわね〜」

 テントの奥に消えたガナーディアを、モーナが足早に追った。

 夕食は先日と同じく、ガナーディアが作ったものだった。タッカーが食事を口に運びつつ言う。

「うーん、今日も美味しいですねぇ〜ガナーディアさんのディナーはぁ〜♪」

「ふふっ、ありがと。まあ兄さんが殺人的に下手くそだったからね。でもタッカー君、あなたが良い食材を選んできてくれるからこの味も出るのよ?」

「あははっ、光栄です〜」

 タッカーとガナーディアの会話で、ネーストルが相槌を打った。

「あ〜、確かにモナムスの作る飯は人知を超えてたんじゃネーノ」

「確かに。あの雑食のゾルヌアが泡吹いて失神したほどだからな」

「あはははは、泡吹くってのはちったあ言い過ぎじゃネーノ!」

 賛同するフランクの言葉にけらけら笑うネーストル。ギコラスが、料理をむさぼっていた顔を上げて尋ねた。

「もなむす? ぞるぬあ? って誰だ?」

「ああ、モナムスはイースト・フォレスト地方に出稼ぎに行ったガナーディアの兄貴で、ゾルヌアはうちのぞぬ車引いてるぞぬの名前じゃネーノ」

「そう、モナムス・エナ・オランジェ。私とネーストルとフランクは考古学が専門だけど、兄さんは植物学が好きでね。ここじゃサボテンぐらいしか研究対象がないでしょ? だから、こけももとかギコ草とか、植物が沢山生えてるイースト・フォレスト地方に行ったのよ」

「モナムス君ったらお料理がと〜っても下手くそでね〜。初めて食べたのがネーストル君で、1週間ぐらいお腹壊して寝込んだのよ〜」

 ネーストル・ガナーディア・モーナが回答する。ふぅん、と納得したギコラスに、隣に座っていたモランズが慌てて声をかけた。

「ちょっとギコラス! これ以上はまずいって」

「あん? …あ、そうか」

 文句を言おうと不機嫌そうに振り向いたギコラスが、先程から食事にほぼ全く手を付けていないモナクセルを目に留め、慌てて口をつぐむ。彼の様子に気が付いたガナーディアが尋ねた。

「あら? どうしたのモナーの弓使いさん。全然食べてないようだけど…ちょっと味付け濃かったかしら」

「えっ…あ、だ、大丈夫です、美味しいです…モナ」

 ガナーディアに尋ねられて我に返ったモナクセルは慌ててそれだけ答え、まだ半分以上残っている食事に、ようやく手を付け始めた。モランズがとりあえず口を開く。

「えーっと、こいつに兄妹がらみの話はしないでやって下さい。色々あるんですよ」

「え? …えぇ」

 少し不審に思いながらも、頷くガナーディア。すると突然、さぁて、とネーストルが、重い雰囲気を振り払うかのように声を上げた。

「モーナ、ちったあ明るくする為に、今日も舞やって欲しいんじゃネーノ」

「言われなくたってやってやるわよ〜♪」

 そう答えて立ち上がると、モーナは近くの木箱に入っていた、両端に鈴が縫い付けられているストールを手に取り、それを肩にかけて、テーブルの前のやや広いスペースの中心に立った。

「フランク、蓄音機セットして。アンタが1番近いでしょ」

「…ったく、何で俺が」

 渋々フランクが立ち上がり、テントの隅に設置されている蓄音機をセットした。やがて、音楽が流れ始めると同時に、モーナは舞を踊りだす。

「いつ見ても綺麗ですよ〜モーナさぁ〜ん」

 タッカーの掛け声に微笑みだけで返し、舞い続けるモーナ。彼女が回るたびに、ストールの両端の鈴がしゃらしゃらと鳴った。

「ハイっ、こんなモンでいいかしらぁ?」

 音楽が終わって最後の決めポーズを見せたモーナに、一同は盛大な拍手を送った。

「さっすが、元アオール酒場一人気のオニャノコじゃネーノ?」

「あ、ネーストル君、今変態発言した〜」

 意地悪く言ったネーストルに向かってむすくれつつ言い返すモーナ。ガナーディアがモナクセルに向かってにっこり笑いつつ言った。

「貴方が兄妹がらみの事でどう悩んでるかは知らないけど…私の兄さんと貴方は別物だから、あまり気にしちゃ駄目。君の仲間達もきっと同じ考えだから…ね?」

「…、はいモナ」

 やはり寂しそうに、しかし少しだけ嬉しそうに、モナクセルは頷いた。



「さぁ〜皆さん〜、そろそろ出発ですよぉ〜」

 まだ夜も開けきらぬうちに、タッカーの間の抜けた声で目を覚ます一行。すでに星は出ていないものの、太陽すら見えていない空。

「うぅ…、まだ夜明け前じゃねぇかよ…」

「1日かけて砂漠を渡るんですからねぇ。明日の朝市に間に合うにはどうしても今の時間じゃなきゃいけないんですよ〜」

 寝ぼけ眼をこすりながら言うギコラスに向かってきっぱりと言い放つタッカー。まだ半分寝に入っているモナクセルとモランズを起こしながら、彼は口調とは正反対のてきぱきした態度で言った。

「ほらほら、早いとこ荷物まとめてぞぬ車に乗って下さいよ〜」

「いようお前ら。遅かったんじゃネーノ」

 ぞぬ車の前では、ネーストルがすでに3人を待っていた。ようやく目が覚めたらしいモナクセルが、驚きつつ言う。

「あれ、ネーストルさんも付いて行くんですかモナ? そういえば、モナ達と出会った時も、タッカーさんと一緒にぞぬ車に…」

「当然じゃネーノ。主に俺ら5人の財政は俺がまかなってるんじゃネーノ。タッカーの馬鹿に3日分辺りの食料分の金預けてみろ。即効砂嵐にでも放り出しておじゃんになっちまうんじゃネーノ」

「ネーストルさん酷いですねぇ〜。だいたいアオール唯一の動物使いの僕がギコ族亜種で良かったって思うべきですよ〜。僕も一緒に死んでたらどうなってた事か〜…」

「うだうだ言ってねーで早くゾルヌア連れて来るんじゃネーノ」

 タッカーの反論をぴしゃりと遮るネーストル。3人が苦笑いしたのは言うまでもなかった。

「ネーストルさん強いですね〜。さっきまで僕らを起こそうときびきびしてたタッカーさんが嘘みたいですよ」

 いそいそとぞぬ車の用意に走るタッカーの背中を見送りつつ、モランズが得意の意地悪い笑みを浮かべつつ言う。ネーストルがため息混じりに言った。

「元のギコ族がどうねじくり曲がったらああなるのか小一時間問い詰めたいんじゃネーノ…っと、そうだお前ら」

 思い出したように顔を上げて突然言い出すネーストル。3人が首を傾げた。

「あ? 何だよ」

「あんたらセントラルの冒険者ギルド行くっつってたな」

「そうですけど、それが何か?」

 モランズの聞き返す言葉にすぐには返答せず、ネーストルは懐から何かを取り出した。

「…? 何だよこれ」

「クリスタル、ですか? 赤いクリスタルなんて結構貴重だと思うんですけど…」

「綺麗モナ〜」

 手渡されたのは、赤いクリスタル状の宝石だった。3人がまじまじとそれを見つめる中、ネーストルは簡潔に言う。

「ネーストル・ノーヴェスからの届け物だって言えば取り合ってくれるんじゃネーノ。そこら辺は言えないんじゃネーノ」

「皆さ〜ん、用意できましたよ〜」

 やがて、ぞぬ車を引いたゾルヌアに乗ったタッカーが姿を現した。

「じゃ、とっとと行くんじゃネーノ」

 3人の疑問の目つきから逃げるように、ネーストルはそそくさとぞぬ車に手をかけた。

<セントラル・シティ地方>



「うぅ〜んっ、ひっさしぶりの大都会だぁ〜!w」

 約1日のぞぬ車の旅を終えて、大きく伸びをするモランズ。タッカーがゾルヌアに水を飲ませてやりながら尋ねた。

「もし今日中に用事が済むんでしたらお送りしますが、どうしますかぁ?」

「いえ、用事が済んだらノース・マウント地方に行く事になると思いますから、大丈夫です」

 かぶりを振ってタッカーの誘いを断るモランズ。そうですかぁ、と残念そうにタッカーが言った。

「じゃ、僕達はこれから食料を買いに市場まで行きますから〜。また会えると良いですね〜」

「俺が頼んだ届け物、しっかり頼むんじゃネーノ」

 最後にネーストルがこう釘をさして、タッカーとネーストルを乗せたぞぬ車は、市場のある方角に向かってゆっくりと動き出した。

「…さてと。まずは冒険者ギルド、だよね」

「ああ」

「魂を入れる器の資料を探す、それから…ギルド長への届け物と、話…モナね」

 最後にモナクセルが確認し、そして3人の視線が町の中心部にそびえ立つ、一際巨大なビルに注がれた。



 …セントラル・シティ冒険者ギルド本部。
 
 何かしらの真実は、きっとあそこにある。



「じゃ、行くか!」

「うんっ、行くモナ!」

「ギルド長、いるといいね」

 言葉をかわし、3人は街の中心部を目指して歩き出した。

「いらっしゃ…あらぁ、モナクセルはん達やないの〜!」

 冒険者ギルドの建物内に入った一同を出迎えたのは、のー族の受付嬢の素っ頓狂な関西弁だった。モナクセルがやんわりと微笑みつつ言う。

「ノーラ、ディアナさんも久しぶりモナ」

「確かサウス・デザート地方へ行ってらしたとか。何か功績はありました?」

 のー族の隣に座っていたでぃ族の受付嬢も、ややぎこちない笑みを浮かべつつ言った。



 のー族がノーラ・ベノ・カサイン。でぃ族がディアナ・シィル・ヒューガー。

 2人ともギルド本部で受付嬢やってるけど、ディアナさんはギルド長の秘書もやってるモナ。

 で、ノーラとディアナさんは、かつてのモナ達の仲間・シィラとは仲良しで、シィラが冒険者ギルドに入会したことを知ると、2人は即効受付嬢としてギルドに入会したんだって、シィラから聞いたモナ。

 ギコラスとシィラが問題を起こした時も、2人ともシィラの解雇には大反対だったモナ。

 それと、モナとノーラは幼馴染なんだモナ。

 だから、モナの妹・ガナディーンの事も気にかけてくれて。

 …2人とも、とってもいい人モナ…。



「えぇ、そりゃあもう大活躍でしたよ。それの報告もしたいんで、ギルド長とお会いしたいんです。それと、資料室も使いたいんですけど」

「なかなか大量のご用事ですね。少々お待ちください」

 モランズの胸を張った申し出の言葉にそれだけ返して、ディアナは手元にある電話を手に取り、プッシュホンを押して受話器を耳に当てる。数十秒後、電話口からやや低い男性の『私だ』という声がかすかに聞こえた。

「もしもし、ギルド長室でしょうか。こちら受付です。…はい、冒険者グループナンバー111、ギコラス・イルデ・ヨシュア、モナクセル・マオ・エモナード、モランズ・ショウ・マタリアの3名より、帰還報告と資料室使用許可願いで…」

 ただ淡々と、電話の向こうの相手と会話するディアナ。一同の間に軽い緊張感が走った。

「…は? はい、はい…了解しました。お伝えします。…それでは失礼します」

 少し戸惑いつつもそう返して受話器を置き、ディアナは一同に向き直ると報告した。

「丁度、副長とご一緒に資料室へ参られる所だったそうです。ご一緒に用事を済まされればどうかと」

「「「…え?」」」

 思わず、3人は耳を疑った。ギルド長・フィリップは、いつもギルド長室で資料を見ているか、修練場で誰か別の冒険者と手合わせか自己修練をしているかのどちらかで、資料室にいるのはかなり珍しいことだった。

「ギルド長が進んで資料室へ行くなんて珍しいモナね…しかも、副長も一緒だなんて」

「そやねぇ。でもラッキーやないの。資料調べと報告がいっぺんに出来るねんで?」

「そ、そうモナ…ねぇ」

 ノーラの言葉に賛同しつつも戸惑いを隠せないモナクセル。まぁまぁ、とモランズが声をかけた。

「実際会って話してみれば分かることさ。お届けものもある事だし」

「だな。んじゃ、早速行くか。確か地下だったよな」

 モランズの言葉に賛同し歩き出すギコラス。頷き、モナクセルとモランズも彼を追って歩き出した。

「じゃあノーラ、ディアナさんもありがとうモナ」

「おおきに〜」

「………」

 ノーラは笑って手を振って、ディアナは軽く頭を下げ、モナクセルの言葉に答えた。

 地下まで降りきったエレベーターが開くと、真っ先に3人の視界に飛び込んできたものは、部屋いっぱいに並べられたおびただしい数の本棚だった。本棚の中にはほこりをかぶった本が、地方や年代に分けられ、隙間なく詰め込まれている。

「うっぷ…何時来てもほこりっぽい所だぜ」

「まあこれだけ本があるからね。さて、ちゃっちゃと用事を済ませようか」

 不満を漏らすギコラスをなだめつつ、モランズは歩き出した。

「えーっと、とりあえず魂の器関連でセントラル・シティ地方、それからもしもあるなら裏切りの王子関連でノース・マウント地方、っと…」

「それとギルド長も探さなきゃいけないモナね」

 モランズとモナクセルの確認の言葉が無機質に響いた…次の瞬間。



 ピンポーン…シュンッ!!



「お前達も今ついたのか」

「よう、久しぶりだねえ」



「「「…!!」」」

 驚いて3人が振り向くと、今しがたエレベーターから出てきた2人組が、柔らかい笑みを浮かべて立っていた。慌ててモランズが頭を下げ、他2人も軽めに会釈する。

「…お久しぶりです。フィリップギルド長、ツェツーリア副長」

「ああ。…それで、私達に遠征報告だろう? 今回の功績は?」

「あ。その前に…」

 フサギコ族の格闘家・フィリップにそう尋ねられて、モランズは懐から例の預かり物…ネーストルから預かった赤い物体を取り出して、フィリップに差し出した。

「サウス・デザート地方の考古学者…ネーストル・ノーヴェスさんから、ギルド長に届け物です」

「…!?」

 モランズからそれを差し出された途端、フィリップの目の色が変わった。少し戸惑いの色を見せたがやがてそれを受け取る。

「…? どうしました、ギルド長?」

「いや、何でもない。…失礼する」

 モランズの問いにそれだけ答え、フィリップは後ろで控えていたつー族のシーフ・ツェツーリアに目で合図を送って、無言で歩き出す。そして、何が何だか分からない一同とすれ違った時に、ぼそりと呟いた。



「…後で、修練場で待つ」



「「「…え?」」」

 3人の疑問符に答えず、フィリップはツェツーリアを率いてさっさとエレベーターに乗ってしまった。

「…何なんだ、ありゃ?」

「ギルド長も調べ物するんじゃなかったモナ…?」

「さあね…とりあえず赤いクリスタルは渡せたし、資料探そうか」

 モランズの言葉に頷き、一同は資料室内に散った。

「ギコラス、モランズ!!」

 資料を探して手分けしてから数時間後。モナクセルが一冊の本を手に、2人の元へ駆けてきた。本の表紙に「セントラル・シティ地方歴史的古物の書」とある。

「何かあった?」

「うん! えーっと…あ、ここモナ!」

 モランズの問いに頷き、モナクセルは本のページを開く。そこには古びたカンテラらしきものが写った写真が貼られていた。モランズが写真の下に記された説明文を読み上げる。

「何々。『スピリッツランプ』、霊体を封じ込め運搬する用途とする。その輝きは封じ込められた霊体の霊力が強ければ強いほどその力を増すと言われる。セントラル冒険者ギルド地下宝物庫にて保存。宝物持参冒険者名、フィリップ・サフ・ダッカーラ(当時シルバークラス)…おぉ、確かにそれっぽいね!」

「でかしたなぁ、モナクセル!」

 ギコラスに肩を叩かれ、モナクセルは嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。

「てへへ…あ、そういえば王子様の事は見つかったモナか?」

 モナクセルに尋ねられたモランズが、複雑そうに、それがねぇ、と答えた。

「とりあえず家計図は調べてみたんだけど、ギコルド・ハーニア・アーラス、って名前なんて何処にも無かったよ。王室内は勿論親戚とかにも無かった。裏切りの王子って文面も何処にも無かったね」

「ギコランドの奴が言ってたこと本当だったんだな。胡散臭ぇけど」

 世間にその存在を公にされなかった人物、裏切りの王子・ギコルド。ドランが話したことは、確かに真実。それを知っただけでも、今の3人にとっては大きな収穫だった。

「さあて、じゃあ行こうか、修練場」

「大丈夫かぁ? ギルド長、なんか様子変だったぜ?」

「何か、嫌な予感するモナ…」

「確かにね。でもこのままじゃ進展もへったくれもあったもんじゃないよ」

 ギコラスとモナクセルの言葉に賛同しつつも、あえて前向きに答えるモランズ。2人が苦笑いした。

「そう…モナ、ね」

「…おう」

「そうそう。何事も前向きに、ね」

 軽い気持ちでそう答え、モランズはエレベーターのボタンを押した。



「待っていたよ、3人とも」

 エレベーターが開いたとほぼ同時に、修練場内に響くフィリップの声。3人はただ無言で、2人の近くまで歩く。

「…では早速聞かせてくれ。サウス・デザート地方で遭遇した、出来事について」

「…はい…でも、その前に」

 頷き、モランズは真剣な表情で目線をフィリップに合わせたまま、強い口調で言った。

「教えてくれますよね? 僕達が貴方に渡した赤いクリスタル、そして…貴方達とネーストルさんの関係について」

「………」

 フィリップは答えない。モランズは更に続けた。

「ネーストルさんは僕達にそれを託した時、深くは話さなかった。それにネーストルさん達は、貴方と副長が『滅びの少女』に…いいえ、彼女を守る飛竜に敗れたことを知っていた。…これが偶然だとすれば、世界は実に都合のいい回り方をしているんでしょうね?」

「…お願いしますモナ、ギルド長」

「俺たちは彼女に会って、彼女に希望を託されました。その希望を裏切っちまうのは嫌なんす。…何でも良い、どんな小さなきっかけでも良い! …話してください」

 モナクセルとギコラスも続いて語りかける。フィリップも彼の後ろに立つツェツーリアも、無言のままだった。



「…ツェツーリア」

「…あいよ」



 突然、フィリップがツェツーリアに何かを命じた。何事かと思った、その時。



 シュッ………ザグッ!!



「っつ…!」

「「ギコラス!?」」

 突如として3人の目の前からツェツーリアの姿が消え、そのほんの数秒後、彼女はギコラスの腕を両手に持ったナイフで斬りつけていた。慌てて他2人がギコラスに駆け寄る。

「副長…それ、修練用じゃないじゃないですかモナ!」

「…腕ぶった切ってやらなかっただけ感謝するんだね。…いいかい、あんた達」

 ナイフを両手に持った体制のまま、3人を睨みつけるツェツーリア。彼女の背後で、フィリップは無言だった。

「あんた達は滅びの少女伝説に関わるんじゃないよ。…これはあたしらの問題だ」

「…関わって欲しくない何かがあるんですか?」

 モランズが静かに問いかける。フィリップが前に出て…両手に、鉤爪がついたメリケンサックをはめた。

「何も答えることはない」

「では、そろそろその物騒なものを片付けて頂きたいんですけれど?」

「…必要だから出しているのだ」

「「「!?」」」

 フィリップが放った一言で、一同が目を見開き…そして。



 …ドズッ!



「が…っは…!!」

「「ギコラスっ!!」」

 先程と同じように突然フィリップが視界から消えた直後、ギコラスの腹部にぶち当たった、重い一撃。くず折れたギコラスを介抱しつつ、モナクセルとモランズは焦った。

(ヤヴァイ、これマジでヤヴァイっ! 2人とも本気だ…!!)

(モナ達…ここで殺される…モナ…!?)

「どうせ我々が返しても、お前たちは我々に極秘で調査を進める事は目に見えている。…それに滅びの少女は我々が調べるべき事。…消えて、我々の障害物から取り除かれるんだ」

 ただ淡々と語るフィリップ。焦りつつも、モナクセルは治癒術をかけようとギコラスを抱き起こした。

「し、しっかりするモナ、ギコラス! 今…」

「回復などさせぬ」

 モナクセルの声を遮るフィリップの声が冷たく響き、途端に彼は素早い動きでモナクセルの前に現れて。



 ドガッ!



「ぁ…ッぐ…!」

「モナクセル!!」

 次の瞬間、フィリップはモナクセルの背中を、同じく鉤爪のついたブーツを履いた足で強く踏みつけていた。

「…殺すつもりですね。僕達を」

「お前達のような優秀な人材は手放したくはなかったが、真実を知ってしまったからには…な」

 杖を持って身構えたモランズに向かって冷たく言い放つフィリップ。途端、ツェツーリアが素早くモランズの首にナイフを押し付ける。

「ッつ…」

「ぅ…、モラ…ン、ズ…っ…」

「これ以上無駄口叩いてみな。その首ちょん切ってやる」

 モランズの黄色い肌に流れる一筋の血。かすれた声でモナクセルが彼の名を呼んでいたのが良く分かった。

 しばらくの沈黙の後。モランズは、皮肉るように…口を開いた。

「…実に…、滑稽ですね」

「…何?」

 そう言われた フィリップの目の色が変わる。構わず、モランズは続けた。

「こんな風に、自分達の目的しか目に見えてなくて。その目的を阻止、あるいは真似事をしようとする人は徹底的に排除する。…どこぞの裏業者と何ら変わらないじゃないですか」

「………」

 フィリップは答えない。尚も続けるモランズ。

「僕達が出会った滅びの少女…シィリア・ニィ・アオール姫は、自分と駆け落ちした王子と再び会うことを強く望んでいた…血生臭い戦いは到底望まない、心優しい姫君ですよ。そして姫君に近づいた僕達を丁度、今のギルド長と副長のように…排除しようとした飛竜を、彼女は止めた」

「…何が言いたい」

「結論は、こうですよ」

 少し怒りの声量を含み始めたフィリップに向かって、モランズは言い放った。 

「血の匂いにあふれた悪人になんか、姫君は出会ってはくれない。…貴方達のような、ね」

「ッ!!」

 途端に、顔色が怒りの形相へと変貌したフィリップ。…直後。



 ヒュッ…ガッ!!



「んぐ…ッ!!」

「けほ…ッ、モランズ…!!」

 素早く動いたフィリップの片腕がモランズの首を掴み、そのままモランズは宙に吊り上げられていた。ようやく開放されたモナクセルがどうにか顔を上げつつ叫ぶ。

「…例えお前達が何を言おうと、我々の方針は変わらない。滅びの少女は…我々が調べるべき伝説…。お前達には何ら関係を持たぬ事柄…」

 冷ややかに言うフィリップの握力が、更に強まった。

「…っ…かは…っ」

「安心しろ。3人まとめて排除するのだ…来世で会える」

「悪く思わない事だね。これもあたしらの事に関わりすぎた罰、ってモンさ」

 2人の声が、凛と響いた…その時だった。



『…やはり、こやつら3人のみには任せておけなかったようだ』




「…!? 誰だ!!」

 驚いてモランズの首から手を離し、叫ぶフィリップ。

「けほっ、けほっ…え、この、声…!」

「まさか…!?」

 気絶したギコラスを介抱しているモナクセルも、辺りを見回す。…そして。



 ガッシャァァァン!!!



 突然、部屋の窓ガラスが粉々に割れ、そこに1人の猫型AAの姿があった。

「ド…じゃなかった、ギコランド!?」

「如何してここにいるモナ?」

「姫君の第6感は正確。我は姫君の命で来た」

 モランズとモナクセルの驚きの声量を含んだ質問に、さらりと答えるギコランド。それから、彼はモナクセルに介抱されているギコラスを見ると、言った。

「何をしている、早くその剣士を癒さぬか」

「え、あ、はいモナ!…とりあえず皆回復しておくモナ」

 慌ててモナクセルは、手を掲げて目を閉じ、唱えた。

「我等に癒しの輝きを与えよ!治癒術!『ワイドヒール』!!」

 モナクセルがそう唱えると、白い輝きが3人がいる場所を包み、やがてギコラスはゆっくりと目を開けた。

「…ぐ…う…っ」

「大丈夫モナ、ギコラス?」

「…おう、何とかな…って。何でギコランドの奴がいるんだよ?」

「僕も何が何だか分からないんだよ…でも、彼のおかげで命拾いしたんだよ、僕達」

「…だな」

 ギコラスが目覚めたのを確認すると、ギコランドはフィリップの方を睨むと、言い放った。

「我、ギコランド・ランギュースを忘れたわけではあるまい。フィリップ・サフ・ダッカーラ、そしてツェツーリア・ヒャーリ・ダッカーラ」

「ああ。とても良く、な」

「おかげ様で、ね」

 皮肉るように返す2人。何が何だか分からない一同をほったらかし、話はどんどん進んでいく。

「貴様が思っている通りだ。私はつい最近、研究を完遂させた。…そう、貴様を含むギコ族を…そして私を含む一部の亜種を除いたギコ族を、何の痕跡もなく殺める研究を」

「その功績が、先日の滅びた街、というわけか。しかも自らの手で街の姿すらも消したとは。実に滑稽なり」

「「「…!?」」」

 驚きのあまり言葉を失う3人を眼中に入れることもなく、更に続けるフィリップ。

「私は貴様が許せなかった…だから私達はあの日戦いを挑みに行った。…しかし、私達は負けた。…普通の冒険者ならばすぐその場で食い殺すものを、何故我々は生かした?」

「お前達は我が今まで対峙してきた冒険者どもとは…雰囲気が違う、と言うべきか。そう、何かがそんじょそこらの冒険者とは明らかに違っていた。殺すのは、惜しい。だから我はお前達を生かした」

「…ふん。実に…面妖なことだな」

 鼻で笑いつつそう言うと…フィリップは…言い放った。



「5年前この街に飛竜の姿で降り立ち、あの者の妹を含む…大勢の人物を殺めた貴様に…生かされるとは」

「…ぇ?」

「まさか…っ!?」

 モナクセルが、モランズが…驚きのあまり発した声を聞き流して、フィリップは尚も言い続けた。

「私と彼女の家族もみな…貴様が起こした事件によって亡き者となった。…私はその復讐をしているのだ。例え街1つ丸ごと犠牲になろうと、私は貴様を殺す為ならば何でもする。その結果が、数日前の事件…なのに何故…貴様は死なぬ!?」

「当然だ。我は飛竜族。ギコ族ではない。この姿はAAたちの目を欺く為の仮の姿」

 そう言い放ったギコランドの背中から大きく広がる、元の姿の…ドランの翼。その姿を見た途端…モナクセルの細い目が大きく見開かれた。

「ぁ…っ、あの、翼…!!」



 紛れもなく。

 あの日、セントラル・シティ上空を舞っていた竜の翼。



「モナ…クセル?」

「………」

 モランズの問いかけにモナクセルは答えなかったが…やがて。



 …ヒュンッ…



「…む?」

 次の瞬間勢いよく放たれたその矢を軽々と素手で掴み取って、ギコランドはその矢を放ったAA…モナクセルを、疑わしげな目で見た。

「なっ…モナクセル!?」

「…ないモナ」

 ギコラスとモランズの手を振り払って立ち上がり、モナクセルは驚くほど低い声でぼそりと呟いた。

「何…?」

「…許さ、ない…モナ」

 今度ははっきりと言い放つモナクセル。次の瞬間、モナクセルはギコラスの手から剣を奪い取っていた。

「あ、おい、モナクセル!?」

「ちょっと、いきなりそんな事…!!」

「2人は黙ってるモナっ!!」

 普段の彼からは全く想像も付かないような、悲痛な絶叫。思わず絶句するギコラスとモランズを尻目に、モナクセルは言った。

「2人とも、昔言ってたモナよね。2人とも家族が全員冒険者で遠征中に死んで、2人とも孤児院で育った、って。…モナはちゃんと家族と…ガナディーンと一緒だったんだモナ…、だから2人とも、モナの気持ちなんか分からないモナ…っ!!」

「…モナクセル…!!」

「んな訳あるかモナクセル! 俺達は…っ!!」

 モランズとギコラスの言葉を無視し、モナクセルはギコランドに向き直った。

「…ガナディーンの…仇モナ…!」

「…貴様に、とれるか? 我が首を」

「…っ!!」

 ギコランドの言い放った言葉でとうとう感極まり、モナクセルは怪しい手つきではあったものの剣を構え。

「うわぁぁぁぁぁっ!!!」

 そのままギコランド目がけて突進していた。後ろからのギコラスとモランズの声など、全く耳に入っていなかった。

「…愚かな」

 冷ややかに言い放つと、ギコランドは手を上げた。



 ガシッ!



「…なっ…!?」

「す、素手で…剣を受け止めやがった…!?」

 モランズが、ギコラスが…驚きの声を上げる。ギコランドの片腕が、剣の刀身をがっしりと受け止めていた。

「…ぁ…っ」

「…やはり、甘いな。貴様に、我が首は取れぬ」

 冷酷に笑うと、ギコランドはそっとモナクセルの腹に手をかざすと…唱えた。



「…消し飛べ。雷術(らいじゅつ)…『ピカル』」

 ズガァァン!!



「ぐあぁぁぁぁっ!!」

「「モナクセル!!」」

 そう唱えた途端閃光が走り、途端にモナクセルは吹き飛んでいた。2人が慌ててモナクセルの側に駆け寄る。

「今の…モランズも使えたよな…!?」

「うん…、それもちょっと念じただけですぐ発動するなんて…! 僕は詠唱時間が結構あるのに…」

 2人とも驚きを隠せなかった。フィリップとツェツーリアが敗れたのにも、これを見せ付けられれば頷ける。

「あ…っぐ…ぅ…」

「今のを喰らって気絶しないとは…なかなか」

 ふっと笑うと、ギコランドはフィリップに向き直って、言った。

「…復讐ならば…嘆きの砦で受けて立とう。我は何年でも待つ…そして、調査は彼らに任せる。貴様の出るべき幕ではない」

「っ!! な、そんな勝手な言い分が…」

「勝手なのは貴様だ」

 きっぱりと言い放つギコランド。フィリップがぐっと黙り込んだ。

「あの魔法使いの言うとおり、姫君は貴様のように…街1つ滅ぼしてまで我を殺める事にこだわる者には…出会いはせぬ」

「…っ」

「あの3人は自分らの力を、我らを救うために使おうとしている。…機会を与えろ、冒険者の上に立つ者なのならば」

 最後にこう言い切ったギコランド。しばらく黙り込んでいたが、やがてフィリップは顔を上げた。

「…仕方あるまい、了承した。暇が開いたら、何度でも行ってやる…今度こそ貴様を殺す為に」

 きっぱりと言い放つフィリップ。微笑すると、ギコランドはモランズたちのほうを向くと言った。

「今の言葉、そこで伸びておる者にもしっかり言って置け」

「分かりました。…でも、彼に討たれるのは期待しない方がいいですよ。…彼は、優しすぎるから」

 モランズの言葉を聞いたギコランドは笑みを浮かべつつ、翼を大きく広げて、先程自分が割った窓から飛び降りた。



「…お前達の誠意は良く分かった。…何が望みだ」

「…、とりあえず…モナクセルと話す時間を下さい。…話は、その後です」

 モランズの言葉に無言で頷き、フィリップはツェツーリアを率いて別の部屋へ立ち去った。それを確認し、モランズがモナクセルを抱き起こす。

「モナクセル。…大丈夫?」

「おい、しっかりしろゴルァ」

「モラ、ン…ズ…、ギコラ…ス」

 しびれる身体をゆっくりと起こして、身体を起こすモナクセル。

「ごめん、モナ…。モナ、2人に…酷い、事…」

「「………」」

 そう言われて、2人とも黙り込んだ。

 僕達には家族がいないから、僕達に自分の気持ちなんか分かるわけない。…そう、言われたんだったっけ。

 …僕とギコラスの両親は冒険者。遠征中、魔物に襲われて死んだって聞いた。その後、僕達は孤児院に預けられた。

 でも、モナクセルは僕達と同じように両親がいない代わりに、…妹がいる。

 ガナディーンさんといつも仲が良かった分、5年前の事件の時のモナクセルは、見ててとっても痛々しかった…。

 それに…羨ましかった。家族って呼べる人が、いる事が。…でも。



 …だからこそ、僕達は…。    



「…大丈夫だよ、モナクセル」

「…え」

 モランズに優しく言われ、モナクセルが顔を上げた。

「家族がいないから、分かるんだ。モナクセルがガナディーンさんを亡くした気持ち…それにね。今の攻撃で、もしも君が死んでしまったとしたら…きっとガナディーンさん、ものすごく悲しむと思うから…」

「俺達親友だろ。…んな悲しい事言うんじゃねぇよ、ゴルァ」



 ギコラスに、げんこつで軽く額を叩かれたことで。

 モナクセルの心の中にある何かが、ぷつりと切れた。



「う…ぁ…わぁぁぁぁっ…!!」



「………」

「大丈夫…、大丈夫、だから…」

 ずっと、ずっと。2人は、彼の側にいた。

「…そろそろ、いいか」

 はっとした3人が顔を上げると、フィリップとツェツーリアが立っていた。もう戦闘意欲は感じられないのに、ほっと安堵する。

「…申し訳ありません、ギルド長。…貴方達のやったことを、無駄にしてしまって」

「構わぬ。…かつてのお前達のチームメンバー…クレリック…シィラ・ハニャベルハングの件を思い出すな」

 モランズの謝罪の言葉にかぶりを振って返し、回想を懐かしむようにフィリップは言った。

「お前と…ギコラスと共に、冒険者ギルドの宝物庫に潜入して、調査に必要だったものと思われる宝物を持ち出し…。結果として2人とも解雇処分になることになったが。自分ひとりで十分だと、彼女は我々に懇願した。ディアナとノーラとか言う受付嬢が必死に彼女の解雇に反対していたが…刑罰は必要。お前には援助断ち切り、彼女には解雇…と」

「………」

 黙るギコラスの前に出て、モナクセルは少し涙声で言った。

「ギルド長。…モナは5年前、大事な人を…ガナディーンを守れませんでしたモナ。…そして…シィリア姫も、大事な人に会いたいと願ってますモナ。…ガナディーンにはもう決して会えないけれど…丁度今、昔のモナのような人が、いるから…モナは…いえ、モナ達は…力になりたいんですモナ!」

「僕達、先程まで地下の資料室で、あるものを調べていました。宝物庫に、魂を入れる器…正確にはカンテラですけど…「スピリッツランプ」が収められているんですよね? …シィリア姫を救う為には、それが必要なんです」

「無茶な願いかもしれません。でも、譲って欲しいとは言わない! …少しだけ、シィリア姫の願いを聞き入れる間だけ…俺達に、預けさせて下さい」

 モランズも、ギコラスも…モナクセルに続いて言う。ふぅむ、と、フィリップが考え込んだ。

「確かに、無茶だな。…宝物を持ち出すには、それなりの手続きが必要になる。それが通るまでにはそれなりの日にちがかかる…。それぐらい知っているだろう、お前達のようなゴールドランクの者なのならばな」

「「「………」」」

 フィリップの言葉にも動じず、真剣な目つきでフィリップに対峙する3人。ツェツーリアが笑った。

「手続きすっ飛ばして貸しちまっても良いんじゃないかい? あたしは知ってるんだよ、フィリップはこういう目つきにはめっぽう弱い、ってね」

「………」

 彼女にそう言われたフィリップはしばらく面食らったような表情をしていたが、やがてふっと微笑すると、言った。



「…手続きは要らぬ。ディアナとノーラには私から言っておく…勝手に持って行け」



 そういわれた途端に、3人の顔がぱっと明るくなった。

「…!!」

「本当ですか!?」

「…ああ…ただし、この件が終わったらちゃんと返却するように。ギルド内の備品だからな」

「「「はいっ!!」」」

 屈託のない笑顔で大きく頷き、3人は足早にエレベーターの方にきびすを返した。

「…凄いよ。フィリップ」

 閉じたエレベーターを見送りつつ、ツェツーリアがぼそりと呟いた。

「…? 何がだ」

「やっぱりフィリップは、凄いよ。あたしなんかよりも、ずっと凄い。…こんな凄い人材を育て上げたんだからな」

 そう言われ、フィリップは微笑し、かぶりを振った。

「俺は何もやっちゃいない。…全部連中が勝手にやったことだ」

 一人称すらも変わった先程よりも優しい口調でそう返答し、フィリップはエレベーターに視線を戻すと…祈るように、言った。



「ギコラス・イルデ・ヨシュア、モナクセル・マオ・エモナード、モランズ・ショウ・マタリア…、…健闘を祈る」



「…来たか」

 冒険者ギルドの前で、ギコランドは3人を待っていた。彼の姿を目に留めたモナクセルが、慌てて前に出る。

「ぎ、ギコランドさん…ごめんなさいモナ、いきなりあんな事して…」

「構わぬ。むしろ願ってもない事だ。…我は貴様の仇なのだろう? ならば遠慮なく受けて立って進ぜる。この件が終われば…いつ何時でも、な」

 当然のように、確認するようにさらりと答えるギコランド。モナクセルがいいえモナ、と、首を横に振った。

「モナの妹やギルド長の家族が死んだのは、単なる事故なんですモナ。ギコランドさんのせいじゃない…それに、貴方がモナの仇にあたるのなら、きっとモナは世界中の飛竜族が仇にあたると思いますモナ…だから」

 俯き加減でそう言うと、モナクセルは顔を上げて笑いつつ、きっぱりと宣言した。



「モナは、貴方を恨まない事にしますモナ。…ギルド長のように、目的のために誰かを傷つけたくは、ないから…」

 少し面食らったような顔をしていたが、やがてギコランドは頷いた。 

「…そうか…、良かろう」

「成長したね、モナクセル」

 モナクセルの肩に手を置いて、にっこりと微笑むモランズ。モランズが照れくさそうに笑い返した。



「…それで。魂の器は持ち出したのか」

「ああ。ばっちりここにあるぜゴルァ」

 ギコラスが誇らしげに頷き、かばんの中から何かを引っ張り出した。

 あの資料に載っていた写真とそっくりそのままの姿の古びたカンテラ、…スピリッツランプ。

「…ほう。確かになかなか強い霊力を感じる」

「じゃあ、これがやっぱり『魂の器』モナ…ね」

「この中に、ギコルド王子の魂を入れて、シィリア姫に渡せばいいんですよね?」

「その通りだ。…我もついて参る。ノース・マウント地方、だったな」

 モナクセルとモランズの確認の言葉に頷き、改めて宣言するギコランド。3人も了承した。すると、突然モランズが何かを思い出す。

「あ、…っと。確か今の時期、ノース・マウント地方には…あれ、いたっけ?」

「あん? …げ。そういやそうだった」

「うぇ〜、また氷像にされ掛けるのはいやモナ〜…」

「…? あれ、とは?」

 モランズの言葉で途端に嫌な顔をするギコラスとモナクセル。ギコランドだけが首を傾げつつ尋ねた。

「知らねぇのか? …今の時期、ノース・マウント地方には、出んだよ」

「そうですよ。…冒険者ギルド認定危険度ランク・S…」



「氷属性の飛竜…氷晶竜(ひょうしょうりゅう)がね」

 モランズにそう言われ、ギコランドは脳内の記憶を巡らせて、やがて思い出して返す。

「氷晶竜…あぁ、我も噂でのみ聞いている」

「えぇ。貴方と同じように、鋭い爪と牙や巨大な翼、強靭な鱗を持ち…、その口から吐かれる氷の息は、炎すらも凍らせると言います」

「俺達、ちょっと前ノース・マウント地方に遠征しに行った時に戦ったことあったんだが、ありゃあ圧倒的だったぞゴルァ」

「偶然別の冒険者が通りがからなかったら、今頃モナ達凍え死んでたモナ〜」

 頷きつつ答える3人。当時となってはいい思い出らしい。少し呆れつつも、ギコランドは胸を張って言った。

「…我らが種族「飛竜」の亜種なのだろう? 氷属性なのならば、火属性の我の方が有利。…嵐になっていなければ、我が飛んで相手する」

「お願いします。一応僕とモナクセルで援護はしますから…それじゃ、出発は明日で良い?」

「おぅ」

「良いモナよ。…あ、それだったら」

 モランズの確認の言葉に頷く他2人。すると突然、モナクセルが何かを言い出した。



「せっかくセントラル・シティに戻ってきたし…ガナディーンに会って来るモナ」



「ああ、それだったら良いよ。僕達、先に宿取っておくから」

「いつもんとこで良いよな」

「うん。ありがとうモナ」

 ギコラスの確認の言葉に頷きつつ礼を言うと、モナクセルは街の外れの方へ走り去っていった。彼の背中を見送りつつ、ギコランドが質問する。 

「ガナディーン…と言うと、我が最初に殺めた、あやつの妹だったか?」

「えぇ。あの2人、本当に仲が良い兄妹でしたよ。僕達とも仲が良かったんです」

 彼の質問に頷き、モランズが答えた。そうか、とだけ返して、ややうつむき加減で黙ってしまうギコランド。するとやがて顔を上げると、突然ギコランドはモナクセルの走り去っていった方角へ駆け出した。

「あ、おい、何処行くんだよゴルァ!?」

「興味がある。我が殺めた少女とやらにな。…あやつの行方ならば、気配と魔力の匂いで追尾可能だ」

 ギコラスの怒声にそれだけ返答して、ギコランドはさっさと走り去ってしまった。唖然と立ち尽くすギコラスとモランズ。

「…、何なんだよ、興味あるって。あいつにとっちゃあ忌々しい思い出だっつーのによ」

「まぁあいつはバトル大好き種族だからね。じゃ、2人のためにさっさと宿とって置こうか。ギコランドさんだったら、モナクセルが案内してくれるだろうし」

「ああ」

 モランズの言葉に頷くギコラス。そして、2人は中心街の方へ歩き出していた。



「…懐かしい…確かこの辺りに降りたのだったな。あやつの気配も強くなってきおる」

 ギコランドが呟く。モナクセルを追っているうちにいつの間にか、街の中心部からかなり遠い場所まで来ていた。すると、彼の耳に聞き覚えのあるニュアンスを含んだ声が飛び込んで来た。

「…ン、久しぶりモナ」

「この口調…あやつか」

 声を頼りに進むと突然目の前が開け、そこに何やら広場があった。元は木造の家だったらしい木の骨組みが見え、その中にうずくまるモナクセルの姿。

 邪魔をするのは忍びない。ギコランドはその場で立ち止まって、彼の背中を見つめていた。

「お供え物何も用意できなくってごめんモナ…こっちも色々あったモナよ」

 2本の枝を組んで縛っただけの簡易な墓碑の前にかがんで、優しげな笑みを浮かべつつ語り掛けるモナクセル。枝に彫られた「ガナディーン・ナーガ・エモナード」と言うAAの名前をいとおしそうに眺めつつ、モナクセルは語り続けた。

「… モナね、サウス・デザート地方で…ちょっとだけ、強くなれたような気がするんだモナ。今まで…モナ、もっとモナが強かったら、あの飛竜からお前を守れたんじゃないかって…ずっと思ってたんだモナ。…だけど…もうそんなこと思わないモナ。…お前にも、ギコラスにも、モランズにも、シィラにも…迷惑かけちゃうし。もうこれ以上、お前みたいな人を増やしたくないから…」

 何処か寂しげな、でも強い口調で言うモナクセル。ギコランドは尚も黙って、彼の言葉を聞いていた。

 やがてモナクセルは懐から、金の十字架を取り出した。治癒術を習っていた時にシィラから貰った、クレリック達にとってのお守り。その十字架を木の墓碑にかざして目を閉じ、モナクセルは唱え始めた。

「…我、長い時を経て再びこの場へ舞い戻りたり。しかし我、再びこの地を離れ、旅立たん」

 その言葉を聴いて、ギコランドは感心していた。

(これは…クレリック一族の祈りの言葉ではないか。仲間から教わっただけとは言え、これまで習得していたのか)

「我は祈る。天に召されし我が血族、我この地離れし時、いつ何時も安息の眠りにつく事を。そして我ら血族、そして汝が友の記憶・そして脳内に、いつ何時も汝の姿在りし事を。かの者、ガナディーン・ナーガ・エモナード…ここに永久の安息を誓う。ネ申よ、かの者を汝の懐にて永久に眠らせたまえ」

 最後にそう唱えて金の十字架を元通り懐にしまい込んで、最後に、行って来るモナ、と言い残して立ち上がるモナクセル。そして振り返ったときにギコランドの姿を目に留めて、驚きの顔をした。

「あ。…ギコランドさん、来てたんですかモナ?」

「…うむ。不愉快だったのならばすまなかった」

「いえ。…ひょっとして聞いてましたモナか? …今の」

 ギコランドの言葉にかぶりを振って、モナクセルは少し照れくさそうに尋ねた。黙ってギコランドが頷く。

「確かお前の治癒術は、あのギルドを解雇された仲間に習ったと言っていたな。…あの言葉もその時に?」

「はいモナ。…この十字架は、シィラがセントラル・シティを去る時にくれたんですモナ。私の変わりにガナディーンに祈って欲しい、って」

 ギコランドの質問に頷き、十字架を再び取り出すモナクセル。そうか、とだけ答えて、ギコランドは言った。

「他の2人に合流するのだろう。我はこの街には不慣れだ。「いつもの宿」とやらに案内しろ」

「あ、そうだったモナ! …分かりましたモナ」

 慌てて頷き、十字架を再びしまい込んで、最後にあの古びた墓碑を1度だけ省みてから、モナクセルは歩き出す。彼の後を追いながら、ギコランドは心の中だけでそっと呟いた。

 冒険者ギルドでの、モナクセルの自分へ向けた憎しみの表情を、何度も脳内で反復させて。

 普段の、飛竜の…「ドラン」の…心で。

(…あの日、我が暴走さえしなければ…あやつは我に怒りの矛先を向けずとも済んだのだろうか?)



(…もしも…我がこの道中で瀕死になりうることがあれば…、…その時は…我は…)

 モナクセルとギコランドの2人が「いつもの宿」に着くと、フロントにギコラスの姿があった。

「ようモナクセル、お帰り」

「あ、ギコラス…。…ただいまモナ」

 少し寂しげな口調で返すモナクセルを怪訝に思い、ギコラスが首を傾げた。
 
「…? どうした?」

「え? いや、別に…、モランズはどうしたモナ?」

「ああ、あいつなら部屋に入った途端ぶっ倒れて寝ちまったよ。ギルド長から受けたダメージが今来たみたいだな」

「…そうモナか」

 それだけ言って、やがてギコランドの方に振り向くと、モナクセルは言った。

「ギコランドさん、いつもの部屋に案内するモナ」

「ああ」
 
 小さく頷いた後、ギコランドは顔つきを突然険しいものに変えて、モナクセルに問うた。

「…時に。貴様は無事か。何やら沈んでおったようだが?」

「…え」

「な、お、お前なぁ!! 今この場で聞くようなことじゃねぇだろがゴルァ!!」

 モナクセルの急に弱くなった声に続いて、ギコラスの怒声が響く。まあ待て、とギコランドがギコラスを制した。

「我は貴様の怒声を聞きたいのではない。こやつの事情を聞いておる」

「分かってるけどっ! いきなり聞くんじゃねぇっつってんだよ俺はっ!!」

「静かにせぬか。他の利用客が驚いておるぞ」

 そう言われてはっと辺りを見回すギコラス。AAたちが何事かと、3人に疑わしげな視線を向けていた。ようやく気づいたか、とギコランドが呆れる。

「では貴様の要望通りこの場は離れようではないか。もう1人の魔法使いも、そろそろ目覚めておる頃だ」

 そう言い、ギコランドはモナクセルに自分を案内するよう促す。無言で頷き、モナクセルはギコラスを率いて歩き出した。



 しばらく歩いてたどり着いた客室。古びた扉を開けると、4つあるベッドのうちのひとつにモランズが腰掛けていた。

「あ、お帰りモナクセル」

「モランズ…大丈夫モナ?」

「ああ、ギコラスから聞いたの? 大丈夫、ぜんっぜん平気」

 モナクセルに心配そうに尋ねられて、モランズは胸を張ってこう答え、その直後急に真面目な表情になると、聞き返した。

「それよりさ。…モナクセルも大丈夫? まだ頭の中、こんがらがってない?」

「…我もそれが聞きたかった」

「…え…」

 そう尋ねられて、ギコランドも賛同して…モナクセルはやっと、自覚した。

 ギコランドさんは…ガナディーンの、仇。

 その仇が、今だけ…モナ達の仲間として、今ここにいる。

 確かに昔のモナだったら…絶対許さなかったモナ、こんな事。

 モナの妹だけじゃない、多くの生命を奪った人が、側にいるなんて。

 …だけど。

 今の、モナは…。



「…、…大丈夫モナ」

 少し考えた後、モナクセルはきっぱりと断言した。

「そりゃ、ちょっとだけ混乱してるけど…もう平気モナ。…シィリア姫を救うために、今は進むしかない…だから、モナは…」

「分かった、もう良いよ」

 言いかけたモナクセルの台詞を止めて、モランズが笑った。

「僕もギコラスも…、分かってるから」

「…モランズ…、…ありがとうモナ」

 照れくさそうに笑うモナクセル。ずっと黙っていたギコラスが口を開いた。

「…そろそろ寝ようぜ。時間が遅いし…俺、流石に疲れちまった」

「では…我は夜風に当たって参る」

 ギコラスの言葉に頷く一同に向かってそれだけ言い残して、ギコランドは窓から身を乗り出すと…飛竜の翼を広げて、飛び立った。

 ………

 ここは…何処?

 真っ暗な…場所。

 何にも見えない。誰もいない。いるのは、僕、だけ。

 そして、何故だか…とてつもなく、暑い。

 …違う。サウス・デザート地方のような、太陽の熱じゃない。…炎の、熱?

 嫌な予感がした。…嫌だ、進みたくない。確かめたくない。

 でも、僕の足は留まる事を知らず、熱源に向かって歩みを進めていく。

 ………

 やめろ。行くな。僕をこの先に向かわせるな…見たくない!!

 その願いもむなしく、僕は僕自身の意思に反して、歩いて。

 …やがて、闇が、一気に晴れた。



「…ぁ」

 まさに、地獄絵図だった。

 燃える家。炎で赤く染まった夜空。焼け焦げて血に倒れ付す人々。むせ返るような…血の匂い。

 そして、倒れる人々の中心で。

 小さな魔法使いの少年が、火の魔力を帯びた、小さな杖を片手に。

 邪悪な微笑で、ただそこに立っていた。



 …あれは…

 …僕…?



「…うわぁぁあぁあぁっ!!!」

「…っ!!」

 モランズは、覚醒した。

 荒い息を落ち着かせて、ギコラスとモナクセルが未だに熟睡していることを確認して。目を伏せた。

「…っ、…また…この夢…」

 自分がもっと弱かったら、今すぐギコラスかモナクセルでもたたき起こして、まるで子供のようにわあわあ泣いたかもしれなかった。

 でも、そんな事できるわけが無かった。

 今日だって、仇敵を殺められなかったモナクセルを受け入れたじゃないか。

「…、僕は…泣かない」

 決意するように、布団をぎゅっと固く握り締めて、自分とは違った安らかな夢の中にいる親友を、起こさないように。

 静かに、強く。モランズは、呟いた。



「…僕は、強いんだ…強く、あれるんだ。…皆の、中では…」

「ふあぅぁ〜…」

 のん気なあくびと共に、モナクセルは目を覚ました。両隣のベッドで未だに熟睡している2人の親友に苦笑いしつつ、ベッドから身を起こす。

「目が覚めたか、弓使い」

 その声で振り向くと、ギコランドが窓辺に座っていた。

「はいモナ。ギコランドさんは良く眠れましたモナか?」

「心配には及ばん。…そろそろ他の2人でもたたき起こしたらどうだ」

 モナクセルの問いにそっけなくこう返して、ギコランドは翼をしまって部屋の中に着地して。…ふと、何かに気づいた。

「? …おい。同胞の魔法使いの様子が何やら面妖だぞ」

「え? …モランズ…!?」

 そう言われ、モナクセルも理解する。不快な寝汗を肌に滲ませて、唇をぎゅっとかみ締め、眉間にしわを寄せつつ眠りに着くモランズ。…うなされていた。

「無理に起こすと逆効果だ。自然に覚醒するまで待機しろ」

「…はいモナ」

 ギコランドの言葉に頷きつつも、モナクセルは心配でならなかった。

 自分を過去の贖罪から解放した友人の事が、…とてつもなく。



「…モランズ…」

「っ!!」

 やがて、モランズが飛び起きた。モナクセルが慌ててモランズの側に駆け寄る。

「モランズ! 大丈夫モナ!?」

「はぁっ、はぁ…あ、モナクセル。…ギコラスは?」

「ま、まだ寝てるモナ…」

 荒い息をつきながら尋ねるモランズ。モナクセルが、部屋の奥のほうのベッドで大の字になって熟睡しているギコラスの姿を見やりつつ答えた。そう、とモランズが安堵する。

「ギコラスにだけは見られたくなかったからね、こんな姿」

「…モランズ…モナ達に、何か隠してるモナ?」

 モナクセルのこの言葉で、モランズの表情から笑顔が消えた。

「え。…僕が、君達に隠し事?」

「あるんだったら言って欲しいモナ! モランズ、昨日ギルドでモナの事励ましてくれたのに…モナには、何もやらせてくれないモナ?」

 戸惑うモランズをとりあえず無視して、モナクセルは尚も続けた。

「モナ達は仲間だって言ってくれたのはモランズだモナ! それなのに…」

「…それぐらいにしておけ、弓使い」

 2人の会話を黙ってみていたギコランドが、言いかけたモナクセルを制した。モナクセルに疑問の目つきを向けられても、彼は顔色1つ変えずに言う。

「誰にでも詮索されたくない事はあるというものだ。お前だってそうだろう」

「そ、それは…」

「そろそろそこで寝入っておる輩でも起こしておけ」

 口ごもるモナクセルに向かってそう言い、ギコランドはさっさと部屋を出て行ってしまった。



 やがて訪れる、重い沈黙。

「…じ、じゃあ…僕、朝の空気吸ってくるから。ギコラス、起こしといて」

「…分かったモナ」

 沈黙を破ったモランズのやや上ずりがちな言葉に、あいまいに頷いて返すモナクセル。

 ドアノブに手をかけて、最後にそっと呟いて。彼はギコランドの後を追うように、部屋を出た。



「…ごめんね、モナクセル…」



「…え?」

 最後に紡がれたモランズの言葉に疑問符を浮かべた、その時。

「ん…ぅ、…朝か?」

「あ、ギコラス…」

 今の騒ぎで目が覚めたのか、ギコラスが寝ぼけ眼をこすりつつベッドから身を起こした。

「あれ。モランズ、外か」

「う、うん。…」

「? 何かあったのか? 駄目だぞ、何でもかんでも1人で抱え込んじゃ」

「わ、分かってるモナ。…大丈夫モナよ」

 ギコラスの言葉に頷きつつも、モナクセルは素直に喜べなかった。



 モランズの、あの謝罪の心が…脳内に、何度も何度も、反響した。

 2人が落ち着いてから数時間後、3人はギルド長であるフィリップに出発の報告をする為に、冒険者ギルドの執務室にいた。

「それではギルド長。僕達はノース・マウント地方に行って参ります。『滅びの少女』を救う為に」

「うむ、武運を祈る…お、そうだ」

 モランズの言葉に答えたフィリップが、突然何かを思い出したかのように言った。

「確かノース・マウント地方には、シィラが飛ばされていたな。…会いたいか?」

「「「え」」」

 フィリップに尋ねられて、3人とも戸惑いの表情を見せる。微笑し、フィリップは説明をした。

「ノース・マウント地方のギルド調査員の兄弟に預けてある。…まあ、2人ともかなり変わり者だがね…特に兄の方が。まあ、気が向いたら行ってみるのも構わんだろう。ひょっとしたら裏切りの王子について何か知っているかも知れん」

「あ、はい」

「分かりましたモナ」

 フィリップのアドバイスに頷いてから、モナクセルとモランズがふと、黙ったままのギコラスに視線を向けた。

「ギコラス。…シィラのこと、考えてた?」

「え、あ…」

 モランズの質問に曖昧に答えつつ、ギコラスが目を泳がせる。図星かぁ、と、モランズが苦笑いした。

「僕は久々に会いたいな〜とは思ってるけど?」

「モナも会いたいモナ〜」

 モランズに賛同するように、えへへ、とモナクセルが笑う。ギコラスが目を伏せた。

「…俺は」

「あーはいはい、ここで暗くなったってしょうがないだろー。会うか会わないかはギコラスが決めればいいよ。着いてから、ゆ〜っくりね」

「…だな」

 フィリップとの面会を済ませ、ノーラとディアナに挨拶別れをしてから建物を出る3人。屋外でギコランドが待っていた。

「話は終わったのか」

「あぁ。この街からの鉄道で行く」

「鉄道で? しかしこの前、行く途中に龍に襲われたと言っていたではないか。鉄道に乗っていたのに襲われたのか」

「あー…その時は鉄道降りて地方についた後で…トレジャーハントの為に街の外出てたんですよ」

 モランズが苦笑いしつつ答える。ギコランドが呆れた。

「…死にたいのか」

「まさか遭遇するとは思いませんでしたから…」

「そ、そうモナよねぇ」

「…ギコハハハ〜」

 あはは、と乾いた笑い声を立てつつ弁解するモランズの後ろで、モナクセルとギコラスも便乗するかのように言う。呆れ帰ったギコランドが深い溜息をついた。

「まあ次に警戒すれば良いだけの事だな。とりあえず雪山ではあまり遠出はしないほうが良い。遭難しても知らんぞ」

「…肝に銘じておきます」

(…ここまで頼り無くして、良くゴールドランクに昇格出来た物だ)

 心の中でぼそりと呟いてから、ギコランドは促した。

「…我を早く駅に連れて参れ」

 セントラルの駅から鉄道を乗り継いで、数日。

 4人は、雪に覆われたホームに立った。



<ノース・マウント地方>



「さっ、寒みぃぃぃ!!」

「凍っちゃいそうだモナぁ〜、耳が痛いモナぁ〜!!」

 鉄道から降りたその瞬間に、ギコラスとモナクセルが騒ぐ。モランズが苦笑いし、ギコランドが呆れた視線を2人に向けた。

「…お前達は子供か」

「んなこと言われたって寒いモンは寒いんだよゴルァ!! お前こそ砂漠地帯出身のくせに寒くねぇのか?」

「我はお前達のような軟弱者とは違う」

「ほらいい加減にしなよギコラス。ギコランドさんと口げんかして勝てる見込みなんかないよ?」

 ギルドから支給された防寒服を着込みつつ恨めしそうに言うギコラスに向かって、きっぱりと言い切るギコランド。うー、と、ギコラスがモランズに茶々を入れられながら歯をがちがち言わせていた。

「とりあえずこれからどうするモナ?」

「そうだね、とりあえず『裏切りの王子』がいる遺跡っぽい場所について情報を…」

 モナクセルの質問に、顎に手を当てつつモランズが答えようとした…その時。



「今の会話で確定したぞ、弟者。こいつらがギルド長の仰ってた冒険者か」

「そうらしいな兄者」

 やや低めの男性の声が2つ。一同が振り向くと、黄緑と青の身体をした猫型AAの男が2人立っていた。細い目と高い鼻が、どことなくフランクに似ているような気がする。

 モランズが恐る恐る話しかける。

「あの、僕達に何か?」

「時にお前達。冒険者グループ111、ギコラス・イルデ・ヨシュア、モナクセル・マオ・エモナード、モランズ・ショウ・マタリア、だな?」

「「「!」」」

 不意に自分達の名前をすらすらと呼ばれて、ギコランドを除く3人がはっとした。正解のようだな、と、男が微笑した。

「俺はアーニス・ジャイロ・マーヴェラス。セントラル・シティからノース・マウントに派遣されたギルド調査員だ。ギルド長から話は伺っているぞ。…ああ、それからこっちは…」

「兄者…もといアーニスの双子の弟並びに同じくギルド調査員、オットー・ジャンク・マーヴェラスだ。ちなみに俺たち2人は『流石兄弟』とか言う愛称で呼ばれているが、まあ気にするな。とりあえずよろしく頼む」

 黄緑の方・アーニスの台詞を遮って、青い方・オットーが前に出た。アーニスが少しむっとする。

「時に弟者よ。今は俺が喋っていたのだが」

「兄者に喋らせたらある事ない事べらべら喋られて面倒だからな」

 異議を申し立てたアーニスに向かってきっぱりと言い切るオットー。3人は呆気にとられていた。

「な、何なんだよ、この兄弟…」

「おとじゃ、あにじゃ…って、何モナ?」

「今の2人の台詞から察するに、2人のあだ名みたいだね…」

「………」

 ギコランドまでもが呆然としていると、はた、と我に返った2人が平然とした風に4人に向き直った。

「おっと、いきなりすまんな。…時に、そこのトラギコは誰だ」

「…ギコランド・ランギュース。魔剣士だ」

 アーニスの問いに、やや呆れつつ偽名を名乗るギコランド。ほう、と、2人が感心した。

「魔剣士…魔道と剣道2つを共に極めたクラス。未だにそんな面倒なクラスに就いた冒険者がいたとは流石だな、弟者」

「そうだな。…まあ込み入った話は後にとっておくとして、だ」

 アーニスの言葉に賛同してから、オットーは言った。

「俺達の研究所に案内するから、お前達の目的その他についてはそこで聞こう」

「うむ。お前たちが会いたがっている可愛らしい待ち人もいる事だしな」

「!」

 続いたアーニスの言葉で、ギコラスが目を見開いた。思わず、1歩前に出て問い詰める。

「お、おい。それって、まさか!」

「弟者が込み入った話は後、と言ったはずだが何か」

 言いたいことを言おうとする前に、アーニスにぴしゃりと遮られる。

「まあとりあえず、行くぞ」

 オットーがそう促し、2人が並んで歩き出す。慌てて一行も後を追った。

 ギルド調査員を勤める双子の兄弟・アーニスとオットーに連れられて、一行はアーラスの街へと通じる街道を歩いていた。

「…、…なあ、アーニスさん」

 重い沈黙を破って、ギコラスが恐る恐る先頭に立つアーニスに話しかける。アーニスが振り向いた。

「時に、どうした」

「…シィラの奴、お前ら家族が引き取ってるんだろ。…あいつ、どうしてる?」

 躊躇いつつも、思い切って尋ねるギコラス。アーニスが少し眉をひそめたが、やがて表情を元のポーカーフェイスに戻して、答えた。

「お前達と同じ冒険者チームだった時はクレリックだっただろう。そのスキルを生かして、アーラスの教会に勤務して小金を稼いでいるぞ。しかも我々の為に、だ」

「うむ。ギルド長の後ろ盾があるから金の事なら心配するなと言ったのに、居候させてもらう以上は何かの役に立ちたいと言って聞かなかったな」

 オットーも回答する。へぇ、と、モランズが笑った。

「一度言ったら聞かない頑固っぷりは健在みたいだね」

「うんっ、元気そうで嬉しいモナ〜」

 頷きつつモナクセルが笑う。ふと、アーニスが尋ねた。

「確かシィラは問題を起こして解雇されたのだったな」



「…ギコラスよ。お前は彼女を恨まなかったのか?」

「…え」

 いきなり尋ねられて面食らうギコラス。ギコランドを除く他の2人も目を白黒させていた。

「恨まなかったのかって…何でだよ」

「しらばっくれるのは良くないと思われ。何もかもギルド長から報告されているぞ」

 表情1つ変えず言い返し、アーニスはギコラスの瞳をまっすぐに見つめ返して、問うた。

「お前達4人が調査を難していた頃、お前と彼女の2人でギルドの備品を無断で持ち出した挙句、それなりの功績はあったものの持ち出した備品は破損。結果、彼女が解雇…と。…言いだしっぺは彼女だったのだろう?」

「………」

 ギコラスが言葉に詰まっていると、突然モランズが前に出た。

「…ギコラスにはシィラを恨むことなんか出来ませんよ、アーニスさん」

「…ほう?」

 彼の言葉でアーニスが目の色を変えた。構わず、モランズは続ける。

「僕もモナクセルも、断片的にしか聞いてませんけど…それだけではギコラスがシィラを恨む理由にはならない。だって、彼女はギコラスの分まで罪を背負ったんですよ。恨むどころか、むしろ感謝したいんじゃないんですか?」

「感謝なんて甘っちょろい言葉じゃ済まされねぇって」

 モランズの仮定を、ばっさりと否定するギコラス。少しだけ表情を伏せて、彼は続けた。

「むしろ、俺だってシィラと一緒に解雇されるべきだと思ってた。そりゃ、提案したのはシィラだけど…俺だって共犯者だ。俺にはシィラと同じ罪を背負う義務がある。…それなのに、あいつは全部抱え込んじまったんだ」

 やがて顔を上げて、ギコラスはきっぱりと宣言した。



「だから、俺はシィラは恨まない。恨めしいのは、あの時シィラを止められなかった俺自身だ」

「…そうか。そうだな」

 小さく頷き、アーニスは言う。やがて、彼はオットーに話しかける。

「弟者よ。シィラを含めたこの4人、なかなか団結力が固いようだな」

「全くだ。ここまで互いを思いやれる冒険者など見た事がない」

「この心の装甲、コリンズも真っ青だぞ?」

「…兄者よ、それは比べる対象が不味いと思われ」

 冷や汗をかきつつ突込みを入れるオットー。3人が苦笑いした。



「…さて。そろそろ街が見えてくる頃なのだが」

 しばらく歩いた後、突然アーニスが口を開く。おいおい、と、ギコラスが怪訝そうな顔をした。

「まさか迷ったとか言うんじゃねぇだろうなゴルァ」

「違う。このあたりは1本道だから迷う可能性は0.000001%だ…それよりも」

 ぴしゃりと何気に微妙な例えを使ってギコラスの言葉を否定してから、急に真面目な顔になったアーニスが、空を指差す。

「あれが見えるか? 否、見えなければならない」

 そう言われて、4人がアーニスの指し示した方角を見て。…目を大きく見開いた。



 青い竜が、空を舞っていた。

「あれは…!!」

「まさか、氷晶竜かゴルァ!?」

「あの辺り…確か、街の近くだモナ!!」

「…あれがそうか」

 4人が口々に言う中、アーニスが冷静に呟いた。

「時に…弟者よ。何やら嫌な予感がするのだが」

「奇遇だな兄者よ。俺もそう思っていた」

 オットーも冷静に返す。途端にギコラスが血相を変えてアーニスの胸倉を掴み、叫んだ。

「おい!! シィラは今何処だ!?」

「何? 彼女なら今の時間は街の中央の教会にいるはずだが…って、オイお前!! まさかあの竜に突っ込む気か!?」

「俺だけ無い、モナクセル達だっている!!」

「何を言うか!! 無謀も良いところだ!!」

 ギコラスとアーニスの口論に、すかさずモランズとオットーが割って入った。

「時に兄者よ、今は言い争いをしている場合では無いと思われ」

「オットーさんの言うとおりだよ。少し冷静になりなって」

 2人にそういわれ、渋々ギコラスが一歩退く。すると、モナクセルが言い出した。

「でも、シィラが心配モナ! せっかく会えると思ったのに…」

「うん。急がなきゃいけないってのは変わらない、かな」

「よし。ならば我に乗れ」

 モランズの言葉に賛同するように、ギコランドがそう言い出した。ああなるほど、と納得する3人を尻目に、アーニスとオットーが首をひねる。

「ギコランドに…だと?」

「どういう事だ」

「こやつらには見せたくは無かったが、いたしかたない」

 ため息混じりにそう言って、ギコランドは目を閉じた。…そして。



 眩い光が、ギコランドの身体を包み込んで。

 トラギコだった輪郭が、だんだんと猫型AAではないものへと変化して行って。

 光が収まった時、そこには1頭の飛竜がいた。

「け…化身能力だと!?」

「…何と…」

『コレガ我ガ真ナル姿。真ノ名ハ「ドラン」ダ』

 驚く2人にそう説明し、ドランが身を低くした。

「大丈夫モナ? こんな大人数…」

『我ヲ甘クミルナ。早ク乗レ」

 モナクセルの言葉をばっさりと切り捨てて、ドランは再び5人に命令した。

 5人の猫型AAを背中に乗せたドランが、雪を吹き飛ばしながら街道を疾走する。

「うぉぉぉぉっ、速ぇぇぇぇぇっ!!」

「速いねぇぇぇぇぇっ!!」

「ま、前が見えないモナぁぁぁぁぁっ!!」

 ギコラス・モランズ・モナクセルの悲鳴に近い叫び声が、突風でドップラー効果となって反響する。

「悪いがドランよ!! その姿のままでアーラスに入れる訳には行かんぞ!?」

『分カッテイル。街ノ入リ口デ降ロス。後カラ追イ付ク故、オ前達ハ先ニ少女ノ元ヘ参レ』

 アーニスの怒鳴り声に静かに返して、ドランは飛ぶスピードを更に上げた。

『振リ落トサレルデナイゾ』



 しばらく飛ぶと、遠くの方に小さく石造りの門が見えてきた。門を指差して、アーニスが教える。

「あれがアーラスに入る門だ」

『…氷ノ魔ノ力ヲ感ジル。ヤハリアノ青キ竜、氷ノ魔竜ダナ』

 そう呟いた途端。ドランが両足を地面に思いっきりつけて急ブレーキをかけた。

「「「「「うわあっ!?」」」」」

 5人は前のめりになって、そのままドランの上から落ちた。

『シッカリ掴マッテオレト言ッタハズダガ?』

「と、止まるんなら止まるって言えゴルァ!!」

「あ痛たたたたた…」

「モナあぁ〜…」

 涼しい顔でドランがさらりと言う。ギコラスが思わず怒鳴る隣で、頭をぶつけて涙目になっているモランズとモナクセルがいた。

「急ぐのだろう。俺らはギルド長に報告せねばならん」

「武運を祈る」

 服についた雪を払って立ちながら4人にそう言い残して、アージとオットーは街の中へ消えて行った。ドランがゆっくりとギコランドの姿に戻る。

 モランズが立ち上がって、言った。

「僕達も…急がないとね」

「我が魔の気配を追う。黙ってついて参れ」

「…お願いします」

「…氷晶竜…モナか…」

「…シィラ…っ!!」

 ギコランドの言葉に頷きつつ、それぞれが武器を手にとって。

 やがて4人は、走り出した。

「うわわぁ、助けてくれぇぇ!!」

「化け物だーっ!!」

 アーラスの街は、まさに混乱状態だった。

 逃げ惑う群集をかき分けて、4人はひたすら進む。シィラがいるという、街の教会を目指して。

「だーもーっ、邪魔だゴルァ!!」

「ギコラス!! 勢い余って街の人斬り殺しちゃ駄目だよ!!」

「んなことするかゴルァ!! 教会って何処だよ!!」

「あ、多分あそこモナ!!」

 モナクセルが叫ぶ。彼が示した指の先に、十字架があしらわれた屋根が見えた。

「うむ、魔の気配もあそこからするようだ」

「よっしゃ、急ぐぞゴルァ!」

 あれから、永かった。

 やっと、見つけた。

 私の愛する、南方の姫を。



 教会の屋根に開いた巨大な穴。 

 部屋いっぱいに広がる、むせ返るような血の匂い。

 血の海の中に沈む、沢山の聖職者達の屍。



 その中心に、ギコ族のおぼろげな影が立っていた。



「…何処だ」

 放たれたその一言は、異様なほど冷たかった。

「何処にいる、シィリア…」

 おぼつかない足取りで、ふらりふらりと。

 眼前の巨大なパイプオルガンに向かって、歩く。



 嫌だ。嫌だ。

 来ないで。来ないで。

 白い服に身を包んだしぃ族の少女が、机の下で頭を抱えてしゃがんでいた。

 やや細身の身体が、カタカタと小刻みに震えている。

「…怖いよぉ…」

 小さい涙声が、思わず漏れた。



「…見つけた」

 頭上から声が降ってきて、びくりと肩が跳ねた。

 恐る恐る上を見上げると、ギコ族が此方を覗き込んでいる。

「さあ…シィリアよ。共に帰ろう」

 少女に優しく語りかけて、ギコ族は少女の手を取った。

 自分の手を握った彼の手が、恐ろしいほど冷たくて。思わず少女は手を引く。それを見た男の目が、疑惑の視線へと変わった。

「どうしたのだ、シィリアよ。1千年の時を超えて、再び出会ったと言うのに…私の事を忘れてしまったと言うのか?」

「っ、わ、忘れたも何も…し、知りません、貴方なんか…っ!」

 恐怖に怯える心を振り絞って、少女は言い放つ。彼女の言葉にもはや聞く耳持たず、男は逃げようとした少女の手首を掴み、少女を無理やり立たせた。

「さあ、還ろう。私とお前の行くべき場所へ」

「え、い、嫌…っ」

 少女が再び逃げようと、男の手を振り払おうとした、…その時。



「…炎術…『フィア』…!!」



 ドガン!!

「…っ!?」

「きゃあっ!!」

 聞きなれない魔法詠唱の声、至近距離で爆破。2人が爆風で吹き飛ばされた。

 ついで。彼女の本当の名を呼ぶ声が。教会中に響き渡った。



「シィラぁーっ!!!」

 必死の形相で放たれた彼の…ギコラスの怒声が、教会の中に凛と響く。

 遅れて入ってきたモナクセルとモランズが、部屋の中の惨状を見て、表情を強張らせた。

「…酷いモナ…!!」

「…あの夢そっくりだな…」

「え?」

「いや、何でも無いよ。それよりあっちに集中しよう」

 モナクセルの疑問の視線を慌ててかわし、モランズが杖を構えなおす。戸惑いつつも頷いて、モナクセルも弓に矢を込めなおした。

「…ギコラス…それに、皆…!?」

 突然現れた見慣れた人物。遭いたかった。でも何故こんな所にいるのか。クレリックの少女…シィラの表情は、驚き、戸惑い、喜びの3つにしっかりと彩られていた。

 シィラの側に立っていた男が、怒りに満ちた表情で4人を睨みつける。

「貴様達、誰だ!! 私の邪魔をしようと言うのか!?」

「…この3人はともかく…我の顔を忘れたとでも言うつもりか、ギコルド・ハーニア・アーラス」

 先程フィアを放った張本人…ギコランドが冷ややかに言う。3人が息を飲む音が聞こえた。

「ギコルド!? あいつが…!?」

「シィリア姫の恋人って、こんな酷い奴なのかよゴルァ!!」

「ほう、彼女の事を知っているのか?」

 モランズとギコラスが思わず声を荒げて叫ぶ。彼…ギコルドが感心したように言い、シィラをそっと抱き寄せた。

「美しいだろう? 私は1万年も待ったのだ。そしてようやく巡り会えた…誰にも渡しはしない」

「「「…え…」」」

「何をふ抜けたことを言っている。もしや彼女が姫君だとでも言うつもりでは無いだろうな」

 3人の表情が疑問の色に満ちる。やや呆れた声量で放たれたギコランドの言葉で、ギコルドの顔が更に怒りに満ちた。

「この顔、この身体、何処からどう見てもシィリアだ!! いつも側についている貴様でさえ分からぬのか、従者ランギュースよ!!」

「姫君は今もアオールのあの場所にいる!! 彼女はただの他人の空似!! 無関係である人民を巻き込むでない!! それでも貴様は一国の上に立つ者だったのか!?」

 ギコランドが感情をあらわにして怒鳴るのはかなり珍しい事。ギコラス達も入り込めない、決死の形相だ。

「えっと…つまりあの人は…シィラの事をシィリア姫だって勘違いしてる、って事モナ?」

「そうみたいだね。しかもギコランドさんがあれだけ言っても聞かないなんて」

「あーもう、じっとしてられねぇぞゴルァ!!」

 モナクセルとモランズが相談していると突然、半ばやけくその様にギコラスが叫ぶ。剣を構えなおして、2人に言い放った。

「俺は行くからな!! シィラを前に立ち止まってられるか!!」

「え!? ちょっとギコラス、何言ってるんだよ!?」

「無茶モナ!! そのまま突っ込んじゃったらギコラスまで…!!」

「五月蝿ぇゴルァ!!」

 静止するモランズとモナクセルを振り切って、ギコラスは言い争う2人目がけて駆け出していた。



 バチィッ!!!



「ぐぁっ!?」

「「ギコラス!!」」
 
 突然、ギコラスの行く手を阻むように電撃が走る。弾け飛んだギコラスを2人が慌てて介抱した。

「大丈夫モナ!?」

「痛ってぇえ…、何なんだゴルァ!」

「これは…、結界!?」

「! …いつの間に」

「ふん、従者ランギュースよ。いつもいつもシィリアに付きまとう貴様はずっと目障りだった…」

 結界を張った張本人・ギコルドが、あざけるように鼻で笑いつつ、冷ややかに言い放つ。するといきなり、ギコルドはシィラを突き飛ばして結界を解き、床を思い切り蹴って宙に舞い上がった。

「きゃあっ!?」

「貴様から始末してくれる、従者ランギュース!! 雑魚どもは今のうちに尻尾を巻いて逃げるが良いわ!!」

 高らかに叫んだギコルドの背中が、ぱっと蒼く光り。



 やがて彼の背中には、アオールに向かう途中空に見た、青い翼が生えていた。

「あれは…氷晶竜の!!」

「こいつも化身すんのかよゴルァ!?」

 モランズとギコラスが、宙に浮かぶギコルドの翼を見て叫ぶ。3人の隣で、ギコランドが静かに短剣を抜いていた。

「氷晶竜は我が相手するという約束だったな。弓使い、魔法使い…援護しろ。剣士はあの娘を安全な所へ」

「「あ、は、はい(モナ)!!」」

「おう!!」

 慌てて3人が頷く。モナクセルとモランズが武器を構えた事を確認してから、ギコランドは翼を出した。ギコルドのそれとは対照的な、炎のような赤い翼。



「…参る」



 ギコランドが血塗れた床を蹴って飛び上がったのと、ギコラスが駆け出したのと、モナクセルが弓を引いたのと、モランズが杖を掲げたのと、ギコルドが邪悪に笑ったのは。

 ほぼ、同時の出来事だった。

「命知らずの従者ランギュースめ! そうまでしてシィリアを守りたいか!!」

 嘲笑うように放たれた一言と共に、ギコルドが刀を抜いた。ふん、と、ギコランドが鼻で笑う。

「先程からあれは姫君ではないと何度も言っておるであろう。気違いもそこまで行けば尊敬に値する」

 ギコランドが静かにそう言った途端、彼が持っていた剣の刀身が突然赤々と燃え上がった。それを見たモランズが目を大きく見開く。

「あれ…ひょっとして、魔剣!? 魔法使いの中でも特別技量が高くなくちゃ使えない、魔力を帯びた剣…!!」

「やっぱり、ギコランドさんって凄いモナ…」

 モナクセルも、感嘆の声を上げていた。



「…お楽しみの前に。私の邪魔をするものどもを足止めせねばな」

 冷ややかな口調でそう言いつつ、地上からのモナクセルが放つ弓矢を軽やかに交わしながら、ギコルドは血の海の中に沈む沢山の死体をふと見下ろした。そして、血の海に手を向ける。

 …その途端、死体が蒼い輝きに包まれて。



 やがてそれが、むくりと起き上がって。

 それらは、地上の3人に襲い掛かった。

「う、うわあっ!?」

「な、何なんだよこいつら!?」

「グールだ!! ひょっとして、ギコルドが教会の人たちの死体を…!?」

 慌てて3人が蘇った死体…グールから逃げ惑う。ギコランドが小さく舌打ちした。

「蘇生術『リヴァイヴァル』を途中経過で止めた結果、このようなグールになる…か」

「これで、頼みの援護は無くなった!! 消えろ、従者ランギュース!!」

 高らかに叫んだギコルドの手の中に、氷エネルギーの巨大な塊が現れた。地上にいる3人でも、それに込められた冷気が伝わる。



「…凍てつけ…氷術(ひょうじゅつ)…『コルダ』!!』

「! …燃え尽きろ!! 炎術…『フィア』…!!」



 すかさず、ギコランドが氷と相対関係にある炎の術を放つ。2つの巨大なエネルギーがぶつかり合って、その場に凄まじい閃光が走った。

「「「うぅ…っ!?」」」

「…しまった」

 3人が余りの眩しさに思わず目を伏せる。ギコランドが小さく呟くのがかすかに聞こえた。



 そして、光が晴れる。

「…魔力相殺の閃光、又の名を『シャインスパーク現象』! それが誤算だったな、従者ランギュース!!」



 高らかな叫び声が響いてそちらを見る。ギコルドがシィラを抱えたうえに、先程のグール達を従えてそこに立っていた。

「「「シィラ!!!」」」

「………」

 3人の叫び声にシィラは答えない。先程ギコルドに突き飛ばされた時に頭でもぶつけたのか、気を失っているようだった。

「畜生…っ、シィラを放しやがれゴルァ!!」

「シィラ? それは誰の事だ? …まあ良い、所詮は無駄なこと。一瞬でこのグールどもを切り捨てる術でもあれば、まだ希望の光はあったものを…愚かな」

 怒鳴るギコラスに向かって冷ややかにギコルドが言い放つ。そんなモンある訳無いだろ、と、ギコラスが悔しそうに唇をかんだ。

「悔しかろう、従者ランギュースよ。貴様が守るべき姫君を守れずして。…安心しろ、これからは私が彼女を守ってやる」

 軽蔑しきった口調で放たれたギコルドの言葉に、ギコランドは答えない。やがて、ギコルドは大きく翼を広げて床を蹴った。



「さらばだ、愚か者どもよ!!」



 その叫び声を最後に、ギコルドの姿は天井に大きく開いた穴の中に消えた。

 …シィラを、抱えたまま。



「…逃げられたか」

「…シィラ…さらわれちゃったモナ…」

「…ギコラス…」



「…ッ…シィラーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 ギコラスの叫び声は、ただむなしく。

 血の匂いにあふれた教会に、響いた。

 ギコルドの姿が消えたとほぼ同時に、グール達が元の屍の状態へと戻って行く。

 そんな中。血の匂いが鼻をつく中。4人とも、黙り込んだままだった。



「…遅かったか」

「…そのようだな」



 聞き覚えのある声が静寂を破る。我に返った4人がそちらを見ると、流石兄弟が立っていた。慌ててモナクセルが2人に駆け寄る。

「アーニスさん、オットーさん! し、シィラが…!!」

「分かっている。ギルド長に報告したら、すぐに現場に向かえ、との命令でな」

「行く途中、シィラを姫抱っこして飛び去るギコエルっぽいのを見たぞ」

 モナクセルの焦りに満ちた言葉に、2人は冷静に返す。それを聞き、ギコラスがすかさず前に出た。

「見たぞ、って!! ギルド長からの命令で援護しに来たんなら、その時に助けられたんじゃなかったのかゴルァ!?」

「俺らには太刀打ちできまい。そもそも、敵は空だぞ」

「俺らが担当するのはあくまでも後方支援だ。直接的なダメージを与える戦術は持たん」

 あくまでも冷静に答える2人。唇をかみ締めるギコラスを押しのけ、モランズが尋ねた。

「それで…そいつは何処へ?」

「北に向かった。『贖罪の城』という名の遺跡で、旧時代の処刑場だった場所だ。かの有名な『裏切りの王子』も、そこで処刑されたと聞く」

「「!」」

「そ、それだゴルァ!!」

 アーニスの口から『裏切りの王子』の名を聞いて、3人の表情が目に見えて変わる。ギコラスがすかさず叫んだ。

「シィラを掻っ攫いやがったのは、その裏切りの王子…ギコルド・ハーニア・アーラスだ!!」

「何だと?」

「時にどういう事だ」

 2人の目の色が変わる。ずっと黙っていたギコランドが口を開いた。

「『裏切りの王子』の事を知っているのなら…南の砂漠、サウス・デザート地方の『滅びの少女』の事も知っているな?」

「当然だ。彼女と駆け落ちした結果処刑されたのだろう? 実に悲劇ではないか、弟者よ」

「それは今はどうでも良いだろう、兄者…それで、それとこれとはどういう関係にある?」

 ギコランドの問いに当然のようにアーニスが頷いて答える。冷や汗をかきつつ突込みを入れてから、オットーが尋ねた。モナクセルとモランズがかわりに答える。

「彼女…シィリア・ニィ・アオールとシィラは、本当にそっくりだったんだモナ…」

「シィラは彼に、滅びの少女と間違われたんだと思います」

 2人が息を飲む音が聞こえた。構わずギコランドが口を開く。

「そして彼は我に個人的な恨みを持っている。姫君に付きまとっている我が目障りで気に入らない、と言う理由だ。我は昔から姫君に仕えていたからな」

「何だと? 何ともはた迷惑な被害妄想ではないか」

「お前はただ従者として側にいただけだろう。気にやむ必要は無い」

「気にやんでなどいない。しかし、奴がそう言うのならば我も手加減はせん」

 2人の抗議の声に冷静にそう返してから、ギコランドは3人の方を振り返って、尋ねた。

「それはお前達も同じだろう?」

「当然だろゴルァ! シィラは俺達が助ける!」

「今は同じチームじゃ無くったって、シィラはモナ達の仲間モナ!」

「それに僕達には、シィリア姫との約束もありますからね!」

 当然のように、胸を張って3人が答える。そうか、と、溜息交じりに2人が言った。

「止めても無駄だな」

「ああ。命を無駄にするなよ」

「分かってる。そう簡単に俺達は死なねぇよ」

 2人の言葉にそうギコラスが答える隣で、モランズが地図を取り出した。

「えっと…『贖罪の城』でしたっけ? どの辺りですか?」

「ほう、お前は地図士なのか…魔法使いと両立するとは流石だな。…そうだな、この辺りだったな」

「ああ。ここがアーラスの街だから間違いは無い」

 アーニスが地図にチェックを入れる。ありがとうございます、と、モランズが頭を下げた。

「…悪しき者に打ち倒されし哀れなる魂よ、どうか安息に眠りたまえ…」

「クレリックの祈りの言葉…か」

 グール化されていた聖職者達の屍の側に立ち、モナクセルがシィラから習った祈りの言葉を唱える。後ろでオットーが感心していた。



「それじゃあ、後の事は宜しくお願いします」

「任せて置け」

「…死ぬなよ」

 モランズの言葉に頷いて答えたアーニスに続いて、オットーが強い口調で言う。4人が無言で頷いた。



「…決戦の時は近い」

「シィリア姫の願い…叶えよう、絶対」

「うん! 絶対、無事で帰るモナ!」

「待ってろ…、シィラ…!」



 そして、4人は歩き出す。

 決戦の地を目指して。

 雪原をひたすら北へ北へと進んだ行く手に、『贖罪の城』はあった。

 サウス・デザート地方の『嘆きの砦』とよく似た風貌である。ギコラスが開いたあの石の扉も、この城のそれによく似ていた。

「着いたぞ」

「此処が…そうなんですか」

「此処に、シィラとギコルドさんがいるモナね…」

「…行くぞ、ゴルァ」

 最後につむがれたギコラスの号令で、4人が扉に近づいたその時。ぎぎぎぎぃ、と、きしんだ音を立てて、扉がひとりでに開いた。

「…けっ。『いらっしゃい』だとさ」

 皮肉るように、ギコラスが唇の端をへの字に曲げた。



 分厚い城壁に隔たれていても、4人はひしひしと感じていた。

 この巨大な壁の向こうにいる、強大な敵の気配を。



 それは城内に入っても同じだった。

「…何だか…、…胸がざわざわするモナ」

「…お前も感じているのか」

 モナクセルとギコランドが、城内に入るなり言う。無言のままの残り2人も同じようで、胸辺りを手のひらで抑えていた。

「…にしても…此処、嘆きの砦に凄く似てねぇか? 階段も、石舞台も一緒だ」

「うん。僕もそう思ってた」

 ギコラスの言葉にモランズが頷く。窪地になった敷地、窪地の下へと続く長い階段、正方形の石舞台。

 降り積もっている雪さえなければ、同じ場所だと勘違いしそうなほどだ。

「降りるぞ。雪で滑らぬように気をつけろ」

 ギコランドに促されて、3人は階段に足をかけた。



 下の広場まで降りてきた4人。嘆きの砦の時はドランの警告の声が聞こえて来ていたが、今回は何もなかった。雪交じりの風が、寒々しく4人の間を吹き抜ける。…静かすぎて恐ろしかった。

「嵐の前の静けさ…って、この事だね」

「気をつけろ。いつ来るかわからぬ」

「…ッ…」

「来るなら来やがれ、ゴルァ…!!」

 4人が会話を交わし、それぞれの武器を構えて臨戦態勢を取る。



 …大丈夫、準備は万全。あんな奴になんか負けない。

 それぞれが、それぞれの心に言い聞かせた。



 …そして、ついに。

 石舞台の上に、シィリアがそうしたように。

 …『彼』は、姿を現した。



「のこのこと殺されに来たか、愚かな冒険者どもよ!!」

 正方形の古びた石舞台の上に、彼…ギコルドは立っていた。4人を完全に見下したような視線で見下ろし、ギコルドは言う。

「お前達には分かるまい。この一千年の間、私がどれだけ苦しんだか」

「ああ、分からぬな。分かろうとも思わぬ」

 ギコルドを冷静に睨み返し、ギコランドはきっぱりと言い返す。少しだけギコルドの表情が険しくなった。 



「…私はね、失望したのだよ。貴族と言う生き物の、地位に対する価値観と言うものに」



 正式な王位継承者が決定した直後に誕生した彼。

 今更継承者を変更することなど出来ない。だから彼の誕生・そして存在は、世間に公にされなかった。

 彼の存在を知っているのは、ギコルド自身を含むアーラス王族、シィリア、ドランだけ。

 シィリアと駆け落ちした結果、反逆者として処刑された時も、処刑は王族の間だけで行われた。



「私が処刑されたのはここだ。…処刑される直前に、私は聞いたのだ。いくら王位継承者になれなかったからとはいえ、何故私の存在が知られてはいけなかったのか、と」

「………」

 ギコランドは黙って彼の話に耳を傾けていた。その場の気迫に押しつぶされないように、3人もただ黙るしか出来ない。



「彼らは言ったのだ! 家名を継げない貴族などゴミも同然、そんな者が王家にいると世間に知れては、母国の名を傷つけるからだと!!」



「「「…!」」」

「その瞬間に、私は全ての貴族に失望したのだよ。…従者ランギュース、貴様を含めてな。私にはシィリアしかいない。だからシィリアにまとわりつく貴様が邪魔なのだ」

 3人が息を飲むのに目もくれず、ギコランドを睨みつけて言い放つギコルド。ギコランドは答えなかったが、やがて問うた。

「…我だけではない、姫君もれっきとした貴族だ。何故彼女を好く? 美しき女性は星の数ほど存在する、と言うであろう」

「決まっている。唯一私を受け入れた貴族だからだ。純粋に嬉しかったのだよ。ようやく私の存在を認められたものと」

「…だったら!!」

 当然のように答えるギコルドに向かって、モナクセルが2人を押しのけて叫んだ。

「どうして、無関係な教会の人々を殺してまで連れて行ったモナ!? 貴方がやっている事は決して…!!」

「許される事では無き事、と?」

 モナクセルの台詞を遮って、鼻で笑いつつ聞き返すギコルド。その態度が気に食わなかったのか、今度はギコラスが叫んだ。

「当然だろゴルァ!! シィリア姫はな、あんたの事を本気で心配して、そして愛してんだよ!! あんたみてぇな気違いとは違う!!」

「個人の目的の為に、関係ない人を徹底的に排除する。貴方がやっている事は恋愛なんかじゃない、ただの殺戮行為だ。あの教会の惨状を見る限り…貴方とシィリア姫がつり合うとは、僕にはどうしても思えませんね!」

 ギコラスに続いて、モランズもきっぱりと言い放った。ギコルドの表情が目に見えて憎悪の血相へと変わっていく。

「…でも、僕達はシィリア姫と約束を交わしたんだ。貴方を必ず、彼女の元へ連れて行くとね」

 そう言いながら、モランズがあのカンテラを取り出した。

「… ギコルドさん。この中に入って、本物のシィリア姫と一緒に天へ召されて下さい。サウス・デザート地方の…貴方が彼女と一緒に駆け落ちした、『嘆きの砦』へ…僕達が責任を持って、必ず彼女のもとへ連れて行きますから。まずは、シィラを…貴方がシィリア姫だと思って連れて行ったクレリックの少女を解放して下さい。彼女は僕達の仲間なんです」

「お願いしますモナ! モナ達、貴方とは戦いたくないモナ!」

 モナクセルも必死に叫ぶ。ギコルドは黙ったままだった。



「…そんな言葉で…、私が納得するとでも思ったか!?」

「「「…な…ッ!!」」」

「…そこまで堕ちたか、『裏切りの王子』…!」

 唖然とする3人の隣で、ギコランドが静かな怒りを訴えた。ふん、と、ギコルドが鼻で笑う。

「どうとでも言え。私はシィリア以外の者を信じぬ、それだけの事だ! 邪魔をするのならば、貴様らも…」

 そこまで言って、ギコルドが言葉を切った。黙ったまま、モランズをじっと見つめている。彼の視線に気がついたモランズが首をかしげた。

「…僕に何か?」

「………」

 警戒しつつモランズが尋ねる。答えずに黙ってモランズの顔を見つめていたギコルドだったが、やがてにやりと笑って、言った。



「…ほぉ…実に面妖なことだな。1番漂々としているように見える貴様、実に暗き影に悩まされているようだが?」

「っ!!」

「「…!?」」

 ぎくりとするモランズ、息を飲むギコラスとモナクセルを見下ろし、ギコランドの怒りの視線をスルーし…ギコルドはギコラスとモナクセルに視線を合わせて言った。

「知っていたか、貴様ら? 恋人と離れ離れになり、並びに実の妹をそこの従者が化けた飛竜に殺められた貴様らよりも…そこの者の方がよっぽど壮絶な末路を辿っていたという事を」

「も、モランズが…!?」

「ど、どういう意味だよゴルァ!!」

「やめぬかっ、裏切りの王子!! 言うでないッ!!」

 驚きを隠せない2人に続いて、怒りをあらわにしてギコランドが怒鳴る。それを無視して、うつむいたままのモランズをびしっと指差して、ギコルドは言い放った。



「こやつは人殺しだ! 冒険者の両親が遠征中に死んだというのはまやかし!! こやつはかつて実の親を殺めたのだ、己が魔法で!!」



「「…!!」」

「………」

 彼の言葉で、4人とも言葉を失っていたがやがて、ギコラスが怒鳴り声で沈黙を破った。

「で、でたらめ言うんじゃねぇゴルァ!!」

「そ、そうモナよ!! モランズはそんな事しないモナっ!!」

「…ほう?」

 続いてモナクセルも怒鳴る。にまりと笑うと、ギコルドは再びモランズを指差して叫んだ。

「こやつの顔を見よ!! これが我が言葉を否定する顔か!?」

 とっさに2人が振り向く。全身を大げさにがたがたと震わせているモランズが、おぼつかない足取りで立っていた。…顔全体に張り付いた、恐怖の表情。さっきまで握っていた杖が、床に落ちていた。その様子を見て、2人とも言葉を失ってしまう。

「…おい、ギコランド。さっき、あいつに向かって「言うでない」っつったな」

 重苦しい沈黙を破ってそう言った次の瞬間、ギコラスはギコランドの胸倉をがしっと掴んで怒鳴った。

「てめぇ…知ってたんだな!? あいつの事!!」

「…詳細には、知らぬ。ただ、この地方に来る前…あのうなされようを見て、ただ事ではないとは分かっていた」

「だったらどうして教えなかったんだよ!!」

「我が教えるべきことではないと判断したからだ。…第一、知ってどうしたと言う? お前達にあやつを救うだけの力量があったか!?」

「っ!!」

 最後にそう怒鳴られて、悔しそうにギコラスが唇をかんだ。その様子を見て、ギコルドが鼻で笑う。

「仲間割れか? 従者ランギュース」

「…魔法使いの過去をだしに、我らを分断しようという魂胆か。…この下衆が」

「ふん、私はただシィリアさえいればそれで良いのだ! …その為に貴様らを退ける、それだけの事だ」

 全てを見抜いて、舌打ち交じりに言うギコランドに冷たく言い返して、再びモランズに視線を戻し。ギコルドは、叫んだ。

「認めてしまうがいい、魔法使い!! 貴様が犯した罪を!!」

「…ち、がう…っ、僕は…っ…!」

 耳に入ってくるギコルドの叫び声を、否定する。

 それだけで、今のモランズは必死だった。

 仲間達の叫び声なんか、耳には全く入らなかった。



 違う。違う。違う。

 僕は人殺しじゃない。

 

 …それじゃあ。

 毎晩のように見る、あの夢は何?



 ああ、そうだ。

 きっと、心の奥底に僕の記憶は閉じ込められてたんだ。

 恐ろしすぎて、必死に忘れようとして、記憶では忘れてしまっても。

 心は、身体は、ちゃんと覚えてる。 



 やっぱり、僕は…。



 まだ、ずっと幼い頃。

 覚えたばかりの、炎術「フィア」で。



 沢山の人を巻き添えにして。



 オヤヲ、コロシタ?



「…ッ…ぅ…うわぁぁぁぁあぁーっっっ!!!」



 雪雲に覆われた、ねずみ色の冷たい寒空に。

 悲痛な悲鳴が、木霊した。

「…モランズ…、ほんとに…人を…、殺したモナ…!?」

「嘘だろ!? 嘘だよな!? おい、何とか言いやがれ!!」

「落ち着け。仮にも戦場だぞ」

 混乱して今の状況を理解できずに、ただうな垂れるモランズに向かって叫ぶしか出来ないモナクセルとギコラスを、ギコランドがあえて冷静に諭す。疑問の目つきを向けた2人に向かって、ギコランドは言った。

「今はやるべき事があるだろう。奴の事ならば我に任せろ」

「え?」

「任せろ、って…」

 疑問符たっぷりで聞き返す2人を無視して、ギコランドはすたすたとモランズの側に歩み寄った。駆け寄ろうとした2人を視線で止めて、ギコランドは言う。

「我はこやつが今惑わされている場所に行くことが出来る。そこに行って叩き起こして来てやる。お前達は裏切りの王子に集中しろ」

「「えっ…!?」」

「…何?」

 彼の言葉を聞いて、ずっと黙って今までの光景を見下ろしていたギコルドが眉をひそめた。

「貴様、もしや『ナイトメア・トリップ』をする気か? …ふん、何とも命知らずになったものだな。お互いに帰れぬかも知れぬと言うに」

「何だって!?」

 その言葉にギコラスがいち早く反応した。すかさずギコルドに向かって怒鳴りつける。

「『ナイトメア・トリップ』って何だ!! 帰れないかもしれないってどういうことだよ!?」

「簡単な事。あの罪深き者を過去の幻影から引きずり出す為に、一時的に精神をあの者の精神に飛ばすのだ。今のように、現実の言葉が通じぬほど精神崩壊してしまった者に対する最終手段だ。上手く行けば、過去に打ち勝ったあやつを連れ戻すことが出来よう」

 そこで一旦言葉を切ってから、にまりと邪悪に笑って。ギコルドは続けた。


「…まあ。大抵向き合うべきものに押しつぶされて、共に死ぬがな」

「「…!!」」

 2人が息を飲んだ。一方、トリップする張本人であるギコランドは涼しい顔である。彼のそんな様子を見て、ギコルドは思わず尋ねていた。

「…余裕だな。何故そうのんびりと構えていられる? すぐそこに死が待ち構えているのだぞ? しかもそこの者を道連れにして」

「死なぬ」

 彼の質問に、さらりとそれだけ答えたギコランド。ギコルドが眉をつり上げて聞き返した。

「何だと?」

「我は死なぬ。魔法使いもだ。彼は必ず過去を断ち切る」

 そうきっぱりと断言する。ふん、と、ギコルドが鼻で笑った。

「まあ良い、勝手にしろ。私としては好都合だ。まず2人を始末できるのだからな。しかも、一番の厄介者である従者ランギュース、貴様を含めて」

「それはどうだろうな」

 言い返してから、ギコランドは呆然と立ち尽くすギコラスたちの方を振り返って、厳しい口調で言った。

「言わずとも分かっていよう。我と魔法使いが戻るまで耐えるのだ。あくまでも、我が魔法使いを現実に引き戻すまでの時間稼ぎとして考えろ」

「お、おい…ッ!!」

「ギコランドさん…!!」

「頼んだぞ」

 2人の台詞を遮って、優しげな微笑をつくりながら言い残すと、ギコランドはとうに気を失っているモランズの額に手をあてて、目を閉じた。…その時。



 2人の身体を、紅い光がふわりと包み込んで。

 その光が消えた瞬間に、ギコランドはモランズにもたれるようにして倒れた。



「「ギコランド(さん)っ!!」」

「あちら側に行ったか。愚かな」

 2人が悲痛に叫ぶ後ろで、あざ笑うようにギコルドが言った。すかさず、ギコラスが剣を抜いてギコルドを睨みつける。

「あんた、どうしてそんなにギコランドを憎んでるんだ! あいつがシィリア姫の近くにいる、ただそれだけでか!?」

「そうだとも、それだけだ」

 さらりとギコラスの問いを肯定するギコルド。唖然とする2人に目もくれず、ギコルドは続けた。

「言っただろう。私はシィリアを除く全ての者を信用出来ぬのだ。権力を持たぬ者をただのゴミと考えるあやつらの事などな」

「あぁ、そうかい…だったら遠慮はいらねぇな!!」

 勢いよく怒鳴りつけてから、ギコラスは後ろに立っているモナクセルに向かって叫んだ。

「良いか、モナクセル! 俺達が頼まれたのは時間稼ぎだからな! 攻撃はしなくて良い! 俺と自分の回復だけ考えろ!」

「分かったモナ! でも、モナはモナの判断で攻撃するモナよ!」

 そう叫び返してから、モナクセルが背中の弓を引き抜く。にやりと笑い、ギコルドが石舞台から飛び降りた。



「…私に逆らった事、後悔させてくれる」

「言ってろゴルァ! とっとと逝って良し!!」

「モランズとギコランドさんは絶対帰って来るモナ! お前の思い通りになんかならない、絶対!!」



 腰の短剣をすらりと抜いて、青い翼を大きく広げて。

『彼』の言葉で。

 戦いは、始まった。



「…死ね、愚かな冒険者ども!!」

 しばらく、何処までも深い穴を落ちて行くような感覚に襲われて。

 闇が晴れたとき。

 そこには、炎と血の紅い海があった。



「…これは…」

 ギコランドは戸惑っていた。

 燃える集落。血の匂い。星も月も無い、黒い夜空。

 正に、地獄絵図。



 これが、あの自信過剰で明朗活発で飄々としたあやつの、過去だと?



「…酷いものでしょう?」

 不意に後ろから暗い声で話しかけられて、すかさずギコランドが振り向く。モランズが、自嘲気味な笑顔をたたえて立っていた。

「これが、僕の罪なんですよ。許されることじゃあない。いくら昔の事とは言え、人を沢山殺めてしまったんですから」

「………」

 柄にも無く言葉を失ってしまっているギコランドに構わず、モランズは続けた。

「いっその事、このまま過去に溺れて死んでしまうのも…悪くないかもしれない」

「! …馬鹿を言うな」

「僕はいたって正気ですよ」

 目の色を変えて言うギコランドに向かってきっぱりと断言するモランズ。いつも愛用している魔杖を力なく地面に落として、続ける。

「ギコラスもモナクセルも、僕がいなくたって上手くやって行けるでしょうし…貴方は僕たちの何倍も強い。…少なくとも、僕よりはずっと頼りになる」

「………」

「貴方とギコルドとの間に因縁があるのなら、当人同士で解決するのが一番でしょう? ランプはギコラスが持っていますから、シィリア姫の件に関しては問題ない。シィラの事は…ギコラスがどうにかしてくれますよ」

 完全に諦めきったような表情で、苦々しげな口調で放たれるモランズの言葉を黙って聞いていることしか、今のギコランドには不可能だった。



『その通りだよ』



「!?」

 歳に見合わない低い子供の声が、突然響く。

 ギコランドがそちらを見ると、そこにはモララー族の少年が、邪悪な笑みを浮かべて立っていた。

「…幼き頃の、お前なのか…?」

「………」

 ギコランドの戸惑いに満ちた問いに、モランズは答えなかった。

『魔法使いだからって、皆君を変な目で見て…皆、死んじゃったら良いって思った』

 ぴちゃり、ぴちゃり。

 一歩一歩、血の海の中をしっかりした足取りで、2人に向かって歩いていく。

『両親が冒険者で遠征中に死んじゃった、だって? 嘘だね。君が殺したんだよ?』

「………」

『炎術『フィア』を覚えたその日のうちに。自分を変な目で見た連中に一泡吹かせようとして』

 血の海の中に沈む死体を軽々とまたいで、少年は進む。

『相手が両親だって、君は容赦なんかしなかった。だって、両親さえも君を疎んでいたんだから』

 黄色い身体に、赤い返り血を転々と浴びて。少年はいつの間にか、2人の目と鼻の先に立っていた。

『その後、何とも都合の良い事に…君は大暴れした記憶を失っていた』

 黙っているモランズの顔をずいっと覗き込んで。少年らしからぬ邪悪で低い声量で。少年は、言い放つ。

『忘れてしまえばどうにかなるとでも思っていたの?』



『この、人殺し』



 竜の魔剣士の心の中で。

 何かが、ぷつりと切れる音がした。



「ッ、貴様、ふざけるで無いわぁっ!!!」

 怒りの絶叫が放たれると同時に、やや短めの魔剣が抜き払われた。

「この我の前でとんだ暴言を吐いてくれたな、小童が!! …魔法使い!!」

「!?」

 びくりと肩を震わせたモランズに向かって、ギコランドが怒鳴る。諭すように、言い聞かせるように、力強く。

「貴様がこのまま死んだら、剣士と弓使い、それに囚われのクレリックはどうなる!? 自分が消えれば万事解決するとでも思っているのか!? 自分勝手な思考はやめぬか、たわけが!!」

「じ、自分勝手…」

「過去に貴様が罪を犯したかどうかは我の知ったことではない!! …しかし、いつまでも過去に引きずられて勝手に苦しむのだけは、我は許さぬぞ!!」

「ぼ、僕は…」

 戸惑うモランズに向かって、ギコランドは。

 このフィールド全体に響き渡るかのような、最大のボリュームで。

 強く、叫んだ。



「剣士にも弓使いにも、同じことを言ったのであろうが!!??」

 その怒声で、モランズがぱっと顔を上げた。

「…ッ!!」

「仲間に大層な事を言っておいて、自分は諦めるのか!! この薄情者!!」

 更に怒声をモランズに浴びせ、杖を拾い上げて。モランズの手に無理やり握らせて、ギコランドは言った。

「貴様を現実に引き戻せなければ、貴様も我も死ぬ!! 自分自身の為であろう、いい加減に迷いを断ったらどうだ!!」



 

 そう。全部、僕自身の為。

 シィリア姫と出会う前の、砂漠の夜での事。

 それに、冒険者ギルドでのモナクセルの事。

 僕がしっかりしなきゃいけないって事は、誰よりも僕自身が分かっていた。

 でも、やっぱり心は正直だね。口ではへらへらした自信過剰な言葉を言っていても、気持ちだけは隠せない。

 だけどどうにか隠そうと、僕はずっと、笑顔の仮面をかぶり続けていた。少なくとも、あの2人の前では。



 …ああ、そうだ。

 思い出した。

 シィラが去った、あの日の事。

「ごめんね、シィラ…。僕もモナクセルも、君達の処分を止められなくって」

「何言ってるの? 全部私が悪いのよ」

「で、でも! 2人が持ち出したトレジャーを一緒に使ったモナ達も、きっと同罪だモナ!」

「やめとけ、モナクセル。俺も、最初は反対したさ。…でも、こいつの頑固さはお前らもようく知ってるだろ?」

「…ギコラス…」

「あ。そろそろ、列車が出る時間…」

「結局ギルド長、連絡先教えてくれなかったモナね…手紙も電話も出来ないモナ」

「大丈夫。私、みんなの事絶対忘れない。それに、いつか何かの任務でノース・マウント地方に行くことがあったら、会えるかもしれないじゃない」

「そうモナね。そうだと良いモナね…」

「元気でね、シィラ」

「…絶対、忘れんなよゴルァ!」

「うん、約束する。…また、いつか」



「ねぇ。…約束、しない?」

「何をだ?」

「確かに、シィラが解雇されたのは僕たち全員の責任だ。…だから、誓おう。また同じ過ちを繰り返さないように」



 この過去は忘れない。

 でも、いつまでもその過去に引きずられることなく。

 きちんと納得した答えを見つけよう、と。

 僕自身が、提案したんだったっけ。



 言いだしっぺの僕がこんなんじゃ、世話無いよね…。

 …だからこそ。

「…燃え盛る火炎、凍てつく冷気、輝ける雷撃」

 この言いだしっぺの僕が。

「3つの魔の力よ、我が前に集いて」

 その約束を、果たさなければいけない。

「悪しき者を滅する力となれ!」



 …過去を断ち切って。

 今度こそ、未来への第1歩を踏み出す為に。



 …僕は、戦う。

 過去の、自分と。



「…『トライ・マジック』!!」

「………」

「でぇりゃあっ!!」

 剣が空を切る戦いの音が、2つ。

 片方は、裏切りの王子の小ぶりな短剣。もう片方は、冒険者の大ぶりなバスタードソード。

 種敏さも破壊力も、圧倒的に前者の方が勝っていた。

 後ろで必死に唱えられる回復魔法も間に合わない。…せめて、それが本職であるとらわれの少女を助け出せれば、まだマシになるかもしれないが、眼前の彼を突破することは愚か、石舞台に近づくことすらままならなかった。

「その程度か」

 疲れの色1つも見せない涼しい顔で言う彼。そもそも霊体である彼に肉体的疲労の概念は無い為、当たり前といえば当たり前だが。

「威勢だけは立派だったが、そればかりだな」

「五月蝿ぇゴルァ!! モナクセル!! 回復はまだか!?」

「が、頑張ってるモナ! でも追いつかないモナ!!」

 彼…ギコルドの煽りに勢いよく怒鳴り返してから、振り向かずにギコラスが、後ろで必死に回復魔法を唱え続けるモナクセルに向かって叫ぶ。一旦詠唱をキャンセルしてから返答し、すかさずモナクセルが詠唱を再開した。

 最初は、剣を振るうギコラスの後ろから弓矢で援護射撃をしていたが、想像以上の圧倒的な攻撃力で目を見張り、やむなく回復主体に切り替えざるを得なくなったのだ。壁役のギコラスが倒れてしまっては、自分の回復も弓矢での応戦も間に合わない。

 それでも、自分が回復する分より、相手が与える攻撃力の方が勝っていた。このままでは消耗戦である。

「…ッくそ! まだ目覚めねぇかあの2人はぁっ!!」

 一瞬だけ、倒れこんで眠ったままの2人…モランズとギコランドの方をちらりと見ながら、ギコラスが毒づいた。ギコルドの鼻で笑う声が聞こえた。

「2人は目覚めぬわ。あの魔法使いの闇は相当なものだぞ? 従者ランギュースとて、無事でいられるかどうか分からぬ」

 冷ややかにそう言い、突然ギコルドは剣を振るう手を止めた。

「お前達。何故気づいてやれなかった? 常に奴の1番近くにいたと言うに」

「「!」」

 彼の言葉で、ギコラスら2人がはっとする。構わずギコルドは続けた。

「奴1人が勝手に悩んでいただけの事だろうが…お前達にも責任がない、とも言い切れぬ」



「…そうだろう? 愚かな冒険者ども」



「てめぇ…っ」

「…モナは…」

 2人とも、言葉を失ってしまっていた。

 …確かに。

 俺たち2人に全く否が無いとは、今の時点じゃ言えない。

 知らなかった、なんて都合の良い言い訳が、あいつに通じるとも思えない。



 …でも、本当に知らなかった。

 あいつの、いつもの自信過剰な笑顔に隠れた本当の苦しみを、知ってやれなかった。

 俺たちの知らないところであいつがそこまで苦しんでたなんて、知るよしも無かった。



 …ひょっとしたら、あいつは…ギコランドの奴は、間接的にでも、あいつの闇を知ってたんだろうか。

 そうだとしたら…少し悔しいかもな。



 …だけど。
 
 だからこそ、俺たちは…。



「…違うっ!!」

「…ギコラス…!?」

「…何?」

 ギコラスの叫び声で、モナクセルが驚きで目を見開き、ギコルドが眉をひそめる。それには構わずに、ギコラスは間髪いれずに怒鳴った。

「確かにそうかもしれない。あいつは…モランズは、ずっと笑顔の下に、ホントの気持ちを隠してたんだ。その事に気づいてやれなかったのは、確かに俺たちだ。それは否定しない。…だけど、だからこそ!」



「俺たちはあいつを信じてる!! あいつらは、きっと戻って来るってな!!」

「そ、その通りモナ!! 仲間だったら信じるのが当然モナ!!」

 モナクセルもすかさず叫んだ。

「モナは…サウス・デザート地方でシィリア姫に出会う前に、モランズに励まされたモナ。それに、冒険者ギルドでだって…2人にいっぱい助けてもらったモナ! だから、今度は…モナがモランズを助けたいって、そう思うんだモナ!」

「…たわ言を」

 あざ笑うように呟いたギコルドの瞳に、再び殺気の光が宿る。2人が身構えた。

「そのような甘い考えでよく生き延びて来れたものだ! …ふん、まあ良い。此方もそれなりの手段をとらせてもらおうか」

「…何?」

 疑問の目を向ける2人に見向きもせず、ギコルドは突然指をパチンと鳴らした。…その時、彼の隣に、青白い光と共に、何か巨大な物体が現れた。…大きな氷の結晶。

 その氷の中に納められていた「モノ」に…2人の視線が釘付けになる。



「…!!」

「シィラ…!?」



「動くな!!」

 氷の中で固くまぶたを閉じて、微動だにしない彼女…シィラに向かって駆け寄ろうとした2人を、ギコルドが大きな声で制した。小さく炎を灯らせた指先を、彼女の鼻先に近づける。じゅっ、と、嫌な音がした。

「丸焼きになっても良いのならば、返してやらぬことも無いが…如何する?」

「そ、そんな…」

「てめぇっ…卑怯な真似しやがって!」

「そろそろ私も本気を出さねばならぬようだからな」

 青ざめた顔で呟くモナクセルと歯軋りをしながら憎悪たっぷりに言うギコラスに向かって、さも当然のようにきっぱりと言い放つ。次の瞬間に、掲げられたもう一方のギコルドの手が、ばちばちとスパークしていた。…狙いは、モナクセル。

「…まずは鬱陶しい回復術を封じてくれるわ」



「…消し飛べ…雷術! 『ピカル』!!」



「モナクセルっ!!」

「うわあぁぁぁぁっ!!」

 距離的に、避けられない。反射的に座り込んだモナクセル目がけて、雷撃が走る。ギコラスが絶望的な叫びを上げた。



 バッシィィィン!!



「…なッ…!?」

「何だと…ッ、貴様…!!」

 耳をつんざくスパークの音が響いた時、石舞台のほうから驚きの声が上がる。ギコラスはともかく、術を放った張本人…ギコルドまでもが、息を飲んでいた。

 自分が無傷なのに戸惑いつつ、恐る恐る顔を上げて…モナクセルは、愕然とした。



「…戦場で…、ぼさっと、するで、無い…、ゆみつ…かい…」

 傷だらけの彼の黄土色の身体が、自分の白い身体に覆いかぶさる形になっているのを見て。

 モナクセルはようやく、彼が自分をかばったものと自覚した。

「ぎ…ギコランドさんっ!?」

「少しの油断が…、命取りになるのだぞ」

 血相を変えて叫ぶモナクセルに構わず、息も絶え絶えな口調で、彼…ギコランドはそう言った。呆然と棒立ちになったままのギコルドを尻目に、ギコラスも慌ててギコランドの側に駆け寄る。

「お前、トリップなんたらから帰って来て早々何やってんだよ!? モランズは!?」

「案ずるな…じきに目覚める」

「ふざけんな!! 俺たちの事より自分の事心配しろゴルァ!!」

 必死に怒鳴るギコラスに向かって、今までほとんど見たことのない優しげな微笑を浮かべ、ギコランドは言った。

「どう…か」

「え?」



「…どうか…姫君を…救ってやって…くれ」




「「…!」」

「我は…姫君の…従者だ。…我にハ…姫君ヲ、最期まデ…お守リスる、義務ガ…アる」

 化身前のドランの声と今のギコランドの声が重なって響きながら、だんだん彼の姿が元の飛竜の姿へ戻っていく。2人が彼の言葉に息を飲んだ。

「シカ…し、我は…もウ、動ケヌ」

「馬鹿野郎!! 弱気になるなゴルァ!!」

「そうモナ!! 貴方が死んだら、シィリア姫はどうなるモナ!?」

 完全に化身が解けてしまったギコランド…いや、ドランに向かって、2人は必死に叫ぶ。モナクセルの方は、すでに半泣き状態だった。

 そんな彼らの様子を虚ろな目で見ながら、ドランは穏やかな笑顔を保ったまま言った。

「ダカラ…我ハオ前ニ…希望ヲ託シタノダ。我ノセイデ…オヌシラハ、大切ダト思ウ者ヲ2人モ失ッテシマッタノダカラ…」

「なっ…」

「…ッ!!」

 言葉を失うギコラスを押しのけ、たまらずモナクセルはドランの頭に飛びついた。

「…当然ノ…報イダ…」

「違います…モナ! 貴方は…貴方は…ッ!!」

 飛竜の固いうろこに涙の雫を落として、必死にかぶりをふって否定するモナクセルに、甘えるように静かに頬を摺り寄せながら。



「許セ…純粋ナル…弓使イ…ヨ………」



 そう、喉の奥の方から搾り出すようにつむがれた次の瞬間、ドランの身体がゆっくりと地面に崩れ落ちて、白い雪ぼこりが舞って。


 そこから先の、言葉は。

 もう、なかった。

「…ぎ…ギコランド…さん…!!」

「このドアホ従者…!!」

 細い目じりから、躊躇いも無く大粒の涙をぼろぼろとこぼすモナクセル。床に拳を打ち付けて、歯を食いしばって静かに叫ぶギコラス。…2人とも、それだけで必死だった。



「…な…、どうしたんだよ、これ!?」



 その声で、2人が反射的に顔を上げる。完全に目を覚ましたらしいモランズが、呆然とその場に立っていた。

「モランズ! お前、大丈夫かよ!?」

「うん、僕なら平気だけど…ギコランドさん、一体…」

 ギコラスの問いに小さく頷いた後、疑問符を浮かべながら2人に近寄るモランズ。ギコランドの亡骸に恐る恐る触れた瞬間、モランズの表情が凍りついた。

「…ッ!!」

「…モナを、かばってくれたモナ…」

 全てを察したのか、目を大きく見開いて2人の顔を見るモランズに向かって、モナクセルが沈んだ声で言った。



「ナイトメア・トリップから帰還しただと…!? …まさか…在り得ぬ…!!」

 その声で我に返った3人がそちらを見ると、ギコルドが呆然と立っていた。うわ言のように、同じ台詞を何度も繰り返しながら、その視線はまっすぐにドランの亡骸をとらえていた。

「…こんな…こんな事が…、このような偶然が…ッ!!」

「…、…ギコルド王子!」

 しばらく黙っていたモランズが、大きな声で彼を呼ぶ。ギコルドの肩が、びくりと跳ねた。

「僕は、これは偶然ではなく、必然だと思うんです。いや、運命かな」

「何だと…ッ!?」

「彼は僕を信じてそのナイトメア・トリップとやらを試みた。もちろん成功するかどうかは、その術を使った彼本人にも分からなかった。それは事実です。…それでも、僕たちは帰って来た。こんな事になってしまったけれど…結果的に、僕は帰って来れたんです。もしも失敗したら術を使った本人にもリスクが来るあの術から、ね」

 ギコルドの視線を鋭く見つめ返したまま、モランズは大きく宣言した。



「もう貴方の幻には惑わされない! 何があっても、僕たちは負けられないんです!」



「…その言葉に、偽りはないな?」

「………」

 平常心を取り戻したギコルドが、確かめるように尋ねる。モランズが黙って頷くのを確認したその時、ギコルドの表情が、ぐにゃりと歪んだ笑みを作った。



「…ならば…もう私も、力を抑える理由はない」



 そう言ったギコルドの身体が。

 蒼く、明るく、冷たい輝きに包まれた。

「「「…ッ!?」」」

「貴様らの覚悟とやらを、私の真の姿で見届けてやろう!!」

 いきなりの閃光に目を覆う3人の耳に響くギコルドの叫び声。かなり離れた場所にいる3人にも、凄まじい冷気が直に伝わってくる。



「…凍てつく刃よ、貫け! コルダ・レイン!!」



 カカカカカッ!!



「「「ぐあぁぁぁっ!!」」」

 詠唱の声が響いたとき、どこからか現れた何本ものつららが3人目がけて降り注いだ。

「なっ…何モナ…今の…っ!?」

「今までの彼は、手加減してたんだ。…これが本気を出した、本当のあいつの力だよ」

「どうした? 本気を出すのではなかったのか!!」

 くず折れた3人の頭上に、あざ笑うようなギコルドの声が降った。ギコラスがちくしょう、と悔しそうに怒鳴る。

「あんなもんやられ続けられたら近づけねぇって!!」

「でもどうにかしなくっちゃ…足止め頼むよ!」

 モランズがそう言って、杖を掲げながら立ち上がった。頷き、ギコラスが駆け出す。

「おらおらぁ! こっちだこっちぃ!! さっきの決着付けようじゃねぇかゴルァ!!」

「…私がそのような下らん挑発に乗ると思うか?」

 ギコラスの叫び声に冷ややかに返しながら、ギコルドが大きく片手を掲げた。手の平の中に、冷気が集まっていく。



「…吹雪よ、吹き飛ばせ! コルダ・トーネード…!」



 ビュゴオォッ!!



「うわぁあっ!?」

 彼の手から勢いよく放たれた吹雪の渦が、ギコラスをいとも簡単に吹き飛ばす。ギコラスの身体はボールのように宙を舞って、回復魔法を唱えていたモナクセルに激突した。

「うわっ! …ギコラス!?」

「駄目だモランズ! とても近づけねぇ! …って、お取り込み中かよゴルァ!!」

「………」

「遅い!!」

 詠唱のスキをついて、モランズ目がけてギコルドが素早く突進する。片手には、氷の魔剣。




 ザシュッ!



「ぐぁあ…ッ!!」

「モランズ!!」

「ってめぇっ!!」

 腕を斬られてくず折れたモランズにモナクセルが駆け寄ったのを横目に見ながら、ギコラスが剣を振りかぶってギコルドに襲い掛かった。寸前で詠唱中断して、杖で受け流さなかったら…致命傷だったに違いない。

「…貴様も我が魔剣の錆にしてくれるっ!!」

 叫びながら、ギコルドが魔剣を構えた…その時だった。



 遺跡内に、澄んだ歌声が響き渡ったのは。

 歌詞らしい歌詞はないものの、悲しげな旋律を含んだ、澄み渡った綺麗な歌声は、その場にいた4人の動きを止めるのには十分の効果があった。

「…何だ…、…歌…?」

「何だか…悲しそうな声で歌ってるモナ…」

「この曲調…鎮魂歌<レクイエム>…?」

 3人が戸惑う中、ギコルドだけが大きく目を見開いていた。

「馬鹿な…この声は…、シィリア…!? 何故だ!!」

「「「!?」」」

 彼の声で3人が驚いたように目を丸くした。…そう言われてみれば、この声は確かにシィリアのものに間違いない。

「シィリアが…歌ってんのか?」

「…ひょっとしたら」

 ギコラスが呟いた隣で、モランズがはっと思いついたように呟く。2人の視線を受け、モランズは自分の仮定を口にした。



「…ギコランドさんの…ドランの為に、鎮魂歌<レクイエム>を…?」



「…何だと…っ!?」」

「…間違いない。きっと…心のどこかで察して…そして、確信したんだ。彼の死を」

「…うん。分かるモナ。今のシィリア姫…きっと泣いてるモナ」

「だから、歌ってんのか…」

 彼らがいる、古代の城だけではなく。

 彼女の歌う鎮魂歌<レクイエム>は、世界中に響いていた。



「…なんて綺麗な旋律…」

「こんな澄んだ声で歌える人、酒場の同業者にもいなかったわ…」

「何だか心が洗われるようです〜」

「…ネーストル。これはまさか」

「…あり得るんじゃネーノ。十分に」



「フィリップ! この歌は…!」

「…滅びの少女の歌…だ。間違いない」

「…あいつら、またやってくれたね」

「…ああ。大したものだよ、彼らは」



「…美しい歌声ですね」

「モナクセルはん達、頑張っとるんやねぇ」

「えぇ。…私たちには祈るしか出来ませんが」

「そうやね…でも、何もせんよりずっとええんちゃう?」




「何と素晴らしい美声だ。…悲しげで、それでいて壮大だ」

「うむ。ソニンたんにも十分に勝る歌声だな」

「…兄者よ、それは比べる対象が不味いと思われ…」

「…そうか…。…この歌声にのせて祈らないか? 彼らの無事、そして勝利を」

「…そうだな」

「…ギコルド…お願い」

 中央の大都市。東の密林。西の渓谷。南の砂漠。北の雪山。

 世界中全てに響きたる、壮麗たる鎮魂歌<レクイエム>の歌声を奏でながら。

 少女は、願う。

「どうか…昔の貴方に…」



「優しかった、かつての貴方に…戻って下さい…!」



「…ッ、分からぬッ!! この娘は誰なのだ!! この歌は誰が歌っているのだ!! 一体、何が真実なのだぁッ!!!」

 自分が盾に使った、氷付けになったシィラに張り付いて、無我夢中でギコルドが叫ぶのを。

 3人とも、ただ呆然となって見ていた。



 ………

 ギコラスが…モナクセルが…モランズが…

 みんなが、頑張ってるから…

 祈って、くれているから…



 …今度こそ、私も…!!



 シィラを捕らえていた巨大な氷の塊が、粉々に砕け散ったのは。

 シィリアの歌が、佳境…いわゆる「サビ」に入った、その瞬間だった。

「…! シィラっ!!」

 氷の塊が砕け散ったのを見て、ギコラスはすかさずシィラの側に駆け寄った。モナクセル達がそれに慌てて着いていく。…それらにさえ、ギコルドは気づかない。

 正方形の石舞台の上に飛び上がって、ずっと氷の中に入っていたために恐ろしいほど冷え切ったシィラの身体を抱き起こすギコラス。モナクセルが治癒魔法を唱えた。

「地に伏す者を癒したまえ! 治癒術・『ヒール』!」

「…う…ん…」

 モナクセルが放った暖かい光に包まれて数秒後、シィラがゆっくりと目を開く。3人がほっと安堵した。

「良かった、気がついたな」

「…ギコ、ラス…。…私…あの変なギコの男に捕まって、突き飛ばされて…そこから先は覚えてなくて…あの…」

「もういい、シィラ」

 シィラの台詞を遮って言い、ギコラスが立ち上がる。…片手に、あのカンテラを…『魂の器』を持って。

 ギコラスは、力強く。

 決意を、口にする。



「もうすぐ、全てが終わるんだ」



 …あの、2人の会話…

 どこかで、同じような会話を…

 聞いた様な…



『嘆きの砦…こんな所まで来てしまったのね』

『ああ。ここまで来れば、きっと大丈夫だ』

『ギコルド…私はきっと、父上たちに多大な迷惑を…』

『それ以上言うな、シィリア。…大丈夫だ』



『…これで終わるのだ。もうすぐ、きっと』



 ………

 …ああ…シィリア…

 私は…なんと言う事を…っ!

 ギコルドに近づくにつれて、カンテラ全体が、ぼうっと淡い光を放ち始める。…霊体…ギコルドに反応しているのだ。

 ギコラスの手で、きゅぽん、と単調な音を立てて、カンテラの蓋が開く。

 カンテラの口を、そっとギコルドに向ける。

 何だか、余計に光が強くなった気がするな。そうギコラスが思った、その時。



 カンテラを持つギコラスの手に、そっと2つの手が添えられた。



「! …モナクセル、モランズ」

「モナだって、覚えてるモナよ! ギルド長から教わった事!」

「勿論僕だってそうさ! ギコラスなんかにいいとこ取りなんかさせないからな!」

「お前ら…、…よし! 3人でやろうぜ!」



 3人で、セントラルを旅立つ前フィリップに教わった、カンテラに霊を封じ込める方法を、頭の中に何度も反復させた。



『霊体に反応して全体が輝き始めたら、いつでも封印できるという合図だ。霊体を封じている間は決して目を開けるな。光に目がやられてしまう。…蓋をあけて、口を封じ込めたい霊体に向けたら、こう唱えるんだ』



 視力を失ってしまうほど強力であろう強い光に備え、ぎゅっと強く目を閉じて。

 3人は、同時に叫んだ。



「「「…彷徨える霊よ、導かれよ! 闇を照らしだす、輝ける光となれ!!」」」



 次の瞬間。

 カンテラが、一層強い光を放った。

「………」

「終わった…モナ?」

 光が弱まったのを確認して、恐る恐る目を開ける。3人の手の中で、カンテラは蒼い穏やかな光を放っていた。それを見て、満足そうにモランズが頷く。

「…うん」



「成功だ。ギコルド王子は、ちゃんとこの中にいるよ」



「…! や、やったモナぁ!!」

「いよっしゃぁーっ!!」

 ぱっと2人の顔が明るくなる。ギコラスが、ガッツポーズと共に歓喜の声を上げた。その光景を見て、シィラが目を白黒させている。

「え? 何がどうなったの…?」

「それは後で説明する。…それより」

 シィラの問いにそれだけ答えて、ギコラスは明るい笑顔をその顔に浮かべながら、こう言った。

「お帰り、シィラ」

「大した怪我がなくってよかったモナ!」

「お前がさらわれた時、もう本当に心配したんだからなっ!」

 モナクセルとモランズも、笑ってギコラスに続いて言う。



 しばらく、状況が飲み込めずにきょとんとしていたが。

 やがて、にっこりと笑い返して。

 シィラも、言った。



「…うん、ただいま。ギコラス、モナクセル、モランズ」

 ドランの遺体を埋葬して、2人のクレリックが祈りを捧げるのも済んで。ギコラスが、大きく伸びをした。

「あーあ、久々に疲れちまったぜゴルァ!」

「ほんっと! こーんな辛気臭いトコ、とっととおさらばするんだからな!」

「あ、ちょっと待ってモナ、ギコラス!」

 率先して階段を上り始めるギコラスを、慌ててモナクセルが引き止める。何だよ、と、ギコラスが面倒そうに振り向いた。

「そのカンテラ、モナが持ちたいモナ」

「あ? どうしてだよ」

「どうしてもモナ」

「変な奴…。…ほらよ」

「…はわっ!」

 ギコラスが放り投げたカンテラを、モナクセルが慌てて両手でキャッチするのを見て、モランズが眉をひそめた。

「ギコラス〜、変なとこ投げてそれ割っちゃったらどうするのさ。約束果たせないだけじゃないよ?」

「う。…悪かったよ」

 2人の会話を尻目に、そっとカンテラを両手でしっかりと持つモナクセル。シィラが後ろから尋ねた。

「モナクセル。…祈るの? この人に」

 彼女の問いに、モナクセルは黙って頷く。 


 
 蒼く輝くカンテラの表面をそっと撫でて。

 慈しむように、優しく。

 モナクセルは、言った。



「…もうすぐ、ホントのシィリア姫に会えるモナよ。『裏切りの王子』様…ううん、…ギコルドさん」

「おお、お前達! 時に無事だったか!」

 アオールの町に戻ってきた一同を出迎えたのは、流石兄弟だった。彼らの姿を目に留めた途端、ぱっと表情を明るくして、シィラが2人に駆け寄る。

「アーニスさん、オットーさん! 迷惑かけてごめんなさい、あの、私…」

「気にするな。全てはあの被害妄想王子のした事だろう」

「全くだ。お前達もよく無事で………ん?」

 アーニスの台詞にうんうんと頷きながら、オットーがギコラス達の方に目を向け、何かに気がついたように目の色を変える。その様子を察した3人が、少し悲しげに目を伏せた。

「…ギコランドさんは死にましたよ。仲間を守って」

「「!」」

 モランズの言葉で、はっと目を見開く兄弟。やがて、俯きながら、そうか、とだけ呟いた。

「…少しだけしか一緒にいれなかったな…無愛想だったが、俺らと変わらぬ良い奴だったのにな」

「…そうだな」

「「「………」」」

 3人とも。黙り込むしか、なかった。

「時に、シィラよ。お前はこの後どうする? やはりこのまま俺らと住むか?」

「いいえ」

 アーニスの質問をかぶりをふって否定し、シィラは答えた。

「私、しばらくギコラス達に着いて行こうと思ってるんです」

「「「「「!」」」」」

 驚いて目を見開く一同。思わずギコラスはシィラに掴みかかっていた。

「お、おいおい! 何言ってんだ、お前もう冒険者ギルド員じゃねぇだろ!?」

「そうだけど…責めて、あの王子様事件の最後の結末は…私も見たいから」

「そうは言ってもなぁ…こいつがまた暴れださないとも言い切れねぇしなぁ…」

 モナクセルが持っているあのカンテラを横目でちらりと見ながら、言葉を濁すギコラス。くすりと笑って、シィラは言った。

「大丈夫よ」



「だって…もしそうなっても、またギコラス達が助けてくれるでしょ?」



 彼女の言葉でギコラスはしばらく固まっていたが、やがて赤い顔を隠すように首を背けながら、言った。

「し、仕方ねぇな。お前がそう言うんなら、連れてってやらない事もないぞ…ゴルァ」

「あっはっはっはっは! ギコラス、照れてやんの〜」

「顔、真っ赤っ赤モナよ〜」

「五月蝿ぇゴルァ!!」

 冷やかすように笑いながら言うモランズとモナクセルに向かって怒鳴るギコラスを見ながら、そうか、と、観念したように流石兄弟が頷いた。

「分かった。達者でやれ、シィラ」

「うむ。お前達の無事を祈っている」

「はい、ありがとうございます」

 笑顔で、シィラが頭を下げた。

<セントラル・シティ地方>



「お前達。無事に戻って来れたのだな」

 鉄道に乗ってセントラル・シティ地方に戻ってきた一同をホームで出迎えていたのは、冒険者ギルド長・フィリップだった。ギコラス達は勿論、シィラも思いがけない人物の登場に驚きを隠せなかった。

「あ、ぎ、ギルド長…」

「久しいな、シィラ・ハニャベルハング。あれから2年…か。全く、時が経つのは何と早い事か」

「………」

 俯いて黙り込んでしまったシィラに苦笑いしつつ、遠い目で語るフィリップ。その直後、モナクセルがおずおずと遠慮がちに口を開いた。

「あの…ギルド長。その、ギコランドさんの事に関してお話が…」



「…死んだのか?」



「「「「!」」」」

 先読みでもされていたのか、まるで全てを察したように聞き返すフィリップ。4人がぎくりと息を飲んだ。その様子を見て、ふっと悲しげな微笑を作りながら、フィリップは言った。

「先程から姿が見えないと思ってはいたが…やはり、そうだったか。結局、私の願いは叶わぬのか…」

「…ギルド長の…願い」

 彼とその妻・ツェツーリアの願いは、ただ1つ。

 自分達の家族を殺めた、魔剣士・ギコランドに復讐する事。

 その為ならば、街1つ滅ぼすのもいとわなかった、彼ら。



「お前達は知らないだろうな。そもそも、何故…ギコランドがセントラルの街を襲ったのか」

「…え?」

 フィリップの言葉を聞いたモナクセルの表情が、瞬く間に戸惑いのそれに変わった。

「ど、どういう事ですモナか?」

「…それは、あの事件の前日の話だ」

『何故デス、姫君!! 貴女ガ愛シタ者ヲ殺ス手引キヲシタモ同然!! 彼等ガ憎クナイノデスカ!?』

『確かに納得のいかない事ではあります! しかし…!』

『…オ許シクダサイ、姫君。我ハドウシテモ…貴女タチノ希望ヲ裏切ッタ連中ヲ…許セソウニナイ』

『ドラン…!!』



 1000年前の真実を知る為、ドランは『ギコランド』の姿で、冒険者ギルド職員に変装して、資料室へもぐりこんだ。

 …そこで、恐るべき真実を知ったのだ。



『ぎるどニ保管サレテイタ歴史書ニ記サレテイタ事デス。彼等ハ、貴女タチガ駆ケ落チシ、ココヘ逃ゲノビタ事ヲ知ッタ。ソシテ貴女タチノ希望ドオリ、停戦ヲシヨウトシタ…シカシ…コレガセントラル・シティノ連中ガ、戦ニ干渉シナカッタ理由ダッタノダ』



『せんとらるハ…あーらすニ貴女タチノ情報ヲ、大金デ売ッタノデス。ソシテ、再ビ戦ガ始マルヨウ仕向ケタ!』




『けれど…ギコルドの処刑に次いで、私と貴方が自害した事で…互いに負け、という事になった。戦自体は起こらなかったわ』

『ソシテ今。貴女ハ『滅ビノ少女』トイウ汚名ヲ着セラレ、得体ノシレナイ怪物トサレテイル。…全テせんとらるガ悪イ。制裁ガ必要デス。イツモ、我ガ貴女ヲ狙ウ冒険者ニソウシテイルヨウニ』

『…命令です、ドラン。そのような事はやめて。…私は…これ以上AAが死ぬのは見たくない』

『…ナラバ、見ナケレバヨイデショウ』

『ドラン…!!』

『何度モ言イマスガ、姫君。我ハ、貴女ガタヲコケニシタ彼等ヲ許セソウニナイノデス』



 そう言って、体を淡い輝きに包み。

 飛竜の「ドラン」から、トラギコの「ギコランド」へと変貌し。

 彼は、決意を口にした。



『貴女がなんと言おうと、我は街を滅ぼします。…2度と、同じ悲劇が起こらぬように』

「…我々があの魔剣士と剣を交える直前、彼自身から聞いた言葉だ」

「…そ、そんな…!」

 一同が言葉を失う中、モランズだけが言い返した。

「僕たち、そんな話…シィリア姫とギコランドさんのどちらからも聞きませんでしたよ! …貴方と戦ったその席で、初めて知ったんですから」

「それは恐らく姫の思いやりだろうな」

 小さく微笑みながら、フィリップが自分の仮定を口にした。

「…セントラルを故郷とするなら、少なからずドラン…否、ギコランドから被害を受けた者。だから彼らにとって、ギコランドの手助けを受けるのは酷な物となってしまう。…彼女はそう考えたのだろう」

「そう…です、モナね」

 俯きながら、モナクセルが言う。



 最期に「当然の報いだ」と言った貴方の真意が。

 …ようやく、全て分かった気がして。



 …ちょっとだけ、嬉しいモナ。



 …ねえ、ギコランドさん。

 聞こえてますモナか?

 貴方は本当に、シィリア姫を心から愛していたんですモナね。



 だったら、やっぱり貴方は何にも悪くないモナ。

 そりゃ、確かにちょっと行き過ぎた方法を使ってしまったかもしれないし…モナの妹やギルド長の家族、その他大勢の人々を殺してしまったのは事実ですモナけど…。

 それが全て、シィリア姫の為にやった事なら…モナは貴方がやった事を否定しないモナ。



 だって、それ程彼女を大切に思ってるってことモナから。

 同じ理由で、ギコルド王子の事も…ちょっぴり、かわいそうだって…思うモナ。

 …きっと、呆れられてるかもしれないモナね。「なんとも甘い弓使いだ」なんて。



 大丈夫モナよ、ギコランドさん。

 あの戦いの場で、ギコラスが言ったことを真似るわけじゃないモナけど…。



 もうすぐ、全部終わるモナ。



「さあ、そろそろあの石舞台に戻ったほうが良い。…途中、ネーストルの所にも寄って行け。…お前たちが知りたがっていたもう1つのことは、彼自身が語るだろう」

「…分かりました」

 上に立つ者の言葉に、一同が頷く。



 …あの、赤いクリスタル状の石の事だ。

「あっ! 貴方たち、帰ってきてたんですねぇ!」

 南の砂漠へと出る門の近くで、一向は聞き覚えのある声に呼び止められた。ぞぬ車の上で手綱を持つ、水色の体にへらへらした笑顔を持つタカラギコ族…。

「「「タッカー(さん)!!」」」

「何だか顔ぶれが増えてますね〜。しぃ族のお嬢さん、始めまして。タッカー・ランダ・トレジャーと申します〜」

「あ、はい! シィラ・ハニャベルハングです!」

 タカラギコ族の動物使いの青年・タッカーの自己紹介で、慌ててシィラがぺこりと頭を下げる。そんな彼女を押しのけて、モランズがタッカーに尋ねた。

「あの、タッカーさんがここにいるって事は、ネーストルさんもいますよね?」

「えぇ、いますよ〜。今買い出しに出てますけど、じきに帰ってくると…あ!」

 モランズの質問に答えた後、辺りをきょろきょろ見回して…やがて、彼の目が特徴的な緑色の肌を捉えた。

 折れ曲がった耳に糸目を持つネーノ族の『彼』を、タッカーは大声で呼んだ。



「ネーストルさ〜ん!! 冒険者さんのお帰りですよ〜!!」

「はぁあ…次から次へとそんな目にあって、あんたらよく死ななかったんじゃネーノ」

「しぶとさと絆だけはどこの冒険者よりも一流だと思ってますからっ」

 例のテントへ向かうぞぬ車の中で、今までの彼らのいきさつを聞いたネーストルは、ため息混じりに心からの感想を述べる。胸を張って、旅の始まった頃よりもやや軽めの表現で言い。そんな事より、と表情をがらりと変え。モランズは切り出した。

「あの赤い宝石。貴方が言ったとおり、あれをギルド長に渡した直後…僕たち、修練場で殺されかけたんですよ。あそこにギコランドさんが飛び込んで来なかったら…って思うと、ぞっとします」

「一体あんた、ギルド長とどういう関係なんだ」

「お願いしますモナ! 教えて下さいモナ!」

「…私からもお願いします。ギコラス達がそんな目に遭ってたなんて、知らなかったから…」

 ギコラス・モナクセル・シィラも、続けて言った。しばらく黙った後、観念したように深くため息をつき。…ネーストルは、切り出した。

「俺とフランクとガナーディア、考古学者だって言ったよな」

「? …えぇ」

「でも、それは…ほとんど真っ赤な嘘なんじゃネーノ」

「!?」

「おい、どういう事だよ!!」

「考古学者だってのは嘘じゃないんじゃネーノ。でも1つ、あんたらが知らない職業があるんじゃネーノ」

「…どういう…事ですモナか?」

 不安げに尋ねるモナクセル。疑いのまなざしを向けるギコラス達。

 4人の鋭い視線に負け。

 ネーストルは、打ち明けた。



「俺たちは昔、アオール地方ギルド調査員…更に、冒険者ギルド最高権力者・フィリップ・サフ・ダッカーラと旧知の仲。…そんな肩書きを持ってたんじゃネーノ」

 5年前まで、俺たちは普通に職員として働いていた。

 時折妻と一緒に『彼』が遊びに来たり、3人で考古学について夜遅くまで語り合ったり。…毎日が、楽しかった。

 けれど、セントラルの街が飛竜に襲われたその日から…



 …『彼』は、変わった。



 彼は、あのトラギコを殺してやりたい、我々が味わった痛みを味あわせてやりたいと…何度も俺達に、泣きながら愚痴っていた。

 そして、あのトラギコが『滅びの少女』の護衛剣士だということを突き止めた彼は、妻と一緒に『嘆きの砦』に赴き…大敗して、命からがら逃げ帰ってきた。

 その晩も、彼は悔しがって泣いていた。



 彼が俺達にそれを命令してきたのは、それから1ヶ月ぐらい後のことだった。

『フィリップ!! 駄目なんじゃネーノ!! そんな事、ツェツーリアさんが許しても俺らが許さないんじゃネーノ!!』

『…やはりお前にはわからんだろうな、ネーストル。家族を奪われた俺やツェツーリアの、この気持ちなど…』

『そんな事、一言だって言ってないわ!!』

『うむ、それにだフィリップよ…今からお前たちがやろうとしている事は大量殺戮だ! いくら何でも、このようなやり方は…!!』

『…ならば、フランク…。お前やネーストル、そしてガナーディア…お前たちの種族も、この機械が放つ音波の殺戮範囲に組み込まれたいか?』

『『『!!』』』

『賢明な判断だ。…お前たちが何と言おうと、我々はやる。…これ以上邪魔だてすると言うのならば、我々はお前たちを容赦なく殺す。…協力しろ、設計図だけではどうにもならん。お前達の技術が必要なのだ』

『…フィリップ…私達の親友だった貴方は…もう、ここにはいないのね…』

『…分かったんじゃネーノ。これ以上言ったら俺らは間違いなくあんたにぶち殺されるんじゃネーノ…でも』



『俺らはあんた達のやることを決して認めないんじゃネーノ…それだけは、覚えておくんじゃネーノ』



『…良いだろう。これは預けたぞ、ネーストル。必ず完成させろ』

『…分かったんじゃネーノ』

『………』

『ネーストル…』

 フィリップが俺達に預けた機械が発する音波は、ありとあらゆるギコ族の息の根を止めてしまう恐ろしい物だった。

 純正ギコ族はもちろんの事、あいつが見たと言う、化身を解いた飛竜…正確には化身した姿だったらしいが…の種族、トラギコをも。何の外傷も痕跡もなく、確実に殺す特殊な音を、それは放つ。



 …でも、タッカーのような一部の亜種には、通用しないようにそれは出来ていて。

 そこに、俺たちは。

 あいつの中にほんの一欠けらだけ残された、優しさを垣間見た気がした。



 そして、あの機械は完成した。



 実際、その音は遠く、嘆きの砦まで響いていた。

 機械に不備はない。もしもそれが純正なトラギコだったなら、きっとそれは息絶えていたんだろう。

 でも。…結局、彼は復讐を果たせないまま。ただの大量殺戮を犯してしまっただけ。

 俺達もまた、同罪。

 あの恐ろしい音色が止んだ後、息絶えたギコ族の死体が散乱する滅びた街に、彼は妻と共に再び現れた。



『じゃ、成功したんだね』

『…ま…そんなところじゃネーノ』

『そうかい。で、フィリップ。…やるんだろ?』

『ああ。…この街を破壊する』

『! …証拠隠滅、か?』

『そうだ。我々もこの事件の事は一切公には出さん。全ては『滅びの少女』の呪い…そういう事だ』

『あんた達も早いとこ避難するんだね』

『…分かったんじゃネーノ』



 …ああ。

 ようやく、奴は。

 5年前の呪縛から、開放されたんだな。



 この、『命知らずの冒険者馬鹿3人組』の手で。

「…そんな…」

「…マジかよ」

「…そんな事、やってたんですモナか…!?」

「それ程奴は、復讐に執着してたんじゃネーノ」

 砂漠の真ん中に立つあのテントの中で。

 言葉を失う一同に、ネーストルはそう教えた。

「ギルド長が成し遂げた、偽りの『復讐』…それが、あの謎の滅亡事件の真相だったんですね。それを知っていて…僕達に話さなかった」

「きっと、話しても絶対信じなかったと思うわ」

「うむ。それ故、お前達の目的を知っても…俺らは話さなかったのだ」

 ガナーディアとフランクも、頷いて言う。すると、んな事より、と。ギコラスが、身を乗り出して切り出した。

「あの赤い宝石、一体何なんだよ」

「ああ、忘れてたんじゃネーノ」

 そう言われて、思い出したように手をぽんっと叩き。ネーストルは再び説明を始めた。

「あの機械の設計図を渡されたとき、同時に渡されたんじゃネーノ。もしもギルドに所属する連中が、『滅びの少女』…すなわち、彼女の護衛であるあのトラギコ族を狙ってこの地を訪れて、無事に帰って来れたのなら…これを、私への届け物として渡して欲しいって頼まれたんじゃネーノ。俺達はギルド調査員。情報を頼って俺達の元を訪ねてくる冒険者は少なくないんじゃネーノ」

「あれ自体に宝石としての価値は全くない。ただの目印のようなものだ」

「結局、これを渡せたのは貴方達だけだったけれどね。大概ネーストルやフランクに押し切られて諦めるか、砦に行ったきり帰ってこないかの…どちらかだったもの」

「…そうですか」

 3人の言葉にやや恐縮しながらそれだけ返し、その直後に表情をきりりと一変させて。モランズは答えた。

「でも、大丈夫ですよ、皆さん」

「おう」

 彼の言葉に大きく頷き、モナクセルの持っている『それ』を見やり。ギコラスも、言った。

「もうすぐ、全部終わるんだ」

「…そう、だね…」

「そうモナ。今度こそ、完全に…」

 シィラと、鈍い輝きをなお放つ『それ』を持ち直しながら、モナクセルも言う。



 彼らの言葉に答えるように。

 魂の器は、ぼんやりと蒼く輝いていた。

 久しぶりに訪れた『嘆きの砦』は、相変わらずその場所に、静かに立っていた。

「…着いたね」

「大丈夫モナ…?」

「分からねぇ、でも…ノース・マウント地方の二の舞にだけは…絶対に…!!」

「…ギコラス」

 剣の柄を強く握りながら、カンテラを持つモナクセルの問いに答えるギコラス。シィラが、悲しげな視線を彼に向けていた。

「…それじゃあ、行くよ」

 モランズの号令に頷き、一同がゆっくりと扉に歩み寄る。ギコラスが、閉じた扉にそっと手を置く。

 あの時のように、青い文様が扉全体に大きく広がって行き。やがて、扉は大きく開け放たれた。

「あの時と一緒モナ…」

「うん。シィリア姫自身では開けられない、ギコ族に反応して開く扉。…一緒だ」

「…行くぞ、ゴルァ!」

 始めて来た時とは違い、今は亡き飛竜の警告の声は聞こえないまま。一同は、あの石舞台の前に立っていた。

「…ギコルド・ハーニア・アーラス王子。見えますモナか?」

 カンテラの蓋に手を添えて、モナクセルが、その中にいるだろう『彼』に問いかける。

「たどり着いたんですモナよ。貴方が本当に会いたかった人がいる場所に」

「…シィリア姫!! いるんだろ!? 出て来いよ!!」

 待ちかねるように、ギコラスが砂漠の青い空に叫んだ。

「約束通り、彼をつれてきました!! どうか、また姿を見せて下さい…!!」

「お願いします!!」

 モランズとシィラも。祈るように、叫びを空にぶつける。



 彼女の姿は、現れない。



 不安げにカンテラを見ながら、モナクセルが尋ねた。

「…先にこっちを開放するモナ?」

「…そうだね。彼女が出てきてくれるかもしれない。ちょっと危険だけど…」

「構うか。シィラには二度と触れさせねぇ!」

 2人が答える。

「…分かったモナ」

 そう言って、頷き。



 カンテラを、空高く掲げ。

 …モナクセルは、蓋を開けた。



 開け放たれたカンテラの中から、蛍のような光がふわりと出てくるのが、4人の肉眼ではっきりと見える。

 …その直後。



 …『彼女』は、現れた。

『…ずいぶん長い間、会っていないような気がしますね。勇気ある冒険者の皆さん』

「…本当に、私だ…」

 そう言って、優しげで穏やかに笑う『彼女』…シィリア・ニィ・アオールの姿を見て、シィラが驚きの呟きを口にする。くすりと笑って、シィリアは蒼い輝きにそっと近づいた。

「…ギコランドさんの事…ごめんなさい、モナ」

「あの鎮魂歌<レクイエム>、素敵でした」

『ありがとう。…ドランの事は…、貴方たちが気に病む必要など、何一つないわ。全て、あの人が選んだ事だから』

 モナクセルとモランズの言葉に、彼女がそう返した直後の事だった。



 空中で浮かんでいたその蒼い輝きが、だんだん猫型AAの輪郭を作って行き。



 その光が消えた後。

 …『彼』は、そこにいた。

『…やっと会えたのね、ギコルド…』

『…おま…え、は…』

 シィリアの言葉に返答せず、ただ呆然と空中に立つ彼…ギコルド・ハーニア・アーラス。そうです、と涙ながらに叫んで。シィリアは、ギコルドの体に飛びついた。

『シィリア・ニィ・アオールです…、決して…他人の空似で無関係なクレリックの少女などではなく…!!』

「「「「!?」」」」

 彼女の言葉で、一同がはっと息を呑んだ。

「…全部、知っていたんですモナか!?」

『ドランの…ギコランドの目を通して、全て見ていました…。突然、通信が切れたことで…彼の死を確信したのです』

『…従者、ランギュース…』

 うわ言のように、自分があれほど憎んでいた魔剣士の名前を口にするギコルド。彼を抱く力を強めて、シィリアは言った。

『申し訳ありません、ギコルド…私のために、貴方は…』

『………違う』

 小さく呟き、彼女の体を抱き返して。ギコルドは、泣き叫ぶように答えた。

『全て私が悪いのだ!! お前だけしか眼中になく、見境もなく…何の罪もなく何の関係もない者を殺め、傷つけ…更には、お前の事を最も信頼していた者さえ…私は、罵声を浴びせ、傷つけたばかりか…この手で…殺めたのだッ!!』

『ギコルド…』

『…しかし。私が今こうしていられるのはお前のおかげなのだ、シィリア』

 そう言った後、彼女の瞳をまっすぐに見つめて。ギコルドは、優しく強く、言った。



『お前の唄が…私を正気に返してくれた…感謝する』

『いいえ、ギコルド…礼を言うのは、私のほうです』

 彼の言葉をかぶりを振って否定し、そっとギコルドの胸に顔をうずめて、シィリアも返す。

『私は臆病者です。こうして貴方を待ち続けることしか、私には出来なかった。それに、この1000年間…無為に人を殺め、そして傷つけるドランを止められなかった…その間、遠い北方の地で彷徨っていらっしゃる貴方が…そして、旧時代の私と貴方の遠い思い出が…私に残された希望でした』

 そう言ってから、不意にギコルドたちに視線を向け、シィリアは続けた。

『そして今。彼らが、その希望を叶えて下さったのです。大きな犠牲を払い、命の危険にさらされながらも、貴方をこの地へと呼び戻してくれた』

「…シィリア姫…」

『希望を叶えてくださって感謝いたします、冒険者様方。…そして、ギコルド』

 ギコルドを見つめ返して。優しく、そして強い口調で。シィリアは、言った。



『私に希望を持たせてくれて…感謝します』

『…離さぬ』

 そう呟かれた直後。ギコルドの腕が、先ほどより強くシィリアの体を抱きしめた。

『…決して離さぬ、シィリア…もう、2度と…!!』

『私も、決して離れません…ギコルド、貴方の側から…!!』



 抱き合う2人がそう誓い合った、その時。

 不意に、2人を白い輝きが優しく包み込んで。

 そして2人の体は、ふわりと宙に浮かび上がった。



「シィリア姫…、ギコルド王子…!?」

「天に召される時が来たのね」

 シィラがそっと、確信の呟きを口にした。2人は抱き合ったまま、天高く上って行き。やがて、姿は完全に見えなくなる。



 砂交じりの、熱い砂漠の風に乗って。

 2人の最期の言葉が、聞こえた気がした。



『『ありがとう』』

 …それから…。



「ふぅっ」

 冒険者ギルド本部地下の宝物庫で、モナー族の青年が一息ついていた。

「宝物庫および金庫、異常なしモナ!」

「モナクセル!」

 白い肌に細い目を持つ彼を、黄色い肌に黒い瞳のモララー族の青年が呼び止める。

「資料室および武器庫、異常なしだからな!」

「こっちも大丈夫モナ!」

「そっか。…それにしても、あれからもう半年たつんだねぇ」

 白い青年の言葉に安心したように答えて、黄色い青年はしみじみと言った。

「セントラルに帰ってきて報告した後の、ギルド長の発表…もう、腰が抜けるんじゃないかってほどびっくらこいたんだからな!」

「あはは、モナは本当に腰抜かしちゃったモナ〜。…いよいよ、明日モナね。ノーラもディアナさんも喜んでたモナ〜」

「あぁ」

 白い青年の言葉に大きく頷き。

 黄色い青年は、半年前に上司が口にした発表文を、復唱した。



「冒険者グループ111に、隠されし真の最上級冒険者ランク・プラチナランクを与える!」



 白い青年も。

 黄色い彼を真似るように、復唱する。



「シィラ・ハニャベルハングを、半年間の謹慎処分の後、冒険者グループ111へ復帰する事をここに決定する!」



 最後につむがれるべき発表文は。

 2人、同時に。



「「ギコラス・イルデ・ヨシュアならびにシィラ・ハニャベルハングを…次期ギルド長・ギルド副長に任命する!!」」



 あはは、と笑いあいながら。2人は報告すべく、エレベーターに乗り込んだ。

 …来たるべき『明日』を、待ちわびながら。

 その丁度同じ頃。

 セントラル・シティの鉄道乗り場で、ぼんやりと人を待つギコ族の青年がいた。

 本来、今日自分の当番にあたっていた地下倉庫の見回りは、相棒の弓使いと魔法使いに押し付けてしまったのを思い出して、苦笑いする。

 …そもそも、彼らは喜んで引き受けてくれたのだが。



 今、かつて自分達の上に立っていた者は…妻と共に、獄中にいる。

 復讐だけの為に街を滅ぼしたという、自らの罪を打ち明けたのだ。



 …いつ出られるかは、誰にも分からない。



 ちなみに。

 彼と共犯に当たっていた3人の考古学者も裁かれたが、刑期はそれ程長くないものだった。

 今彼らの故郷だった場所では、動物使いと踊り子の2人が、滅んだ街の復興に全力を費やしている。



「…いつまでも待ってるっすよ。ギルド長、副長」

 今頃、暗い牢獄の中で裁きを受けているだろう、かつて自分の上に立っていた者に。

 ギコ族の青年は、語りかけた。



「俺もシィラも、あんた達が帰ってくるまで…あんた達の役目、しっかり引き継いで見せますから」



 遠くの方に、鉄道の汽笛が鳴り響くのが聞こえた。

 待ち人は、まもなく現れる。

 大勢の人に裏切られ、傷つけられ…自分が愛するたった1人の者しか信じられなかった、北方の王子。 

 1000年と言う長い間、大きな犠牲を払いながらも…彼を待ち続ける事しか出来なかった、南方の姫。



 もしも聞こえているのなら、答えて欲しい。



 愛する者に罪を押し付けた事を悔やんだ剣士は。

 憎しみを捨てることを選んだ弓使いは。

 過去を断ち切って前に進もうとした魔法使いは。

 愛する者を傷つけないため、罪を全て受け止めたクレリックは。



 天に召された恋人達に。

 こう、尋ねずにはいられないのだ。



「「「「貴方達は、今幸せですか?」」」」



 高く、遠く、蒼い空の向こうから。

 心からの返事が、返ってきたような。

 そんな、気がした。



『『もちろんです』』



<End>

あとがきはありません。

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